9. VISITANT
わたしが日本に来てから僅か二週間でパパとママと弟に再会出来るとは思ってもいなかった。
ホームシックに掛かる暇もなかったのに。
グランパとグランマはリムジンを出してくれると言ったけど、わたしはそれを断って、一人で空港までパパ達を迎えに来た。
「パパ!ママ!玄!」
ゲートから出てくる三人を見た時は、やっぱり少しはジ~ンと来てしまった。
考えてみれば、こんなに長い間、離れ離れになっていたのは初めてだし。
「朱里!」
いつも明るいママがわたしに気付いて手を振り返してくれた。
「なんだよ、姉ちゃん。泣いてんのか?」
相変わらず可愛げのない弟の玄は、わたしを見るなり憎まれ口を叩く。
「うるさいよ」
弟を睨みながらも零れてはいなかった涙を拭う。
「早速だが、成島の家に行く前に話をしようか?」
パパも相変わらず無駄なお喋りをしない。
わたし達は空港内にあるカフェに腰を落ち着けることにした。
「メールでこれまでの経緯は判ってる。お前はどうしたいんだ?」
オーダーが済むと、パパは単刀直入に話を始め、訊ねて来た。
どうしたい、って言われても・・・
「編入試験には合格したんだし、日本の学校に通いたい気持ちは変わらないよ。でも・・・」
「成島の家に世話になるのが辛いか?」
パパの問いにわたしは首を振って否定した。
「グランパもグランマもいい人達だから好きだし、あの家に居る事が辛いんじゃないよ。そうじゃなくて・・・」
「金の事か?」
わたしはこくん、と頷いた。
「朱里、お前が日本に来る前に成島の家について詳しく説明しなかったのは、その目で見てみなければ納得出来ないだろうと思ったからだ。長い間、親戚付き合いをしてこなかった俺達家族の一人でも日本に来ればどんな歓迎をされるかも想像出来てたが黙っていた。何故だと思う?」
「・・・判んない」
パパの考えなんて判んないよ。
「家にはお前が日本の私立の学校に通うだけの金は、充分ではないにしろ、ある。成島の家に頼らなくてもな。あの家の世話になるのが嫌なら、一人暮らしをしても構わないし、生活費も小遣いだって送ってやる。出世払いで返して貰うがな」
え?それなら?
「でも、やはり未成年のお前が一人で生きていく事は大変だ。学校も保護者との連絡を取りたがるだろうし、アパートを借りるにも保証人が必要になる。成島の家に住まなくても、あの家の人達の世話になる事は避けられない」
・・・そうだろうな。
「お前に無理強いをしたくないが、出来れば成島の家に世話になってくれれば俺達も安心だし、長い間疎遠だった成島の両親も安心すると思ってる。でも、あの家に負担を掛ける事が嫌なら、一人で暮らせばいい。それだけの事はしてやれるぞ」
パパはそれだけ言うと、後は自分で考えろ、と言って成島の家に向かう事になった。
わたしはタクシーの中で考えていた。
日本の高校に通う事が、それも私立の、こんなにお金の掛かる事だとは思ってもいなかった。
ステイツでもフレップ・スクールに通う事になれば、学費も高くなるだろうし、全寮制の処が多いから、お金が掛かる事は変わらないと思ってた。
だから、国籍のある日本を選んだつもりだったけど、親の負担について甘く見てたのかな?
そして、グランパ達に負担を掛けると思って甘えきれないのは、今まで疎遠で慣れてないから?
でも、あの家を出ていく事までは考えてなかった。
だって、グランパもグランマもわたしに優しくしてくれて、一緒に居ると嬉しそうにしてくれるんだもの。
わたしだって、初めて会ったグランパ達の存在が嬉しいし、あの家が嫌いな訳じゃないんだよ。
ちょっと、お金持ち過ぎて驚いちゃったけど。
パパは成島の家に着くと、グランパとグランマの二人に深く頭を下げて挨拶した。
「ご無沙汰しております。今回の娘がお世話になる件につきましても、本来なら事前に私がご挨拶に伺うべきでしたが、この様に遅れてしまい、大変申し訳ありません」
この挨拶には、グランパ達だけでなく、わたしも弟も驚いた。
あのパパが『私』だって!
それにあんなに頭を下げて謝ってる?!
成島家の一同が集まっていたリビングには、何故か、母屋に近寄らない伯父さんや、最近はこの家に良く来る蒼までが揃っていた。
「岡村、お前も人の親になって成長したんだな~」
感心するような呆れた様な声で伯父さんがそう言うと、グランパとグランマに睨まれてた。
「君は黙っていたまえ!」
グランパに叱られて、肩を竦めてる伯父さんはまるで悪戯小僧みたいだった。
そう言えば伯父さんはパパの若い頃を知ってるって言ってたし、そうか、パパも成長したのか・・・それってわたしの為?だよね。
「この度は、朱里の為に色々と手配して頂けたようですが、学校に関する費用につきましては、私共の方で支払わせていただきますので」
パパの言葉にわたしはホッとする。が、次の瞬間、パパに呼ばれてドキッとした。
「朱里」
はぁい、さっきの返事をするのね。
「わたし、この家から学校に通いたいと思ってます。でも、あんまり甘やかして欲しくないんです。贅沢する事に慣れたくないし、だから家のお手伝いとかもさせて下さい!」
ペコリと頭を下げて、そう伝えると、グランマが溜息を吐いて言葉を漏らした。
「甘やかしてるつもりはなかったんだけど・・・やっぱり女の子だと、つい、ね」
グランマの視線に頷いた伯母さんまでもが「そうね」と言う。
「お母様もお姉様も朱里を甘やかさないで下さい!この子はあたしが厳しく躾けて育ててきた娘なんですから!」
ママは憤慨したように腰に手を当てて、グランマと伯母さんに抗議していた。
「緋菜が厳しく躾けた?」
「まあ、そうなの?」
でも、二人には信じて貰えていないみたいだ。
「あたしだって、これでも十七年間、立派に主婦として二児の母としてアメリカで暮らして来てるんです!」
何だか、よく似た親子三人で漫才の様な喧嘩をし始めた。
グランパとパパは静かに話しているが、時々伯父さんが茶々を入れてグランパに睨まれている。
弟の玄は、疲れたのかソファの上で眠ってるし。
「ねぇ、朱里。もしかしてこの家を出ていくつもりだったの?」
蒼がいつの間にかすぐ傍に来ていて、そっと小さな声で囁いた。
ギクッ、どうしてそう思うのかな?
「え?まさか、そこまでは・・・」
「そこまで、って事は、それに近い事は考えてたんだ・・・ふうん」
なんだよ、その『ふうん』ってヤツは?
従兄の蒼は、いつもニコニコしているが何を考えているのか?よく判らないヤツだ。
勉強を見て貰ったり、バソコンを譲って貰ったり、色々とお世話にはなっているけど、ハンサムが苦手なわたしとしては、最悪な第一印象から好印象には転じてない。
ま、どうでもいいか、一緒に住んでる訳じゃないし。
パパとママと弟は、それから二週間、日本で夏休みを過ごすと言って滞在した。
しかし、わたしは行動を共にする事が出来なかった。
パパ達が日本に到着したその日に、学校から知らせがあり、急遽、夏期講習に参加する事になったからだ。