それをしるもの 6
「ソラさんー!」
「どうした?」
「ダテさんから任務要請です!」
「委細承知しましたよ」
アキへの研修とヨシトさんとの邂逅から半月が経ち、俺たちは定常任務を淡々とこなしている。
冬の空気が頬に冷たく挨拶をする――これからが本番だと言わんばかりの勢いに、たじろぎたくもなるのだが、そう甘いことも言っていられない。とんだご挨拶でも、それでもやるべきことをやるだけだ。
「今回の場所は?」
「橋の上です」
各地に散っている物忌たちは、協会本部とは別に、それぞれの事務所を構えている。自宅と兼用していることが多く、例に倣って俺とアキも事務所兼自宅として二人暮らしをしている。別々に暮らすことも可能だが、俺たちはバディを組んでいる兼ね合いで、同居した方が何かと都合が良いという判断になった。
「アキは車の用意、その間に俺は道具の準備をする」
「OKです!」
アキはいつものキャップを深々と被り、車を出しに事務所を後にする。俺は俺で任務用のバッグを片手に、足りない備品を見繕う。
「ソラさん、用意出来ましたよ!」
「あぁ、すぐ行く」
事務所の玄関からアキが呼び掛ける。
「安全運転で頼む」
「法定速度ピッタリの最速ドライブで行きましょう!」
――俺たちは、足並みを揃える。
「今回の場所は遠いのか?」
「そんな遠くはないですけど、隣街Aへ行く為に大きな河川を跨ぐ必要があるじゃないですか?そこに掛かっている橋ですね」
「あぁ、あそこか」
「ですです!近隣住民からしたらお馴染みの橋ですよね」
俺たちの拠点にしている街は、ごくごく一般的な規模であり、都心の華やかさも無ければ片田舎の静観さも無い。そんな地域の移動手段は電車か車――電車だけでも不便は少ないが車があると利便性は格段に上がる。今回のケースのように、隣街Aへ行こうとすると街同士の間に大きな河川が境目として存在しており、電車だと少し遠回りになってしまう。それに目的地はあくまで"橋"なので、余計に車の方が便利なのだ。
「それで、境界の顕現は橋上なのか?それとも橋の下もとい橋梁下なのか?」
「顕現自体は橋梁下だそうです。詳細は現地で実際に見た方が早いと思いますが、陸地から橋に差し掛かる辺りの真下みたいですね」
「了解した。結局は上下どちらも対応が必要そうだな」
「ですね!顕現規模はテニスボールサイズの球形で、拡大スピードも緩やかみたいです。上下どちらも対応すれば今後の予防にもなるかもしれません」
今後の為の予防――神居と化した場で御霊還しを行うと境界は消える。それと同時に、その場は浄化に近い状態になる。その結果、境界の顕現を抑えることが可能という原理。
「そうだな……ただ、それも結局は統計上の結果論でしかない」
先のツミキが行った研修でも分かる通り、人類は境界をまるで知らない。数多の先人たちが一つ一つ試した結果の産物――手を変え品を変え様々な模索の果て、効果の有無を自ら実験した末、永い時と研鑽の積み重ねが今を生きる俺たちへ受け継がれている。
「根拠となる証拠は無いけど、実際に効果があるような感覚……その経験則が現代を助けているんです!オレは納得しましたよ、一旦は!」
「そうか、今後も文句があったら全てツミキに言ってくれ」
「あの人に言っても暖簾に腕押しを経験して終わりじゃないですか……」
相変わらずツミキの評価は低い――俺もその情報操作の一旦を担っているので何も思わない。
車を走らせること約20分、目的地である隣街へと渡る橋に到着する。
「あっ!お二人とも、こちらです!」
近くの脇道に車を停めて二人で橋へ向かっていると、正面から見知った顔がこちらへ近付いてくる。
「ダテさーん!どうもです!」
ヒラヒラと手を振りながらアキは目の前の人物――協会所属の玉仕であるダテさんへと歩み寄っていく。
「ご連絡ありがとうございます、ダテさん。各所への調整は?」
「もちろん調整済みです。あと、対象区域には人払い用の忌具を設置済みなので、ソラさんたちの妨げにはなりません」
忌具――ムスビの宿った器具や用具類。今回のように人払い用の忌具を始め、境界から放たれる圧を抑える物、自身のムスビ総量を補助する物など、いくつかの種類が存在する。
「仕事が早いですね、流石です」
「とんでもないです!市民の安全と物忌のサポートが仕事ですので」
「助かります」
ダテさんと挨拶がてら会話をいくつか交わし、横にいるアキが話題を変える。
「それで、グツグツと煮込まれているような気配……いますね」
「あぁ……まだ小さいだろうが、確実に」
「仰る通りです。では、ご案内いたします」
ダテさんの案内に応じ、俺たちは境界へと向かう。
「こちらです」
陸地の側面に隣接されて建てられている躯体にある、河川に浸水されていない小さなスペース。砂利や石が地面を覆い尽くし隙間からは雑草が生い茂る――豪雨や台風による洪水があると簡単に飲み込まれる程度の場所だが、天候にも恵まれ三人は問題無く降り立つことが出来ている。
――そこに、"境界"は空中に浮かんだまま、静かに、小さくも堂々と鎮座していた。
「……」
俺とアキは静かに"それ"を見つめる。
