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無敵の盾ごと、勇者を殴り飛ばす

作者: さぼてん
掲載日:2026/10/25

 出獄して最初にやったのは、倒れてくる石柱を片手で受けることだった。

 自由って重い。いや、これは石が重い。

「手ぇ抜け!」

 柱の下で、少年が青い顔をしていた。

 俺は柱を少し浮かせる。少年が指を引っ込めたところで、足元の木楔を拾った。

 細いほうを、柱と台の隙間へ差す。

「これ、打てるか」

 少年は頷いた。槌を振る。楔が沈んだ。柱の重さが、横の台へ逃げる。

 俺はゆっくり手を離した。

 柱は動かなかった。

「……兄ちゃん、腕どうなってんの」

「万岩粉砕覇王腕(ロック・バスター)だ」

「長い」

 救命恩人に対する批評が早い。

 前歯の欠けた少年は、土のついた手を俺へ出した。

「俺、ペグ。ありがと」

「ゼルバンだ。その指で握れるか」

 ペグが指を曲げた。擦りむけてはいるが、動く。

「手当てしてもらえよ」

「親方のとこに布がある。ちょっと待ってて」

 少年が台の向こうへ走った。

 切り出した石と工具が、道の端に並んでいる。柱はまだ彫りかけだ。欠けた飾りの代わりを作っている途中だったらしい。

 俺は膝についた粉を払った。

 少し前まで、こういう粉は洗っても落ちなかった。

 採石場では朝から石を割った。鈍い槌で、硬い石を。手が先に潰れないよう、教わった身体強化を指先まで通した。割れ目を見ることも覚えた。

 でかい岩に勝てるようになっても、飯の豆は増えなかった。

 そこは大事な不具合として報告したかったが、今日で刑期は終わりだ。もう報告先がない。結構なことである。

 戻ってきたペグの指には、白い布が巻かれていた。

「兄ちゃん、祭りに来たの?」

「帰るとこだ」

「じゃ、寄っていきなよ。勇者様の試験に出ると銀貨もらえるんだ。俺も出る。母ちゃんに靴を——」

 広場の絵看板が、風で揺れた。

 勇者の胸に、金色の盾が描かれていた。

 丸い縁。裏へ回した、妙に太い持ち手。

 俺は粉を払う手を止めた。

「その盾、実物も来てんのか」

「壇の上にあるよ。誰にでも持たせてくれるって」

 金色の盾なら、ほかにもある。

 絵描きが持ち手を太く描いただけかもしれない。

 それでも俺は、帰り道へ向いていた爪先を広場へ戻した。

「試験は、どこでやる」

 ペグが指した。

 俺は歩き出した。背後で少年が槌を片づける音がした。

 看板の金色が、もう一度風に揺れた。




 ——父さんの盾が完成した夜、工房の床にはまだ削り屑が残っていた。

 俺は貸出票の料金欄へ、張り切って筆を入れようとしていた。

「王都の値段なら、このくらいじゃねえの」

「誰に貸す」

「川が溢れたときの、避難所」

 父さんが俺の筆を止めた。料金欄を指で塞ぐ。

「そこは空けとけ」

「商売にならねえだろ」

「返すときに泥を落とせって書け」

 注文の多い無料貸出である。

 俺が槌を机へ放ると、父さんはそっちまで指した。

「刃物の隣へ転がすな。欠けたら直す金を取るぞ」

「俺には取るのかよ」

「お前は片づけられる」

 父さんは盾を膝へ載せた。

 縁のへこみを俺は撫でた。まだ盾が仕上がる前、槌を借りて失敗した跡だ。

「残しといてよかったのか」

「使うのに困らん」

「俺の名を永遠に残す傷だぞ」

「なら名前を書いとけ。失敗した者として」

 父さんは椅子に座り直し、持ち手へ腕を通した。

「殴ってみろ」

「天穹粉砕終式(ヘヴン・クラッシャー)!」

