第6話 P.S.
次の日。
体育館へ行っても、体育教官室へ行っても先生はいなかった。
当たり前のことなのに、先生が座っていた席を見るだけで切なくなった。
連絡先はもらった。
だけど、すぐに連絡することはできなかった。
本当にしていいのかな。
迷惑じゃないかな。
そんなことばかり考えていた。
そんなある日、テレビからあのドラマの主題歌が流れてきた。
今週も始まったんだ。
先週見ていた時は、まだ先生がいたのに。
心にぽっかり穴が開いたような気がした。
先生は東京にいる。
すぐに会える距離じゃない。
今頃何をしているんだろう。
そんなことを毎日のように考えていた。
寂しかった。
とにかく寂しかった。
そして私は意を決してメールを打った。
文章を考えては消す。
また考えては消す。
何度も繰り返した。
結局、初めて送ったメールはたった一言だった。
『先生、元気ですか?』
送信した後は落ち着かなかった。
何度も携帯電話を確認する。
大学が忙しいのかな。
返事は来ないのかな。
そんなことを考えていると、携帯電話が鳴った。
先生だった。
嬉しくて思わず立ち上がる。
メールにはこう書かれていた。
『元気だよ〜!今大学終わったよ〜!学校どう?』
たったそれだけのメールだった。
だけど、とても嬉しかった。
それから少しずつメールのやり取りが増えていった。
時々、先生が電話をくれることもあった。
いつしか先生は、つっちーではなく「ゆき」と呼んでくれるようになった。
それが少し照れくさかった。
だけど、すごく嬉しかった。
好きな人に名前を呼んでもらえる。
ゆき。
この名前で良かった。
そう思った。
だけど私は変わらず先生のことを「先生」と呼んでいた。
すると先生は笑いながら言った。
「俺もう先生じゃないから。名前で呼んでいいよ」
そして続けた。
「大学の仲間はみんな、てるって呼ぶから。ゆきもそう呼んでいいよ」
私は少し考えて答えた。
「じゃあ……てるさんって呼びます」
呼び捨てはさすがに恥ずかしかった。
先生は楽しそうに笑っていた。
そんな何気ないやり取りが嬉しかった。
楽しかった。
ある日、私がメールを送っても返事が来なかった。
夜になっても来ない。
もしかしたら、このまま返ってこないのかもしれない。
不安だった。
そんなことを考えながら布団に入る。
その時だった。
携帯電話が鳴った。
着信だった。
先生だ。
「もしもし?」
電話の向こうは少し騒がしかった。
『遅くにごめん。メール返せなくてごめんね』
先生の声が聞こえる。
『今帰ってる途中でさ。スーパーにいるんだ』
確かにレジの音が聞こえた。
忙しいはずなのに電話をくれた。
先生が突然言う。
「何買ったと思う?」
そう聞かれて、私は首を傾げる。
「えー、分かんないです。」
すると先生は少し楽しそうに言った。
「明日食べるパンだよ〜!」
そんな何でもない答えがおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
学校では見ることのできなかった先生の日常を、少しだけ覗かせてもらったような気がした。
やがて周りの音は少なくなり、聞こえるのは先生の声と足音だけになる。
足音を聞きながら、私は東京の夜の街を先生と一緒に歩いているような気持ちになっていた。
さっきまで沢山の人の気配がしていたのに、今は先生の声と足音しか聞こえない。
まるで二人だけの世界になったような気がした。
私はなんて単純なんだろう。
でも、それだけで凄く幸せだった。
すると先生がふと聞いてきた。
『ゆき、小説とか読む?』
「読みます」
そう答えると、先生は続けた。
『俺、気に入ってる本があるんだよね。ゆきのこれからの人生に少しでも役立ったらいいなと思って。送ってもいい?』
私は迷わず答えた。
「はい!」
本が届くのが楽しみだった。
毎日そわそわしていた。
数日後、お母さんが言った。
「東京の人から何か届いてるよ」
私は慌てて荷物を受け取った。
そして部屋へ駆け込む。
箱を開けると、先生が話していた本が入っていた。
そして、その中には一通の手紙もあった。
先生の字だ。
私はゆっくりと手紙を開いた。
そこにはこう書かれていた。
『これは俺のお気に入りの本だよ。
ゆきの将来にきっと役に立つことが書いてあると思う。
良かったら読んでね。』
そして最後に、
『P.S. ゆきの笑顔は最高だよ!』
と書かれていた。
教育実習の時に言ってくれた言葉。
その言葉が、またそこにあった。
こんなにも私の笑顔を褒めてくれる人は先生しかいない。
私は本と手紙を胸に抱きしめた。
しばらくの間、離すことができなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
会えなくなってからの方が、相手の存在の大きさに気づくことがあります。
当時の私は、メールが一通届くだけで嬉しくて、電話が鳴るだけで胸が高鳴っていました。
そして今でも、この時にいただいた言葉は心の中に残っています。
次回も読んでいただけたら嬉しいです。