規模の大小は関係無い――境界という存在が世界を歪め社会を壊す。複数の色が渦巻くように混ざり合い、何かを煮立たせるようにドロドロと溶け合っている。
「ダテさん、体調は大丈夫ですか?」
「えぇ、今回はまだ顕現規模もそれなりですので、まだ圧に押し負ける程ではありません。ご心配ありがとうございます!」
境界は顕現後、ムスビを圧力として周囲へ放出させ続ける。拡大に応じて放出量も上がっていく。ムスビビトは自身のムスビと共鳴し合い、玉仕のような総量の少ない者はその圧力に耐えられない。一般人には影響は無いと言われているが、それを証明する材料は現状無い。
「よし、取り掛かろうか。俺はこのまま境界本体の対応、アキは橋桁まで戻って再発防止策、ダテさんはアキと一緒に戻って念の為周囲の警戒を!」
「OKです!」
「承知しました、お願いします!」
――よし、そろそろお還りいただこうか。
アキとダテさん持ち場へ移動し、俺は境界と二人きりになる。
ドロドロ……ブクブク……ゴリゴリ……と、音無き音が耳に張り付く。辺りを漂っていた空気は行き場を失ったように留まっている――世界はシャボン玉で出来ている。
「御霊還しを行う」
まずは、場を整える――祓戸は謂わば物忌の環境、対応場所を俺たちに有利な状況にすることが必須である。また、境界に退散してもらっても場が整っていなければ再顕現の可能性が格段に上がってしまう。
「……」
周囲を見渡し拳大の石を集め、境界が中心になるよう円を描くように反時計回りに地面に置いていく。
「……」
続いて、円状に囲った石に河川で汲んだ水を一つずつ少量滴下させていく。時計回りにゆっくりと。
「……よし、これで場が成った」
祓戸の完成に合わせ、境界は静かに反応し、ドクドクと音を鳴らす。
「お前はどうしたいんだ……?何が目的で何を成す為に顕現している……」
目の前にいる"誰か"に呟く――返事は無い。
「俺はどうしたいんだ?」
心の中で問い掛けるも答えは無い。
「……綺麗だったよ」
"誰か"に向けた言葉は、すぐに掻き消され霧散する。
「詞奏術・下段――和合ノ詞」
火の神、水の神、生り坐せる
渦巻き、禍巻き、和合も白す
境界の外郭がフワフワと剥がれていく――静かに、ただ静かに……祷るだけ。禍々しくも煌めきに満ちた内部はだんだんとぼかされ色味を失う。祓戸は少しずつ確実に空虚となる。
頬を伝うムスビの声、蒸発されなかった想いが露となり滴り落ちる。
「ふぅ……」
シャボン玉は弾けて消えた――俺は、まだ大丈夫。
「これで完了だな」
この場に停留していた空気が一気に流れ出す。心の隙間に入り込み自身の現在値を教えるように。
「ソラさーん!」
アキとダテさんがこちらへ近付いてくる。
「アキ、そっちは?」
「万事OKです!」
「境界による周辺の被害もありませんし、アキさんが予防策を打ってくれたので、この地区は安全と言えるでしょう!」
俺の問いに二人は笑顔で応じる。なんかハイタッチしてるし……任務で一緒になった回数は少ないが、すっかり打ち解けたようだ。
「協会への報告は?」
「あっ、まだです……失礼しました。すぐに報告いたします」
アキとの交流が楽しかったのだろう……協会への報告を忘れていたダテさんはワタワタと慌てた様子でスマホを手にする。
「ちょっとぐらい遅くなっても大丈夫ですって!」
アキがケラケラとダテさんを見て笑っている。
「ソラさんは大丈夫でしたか?」
「あぁ、御霊還しは恙無く終えているさ」
任務を完遂したことへの安堵……ただ、その裏にある不安さを隠せていない、そんな表情をアキは見せる。
「そっちは心配していないです!ソラさんの――」
「アキの手を借りる術は使っていないんだ、特に問題無いだろう。それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「……そうですね!任務完了!」
「……はぇ!?」
帰り支度をする俺たちの横から、急に大きな声が届けられる――ダテさんの上擦った声。
「え、えっ、本当ですか……!?」
「……」
電話相手は協会?それであれば、あの反応は少し変だ……ダテさんの邪魔にならないよう、視線は送らず聴覚だけ意識を向ける。
「はい、はい……そんな……」
「……」
「分かりました。お二人には伝えておきます……では、失礼します」
二人に伝えること――対象は俺とアキで間違いないだろう。ダテさんの慌て様……内容は?
「ソラさん、アキさん」
電話を終えたダテさんが、意気消沈の表情で俺たちの方を向き声を掛けてくる。
「どうしましたか?……先程とは表情が真逆のようですが」
「ダテさん、何かあったんですか?」
明らかに異常事態――ややこしい事情を孕んでいるのだらう。俺たちは茶化さずダテさんへ真剣な眼差しを向ける。
「……物忌が、殺されました」
この業界に、"生死を掛ける"ことはあれど、"相殺"は無い。俺たちの相手は境界であり、殺意も敵意も持ち得ない。ただ、そこにいるだけ。
――殺し合うのは、いつだって人間の所業。
次話から2章開始。4/14 6:00投稿予定です。