「長い」

 俺は拳をぶつけた。

 盾は傷ひとつつかず、父さんが椅子ごと床を滑った。

 後ろの壁の手前で、父さんは足を突っ張った。

「……先に言え。動くぞ、これ」

「壊れないとは言った。動かんとは言ってない」

 俺の顔を見て、父さんが吹き出した。

 追いかけた俺も笑った。父さんの椅子の脚には、削り屑が絡んでいた。

「父さん。勇者様に見せようぜ」

「避難所へ貸すと言っただろ」

「買ってくれたら、次の材料が買える。父さんの名前だって広まる」

 俺は盾の縁を持った。

「こんなの作れるのに、ここだけで終わっていいのかよ」

 父さんは俺を見た。それから、細い削り屑を椅子の脚から外した。

「見せるだけだぞ」

 俺は盾を持って王都へ出た。

 帰ってから、工房の机を片づけた。立派な客に見せるつもりで、父さんの古い椅子まで隅へ押した。




 勇者ヴァルツェンが買い取りに来た日、工房には革袋の金貨が置かれた。

 父さんは売買の紙に名を書いた。

 俺は扉の前で胸を張っていた。父さんの仕事が、ようやく世の中へ出る。

 戸口に人影が差した。

 鋳掛屋のロダだった。額に煤をつけ、底の外れた鍋を抱えている。

「オルベク、これの継ぎを頼みたいんだが」

 俺が戸口を空けると、ロダは鍋を抱え直した。工房の客を見て、脇へ寄る。

 ヴァルツェンは盾を受け取ると、左腕へ通した。

「よい出来だ。では、製法も渡してもらおう」

 父さんの指が、紙の上で止まった。

「売ったのは盾だ」

「私の盾が、そこらの兵や物乞いの手にもある。それでは困る」

「材料があれば、また作る。貸す相手も俺が決める」

 俺は机の横へ寄った。

「父さん、話し方ってもんが——」

「ゼルバン。袋を持ってこい」

 父さんは金貨を革袋へ戻し始めた。

「金を返す。盾を置いていけ」

 ヴァルツェンが抜いた剣は、金貨より明るかった。

「父さん!」

 俺は机を蹴った。

 袋が落ちた。

 父さんの胸から、刃が抜けた。

 ロダの鍋が土間で鳴った。こっちへ踏み込んできた身体の前に、勇者に付き添った衛兵が槍を出した。

 俺は父さんを受けた。

 重かった。

 椅子まで下ろそうとして、足がもつれた。床へ膝をつき、背中へ回していた手を胸へ持っていく。

 指の間から血が出た。

「押さえてろ。父さん、ここ」

 父さんの手を自分の手へ重ねた。

 その指が、俺の袖を掴んだ。

「放せ」

 衛兵に肩を引かれた。

 俺は父さんへ覆いかぶさった。

「医者だ。呼んでくれ!」

「勇者様を襲った者を拘束する!」

「俺じゃねえ! 今見ただろ!」

 槍の柄が腕へ挟まった。

 俺は捩じった。外すつもりだった。

 乾いた音がして、右手の先が遠くなった。

 それでも左手で傷を押さえた。

 ヴァルツェンの靴が、転がった金貨を踏んでいた。

「この親子が剣を奪おうとした。盾の代金に目が眩んだのだろう」

「違う!」

 父さんの指が、俺の袖から離れた。

 俺はその手を掴んだ。

 熱かった。爪の際に煤が残っていた。朝、パンをちぎっていた指だった。

「父さん」

 口の端が動いた。

 顔を近づけたが、聞こえなかった。

「もう一回。今の、もう一回言ってくれ」

 父さんの目は、俺の胸の辺りを向いたままだった。

 俺の左手も、父さんの手も、血で滑った。


 そのあとの取調べでも、俺は同じことを言った。

 父さんは製法を断った。金を返そうとした。剣を抜いたのはヴァルツェンだ。

 机の向こうの男は、俺の話が終わる前に紙を畳んだ。

 次に呼ばれたときも、俺は繰り返した。ロダが戸口にいたことも言った。

