11. CLASSMATE 1
まさか、こんな。
「朱里様、おはようございます」
「お、おはよう・・・」
「きゃあ!挨拶しちゃった♪」
「・・・ございます」
わたしが全てを言い終わらないうちに、二年生を示す青いスカーフを付けた見知らぬ先輩は悲鳴を上げて走り去った。
ひそひそ、と登校途中の周りでする声が、みんなわたしの事を噂している様に感じるのは自意識過剰だろうか?
今日はまだ二学期の初日だと言うのに。
夏期講習の一日目、わたしは同級生の悲鳴と共に迎えられた。
クラス委員である秋山さんの『覚悟した方が良い』とはこの事?
注がれる視線と、おそらくはわたしの事であろう噂をしている密やかな声は聞こえても、わたし自身に話しかけてくる人はいない。
何とも居心地の悪い思いをしながら、直ぐに始まった一時間目の講習を終えたわたしの前に現れたのは、一人の同級生だった。
あれ?この子・・・
「あの、岡村朱里さん、ですわね?わたくし、曽我部紬と申します。同じ一年月組の者ですわ」
「はあ」
心なしか、興奮して頬を赤らめている曽我部さんは、注目されているわたしに話しかけてきた勇者だと思った。
確か、この曽我部さんは編入試験の日にわたしを職員室まで案内してくれた人じゃなかった?
しかし、彼女の話の内容はよく判らないものだった。
「宜しければ、朱里様の親衛隊を作りたいと思っておりますの。もちろん、ご迷惑はおかけいたしません事をお約束させていただきますわ」
親衛隊?ナチの?
「はあ?」
ナチスとわたしにどんな関係があるんだろう?
「宜しいのですか?ありがとうございます!」
理由が判らず、問い掛けるつもりで漏らした言葉が、何故か肯定の意味に取られてしまった。
嬉々としてわたしの前から立ち去る曽我部さんを追おうとして、後ろに座っていた委員長の秋山さんと目が合った。
「心配されなくても大丈夫ですわ。親衛隊が出来れば、岡村さんに過激な事をする人は親衛隊の人達が追い払ってくれますから」
わたしの無言の訴えを察してくれたのか?そんな事を教えてくれた。
悪い事じゃなかったのか?
それにしても『過激な事』って何?
新種の虐めなの?
「宜しければ、今日のお昼をご一緒しませんか?色々とお教えいたしますわ」
あ、ありがとうございます。
お陰で、二時間目以降はなんとか講習に集中できた。
やっぱり日本の学校は進んでる。
この学校が進学校だからなのかもしれないけど。
勉強に追いついて行けるように、頑張らなくちゃ!
ランチタイムは、夏休みで食堂が閉鎖されているので、お弁当を持参するように言われていたので、伯母さんお手製のお弁当だ。
一年月組の教室で秋山さんと一緒にお弁当を食べるのか?と思っていたら、さっきの『親衛隊』の曽我部さんとやらと、その他、五人程の女子が付いて来た。
「あの・・・」
これはどう言う事か?と秋山さんに訊ねようとすると、説明してくれた。
「この方達は岡村さんの『親衛隊』のメンバーで同じ月組の方々です。ご一緒して差し上げて?」
差し上げたくありません、と言ったら酷い目に会うんだろうか?
「はあ」
としか答えられないわたし。
だって、わたしが視線を向けると「キャッ」と小さな悲鳴を上げたり「ああ」とか陶然としたような視線を返されて、困惑するばかり。
そして、お弁当を食べながら委員長が説明してくれたお話は・・・驚くべきものだった。
曰く、編入試験の際に登校したわたしを見た人達の間で『素敵な編入生が来るらしい』と噂になった事(素敵って?)
その噂は瞬く間に高等部を駆け抜け、もしかしたら『夏期講習』に参加する事になるかもしれない、との噂が立った事。
一般生徒の『夏期講習』参加申し込みは一学期の内に締め切られたので、参加予定の一年生はわたしが来る事を期待して待っていた事。
『親衛隊』とはファンクラブの様なもので、厳しい規律の下に人気のある生徒を守るグループなのだとか・・・人気?わたしが?
わたしはLAに居た頃、自慢じゃないけど、女の子の友達なんて一人もいなかった。
いつも、男の子達と一緒になってバスケしたり遊んでいたから、女の子達からは敬遠されがちで、同じ年頃の女の子達が興味を持つような事に共感出来なかった所為もあって、男の子達とばかり一緒に居た。
それが男の子達を意識し始めた年頃の女の子達の反感を買って、ますます敬遠されるようになってしまった訳なんだけど。
向こうでは女の子達に『痩せっぽち』とか『エグレ胸』とか『目付き悪い』とか『男みたい』とか、散々酷い事を言われ続けたのに。
日本に来た途端に『ファンクラブ』だって?
感性の違いか?それとも人種の違い?
女子校だから?
委員長の話が終わって茫然としていたわたしに、『親衛隊』の面々からおずおずと質問があがった。
「あの・・・朱里様は以前はどちらにいらしたんですか?」
「LAだけど・・・朱里様って、なに?」
同級生に『様』を付けるのはおかしくない?
「・・・ダメですか?」
うるうると涙を溜めた様な瞳で見つめられると『ダメ』とは言えない。
「・・・いいけど」
しかし、一度許すと際限が無くなってしまったようで、
「スポーツなどは何を?」
「ご趣味は?」
「ご家族は?」
質問の勢いが増した。
「みなさま、朱里様だって、そんなにたくさんの質問には答えられなくてよ?ここは、主だった質問を紙に書いて朱里様に回答して頂く形でいかがでしょうか?」
どうやら『親衛隊』の纏め役らしい曽我部さんがそう言ってくれて収集が付いた。
「あ、ありがとう、曽我部さん」
「紬、と呼んで下さいませ。朱里様」
お礼を言ったら、ポッと顔を赤くされて、そう返されてしまった・・・女子校って!
そう言えば、ママが日本に来る前に『きっとモテるわよ』と言ってたけど、まさか本当になるなんて。
わたしは・・・出来れば普通の女の子の友達が欲しかったのに。
救いを求めるように委員長の秋山さんに視線を向けると、彼女はにっこりと笑ってこう言った。
「そう言えばまだ申し上げておりませんでしたね。ようこそ、我が校へ、一年月組一同、あなたを歓迎致しますわ、朱里様」
お嬢様の丁寧で上品な言葉は、突き放している様にも聞こえた。
つ、遂にハーレム誕生まで漕ぎづけました(笑)