 紙へ筆が走るところは、見せてもらえなかった。

 父さんの葬りには行けず、俺は採石場へ送られた。

 折れた腕が癒えてから、槌を持たされた。

 最初の石を殴ったとき、父さんの声が欲しかった。

 長いと言ってくれる人は、そこにはいなかった。




「ここだよ、兄ちゃん!」

 ペグの声で、広場へ戻った。

 焼いた肉の匂いが流れていた。笛が鳴り、露店の布がはためく。

 俺の右手は、ちゃんと曲がる。

 拳を開く。指の腹は硬くなっていた。

 壇の上に、金色の盾が立てかけられている。

 俺は人の間から縁を見た。

 稲妻みたいなへこみ。

 間違いない。

 父さんの盾だった。

 ヴァルツェンが、その横で客へ手を振っていた。胸に勲章が光る。顔は以前より肉がついていたが、声は同じだった。

「誰が持っても、この盾の守りは変わらない! さあ、試してみたい者は!」

 俺は列へ入った。

 盾を返せと言う。父さんを殺した話も、今度は最後まで聞かせる。

 どこで立ち、何を見たか。俺が覚えていることを、俺の口で言う。

「俺、先に名前書いてるんだ」

 ペグが布の巻かれた指を上げた。

「木剣で叩くだけなんだって。兄ちゃんも出る?」

「ペグ、待て。あの盾は——」

「次の者、上がれ!」

 台の脇の衛兵が呼んだ。ペグが手を上げた。

 俺は列を抜け、階段へ寄った。

 ペグが盾を受け取る。両手で持つと、縁が膝の辺りまで来た。

「こう?」

「腰を落とせ。怖がることはない。私の盾だ」

 ヴァルツェンが腰へ手をやった。

 刃の擦れる音がした。

 木剣じゃない。

「おい!」

 俺は階段を駆けた。

 ペグが盾の上から剣を見た。

「話、違うよ」

「怖じ気づくな。盾を信じればよい」

 勇者が少年の帰り道へ足を置いた。

 俺は壇へ上がり、ペグの肩へ手をかけた。

「下りろ」

「でも、銀貨が」

「指が治ってから稼げ」

 盾を支えた。ペグが持ち手から手を抜く。

 俺は少年を側面の階段へ送った。

 ヴァルツェンの剣が、俺へ向いた。

「順を守れ。客が見ている」

「見てるから来たんだよ。木剣の約束を、本物でやんのか」

 階段の衛兵が顔を上げた。

「試験は木剣と伺っておりますが」

「本物だからこそ、守りの確かさが伝わる。負傷などさせん」

「じゃ、俺でやれ」

 俺は少年のいた場所へ立った。

 砂を敷いた低い囲いが、勇者の背後にある。客が入れないよう縄を張った場所だ。剣を振り回すだけのために、こんな試験場まで用意させたのか。

 ヴァルツェンは俺の腕を見た。

「採石場帰りか。その手は」

「おかげさまで。立派な働き者になれたよ」

 今じゃ岩のほうが先に音を上げる。

「よかろう。存分に受けてみせよ」

「受けるのは、お前だ」

 俺は盾の持ち手から手を抜き、ヴァルツェンへ差し出した。

「持てよ」

「貴様が受けるのではないのか」

「父さんの盾だ。壊さねえから安心しろ」

 奴が盾を受け取る。左腕へ通し、右手の剣を頭上へ持ち上げた。

 俺は柄を握る指を見た。

 あの日、血のついていた指だ。




「オルベクの息子だ」

 俺は言った。

 ヴァルツェンの剣先が、少し下がった。

「採石場へ送られた、あの小僧が」

「ようやく帰ってきたんでな」

「何のつもりだ」

「盾を取り戻しに来た。父さんを刺したお前から」

 広場の笛が止まった。

 ヴァルツェンは客席を見た。すぐに盾を前へ出す。

「罪人の言い分を信じるな! この男は、私を襲って裁かれた!」

「父さんは、金を返すと言ったんだ」

「黙れ!」

 剣が動いた。

 俺は奴の右腕側へ半歩外れた。

 切っ先が、さっきまで俺の足があった石床へ刺さった。

 床が裂けた。

 跳ねた石が頬に当たった。砂利を踏む音が壇の下からした。

「客を下げろ!」

 衛兵の声が走る。

 俺は振り下ろしの外側から、奴の右手首を掴んだ。

 盾は反対の左腕にある。俺の手を遮れない。

 ヴァルツェンの腕が膨れた。白い魔力が手袋の縫い目から漏れる。

 手首を、こっちへ捻った。

「ぐっ……!」

 まだ強い。剣を離すまいと、奴の爪が柄へ食い込んでいる。

 採石場で、割れない石には足を変えた。

 俺は踵を浮かせ、腰を入れた。

 柄が奴の指を離れた。

 奪った剣を、自分の背後へ落とす。誰もいない石床で、刃が跳ねた。

「剣は……!」

 誰かが声を上げた。

「買う金がなかった」

 俺は空いた拳を見せた。

 今のは、俺に剣がない理由を聞かれたわけじゃなかったかもしれない。

 説明の機会を勝手に使った。反省は後だ。

 ヴァルツェンが左腕を突き出した。

 盾の縁が迫る。

 俺は右手首を放し、足を引いた。盾が押してくる。その前へ回り、床の裂け目を跨がず脇を通る。

 奴は足を開いた。左腕の盾へ右手も添え、こちらへ向け直した。

 俺と勇者の間に、無敵の盾が立った。

 金色の縁。少し太すぎる持ち手。

 あれは父さんが削った。

 父の胸から刃が抜かれた音を、俺は覚えている。

 押さえた手の下で、血は止まらなかった。

 あのとき折られた腕を、俺は曲げた。握った拳へ、魔力を通す。

 靴底の擦れる音がした。

 ペグが階段の下で両腕を広げ、こちらへ来ようとする客を止めていた。

「兄ちゃんの前、空けて!」

 衛兵が人を横へ下げる。

 俺の背後の剣へ、誰も近づかなくなった。

 ヴァルツェンは腰を落とした。踵で床を噛む。肩の筋肉が膨れ、盾の内側から白い魔力が漏れた。

 俺も膝を曲げる。

 砂場は、奴の真後ろだ。




「どうした。殴らんのか」

 盾の上に、ヴァルツェンの目があった。

「無駄だと分かったのだろう。もう一度、石を砕く暮らしに戻してやる。今度は出てこられんぞ」

「そこで覚えたんだよ」

 俺は右足を引いた。

 足の裏へ、硬い石の感触があった。

「力の入れ方をな」

「労役の分際で、私の前に立つとは。お前の父親も、最初から従っていれば——」

「口、閉じとけ」

 踏み込んだ。

「舌、噛むぞ」

「この盾は破れん!」

「知ってる」

 父さんが作った。

 俺は拳を引いた。

「絶対防御大搬送(イージス・ホームラン)!」


 無敵の盾ごと、勇者が飛んだ。


 砂が噴いた。

 金色の縁だけが空へ出て、ゆっくり倒れた。

 客席の布が、遅れてはためいた。

 俺は拳を開いた。

 指の関節が熱い。皮が擦れていた。

 盾の下で、ヴァルツェンの足がもがいた。

「取れ……誰か、これを……」

 奴の手が、客席へ伸びた。

 最前列の男が腰を浮かせた。ヴァルツェンが顔を上げる。

 男はペグの肩を引き、自分の後ろへ立たせた。

 そのまま、一段下がった。

 ヴァルツェンの手が砂を掴んだ。

 俺は砂場へ下りた。

 盾を持ち上げる。傷はなかった。

 裏に残った砂を払う。

 ヴァルツェンが咳き込み、横へ身体を丸めた。

 俺から顔を背けている。唇を噛み、胸の勲章を砂へ押しつけていた。

「もう一度、立てるか」

 俺が言うと、奴は砂を蹴って後ずさった。

 盾のない腕を頭へ回す。

「寄るな……」

 俺は足を止めた。

 拳は、もう握らなかった。

「剣を拾わせるな!」

 衛兵が壇を横切り、俺の背後に落ちた刃を槍で遠ざけた。別の男が砂場へ下りてくる。

「双方、動くな。そっちの男も盾を置け」

 俺は持ち手を握ったまま、衛兵を見た。

「これを、取りに来たんだ」

「話は聞く。今は置け」

 手の中のくぼみへ、親指が入った。

 父さんの指が、同じところへ当たっていた。

 俺は盾を斜めにして、底の縁を砂へ下ろした。

 勇者は顔を上げなかった。

 もう、ぶつけても笑ってくれる相手はいなかった。




 詰所では、木の机を挟んで座った。

 衛兵が俺の名を聞き、紙へ書いた。ヴァルツェンの名も、その下へ書いた。

 俺は父さんが刺された日のことを話した。

 男は筆を止め、こっちを見た。

「今日のこととは、別に確かめる。工房は、どこだ」

 俺は場所を言った。

 ロダの店も教えた。

 戸口に鍋を持って来ていた。中へ入ろうとして、槍で止められていた。俺が見たのは、そこまでだ。

「前にも話した。採石場へ行く前に」

「その調書も探す」

「今度は、書いてくれ」

 衛兵の筆が動いた。

 紙の端へ、黒い雫がついた。


 盾が俺の手へ来たのは、さらに後のことだった。

 詰所の同じ机に、書面が置かれた。

「あんたの当時の供述は、調書に残っていなかった」

 あの衛兵が言った。

「今採った証言は、ロダの話と合った。製法を断ったことも、勇者が先に抜いたこともな」

 俺は書面を見た。

 ヴァルツェンの署名があった。

「父親の件の賠償の一部として、盾をあんたへ譲る。本人が合意して署名した。受け取るか」

「これで、あいつの話まで終わりになるのか」

「ならん。取調べは続いている」

 俺は筆を持った。

 自分の名を書く。指の間で、木の軸が少し鳴った。

「割るなよ、筆まで」

「石じゃねえ。分かってる」

 衛兵が盾を机へ載せた。

 持ち手に砂が残っていた。

 俺は袖で拭って、腕を通した。

 金色の縁の向こうへ、詰所の戸口が見えた。


 外にはペグがいた。

 あのときの指の布は取れていた。代わりに、細長い布を手に持っている。

「もらえた?」

「俺のになった」

「それ、城へ持ってったら褒美が出るんじゃない? 親方が言ってた」

 俺は盾の内側を見た。

 立派な場所へ持っていく。

 以前は、それだけで父さんが報われると思っていた。

「行き先は、決めた」

 俺は路地へ足を向けた。

 ペグが横へ並ぶ。

「どこ?」

「避難所」

「じゃ、裏だよ。表は荷車が止まってる」

 少年が先に角を曲がった。

 低い戸口の脇に、貸出の道具を置く棚があった。

 俺はそこへ盾を立てた。ペグが棚の上の貸出票を持ってくる。

「名前いるよ」

「万岩粉砕覇王——」

「ゼルバンでいい」

 知ってた。言ってみたかっただけである。

 俺は道具を譲った者の欄へ名を書いた。貸出の料金欄は空けた。

「これ、返すとき泥を落とせって書いといてくれ」

「細かいなあ」

「大事なことだぞ」

 ペグが布を差し出した。

「持つとこ、巻く?」

 俺は父の指が作ったくぼみを親指でなぞった。

 布を受け取り、横へ置く。

「先に、持ってみろ」

 ペグが両手を入れた。盾が少し傾く。

 俺は縁へ伸ばしかけた手を止めた。

「重い?」

「ちょっと。でも持てる」

 少年は足を開いた。

 俺は低い戸口を見て、盾の上を指した。

「頭も気をつけろよ」

「そっちこそ」

 屈まないと俺の額がぶつかる高さだった。

 俺は避難所の扉を押し開けた。

 背後で布が棚へ擦れる音がした。

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