それをしるもの 5
「協会が情報を隠匿しているじゃないかと思ったことはありませんか?」
――その言葉に、刹那の静寂をゆっくりと切り裂くように彼は口を開く。
「それは有り得るかもな」
「……!?」
想定外の返答だった――人格者であるヨシトさんがそう返すとは露にも思っていなかった。なんなら、不躾な問いに説教されるかもしれないと考えていたぐらいだ。
「アングラな業界だ、秘匿事項の一つや二つあるだろうな」
「ヨシトさんでもそういうこと考えるんですね……」
「ハッハッハッ!!普段からどんな印象を持たれているんだ!?聖人には縁遠いし協会に心酔している訳でもないぞ?そういうことだって考える時は当然ある」
良く通る声で豪快に笑い飛ばす――他者からの印象と自己認識との乖離が余計に可笑しかったのかもしれない。
「……そうでしたか」
オレたちは宗教団体に属した敬虔なる信徒ではない。ソラさんも何か思うところがあるように見えるし、誰だって半信半疑な部分は抱えているのかもしれない――相反する感情は、いつだって心理の海に溶け込んでいる。
「ただな、アキ?」
「はい?」
「物事はそう単純ではないかもしれない……仮に、協会が意図的に情報を隠していた場合、その理由を考えたことはあるか?」
「理由ですか?」
両価性が感情において正常な論理であるように、事情や動機が言動において通常の指針になると。
「そうだ!人と人が関わる際、その殆どには理由がある――今回の場合で考えると……『故意の隠蔽』、『制約による密事』、『不確定の黙秘』辺りは抑えておくべきだろうな!」
「故意の隠蔽、制約による密事、不確定の黙秘……」
ヨシトさんは言葉を続ける。
「故意の隠蔽――これは分かりやすいだろう……都合の悪い事実や協会にとって不利益になる情報を計画的に隠すこと。正にアキが考えていたであろう可能性だ、悪意に満ちた理由だな」
「そういう偏った感情は少なからずありますね……」
「それは致し方ないだろう。全員とはもちろん言わないが……態度や言動に難がある人間が多いからな、ツミキを筆頭に」
「は、はぁ……」
ツミキさん、あなたって人は……それに限らず、協会も一枚岩では決して無い。末端には見せない顔もあるのかもしれない。
「次に、制約による密事――状況や条件、何かしらの事情があって話したくても話せないこと。これは決して悪い意味だけではない、時期や段階を経て制約が少しずつ解かれていくこともあるな。この場合、協会側は会員へ伝えたくても現状抱えている障害により公に出来ない可能性だ」
「まぁ、確かに……」
誰にだって事情や障害はある……好き勝手に口外出来ないことぐらい当然あるだろう。
「そして、不確定の黙秘――主観や憶測を善しとせず、実証された情報以外は口に出さないこと。予測や見込みだけでは断定出来ないだろ?その状態で伝播されてしまうと混乱の種となる。それを嫌い、敢えて確定情報のみに絞ることも時には大切だ!」
「そうですね……」
ああでもない、こうでもないと、散らかった情報では現場はまとまらない。しかもそれが誤情報であったなら尚更だ……それを危惧した可能性。
「協会はきな臭い組織ではあるが、境界に対する人類の抑止力として機能し、治安維持を志に持つ真っ当さも兼ね備えている。そうだろ?」
「はい、その通りです」
確かに、人格的問題を抱えている場合が多い物忌であろうと、"境界を抑えて治安を守る"という軸だけはブレていない。それは個人も組織も変わらないのかもしれない。
「これらを踏まえた上で、アキの質問に答えるならば……全てに該当するだろうな!」
「え、えぇ……!?」
協会はオレたちに対して全てを意図している?話の流れ的に、密事か黙秘辺りの線で話が進むと予想していた……見事に梯子を外された格好になってしまった。
「何を驚く?ツミキが上位にいるような組織だ、我々に対して悪意が無い訳が無いだろう!」
「……」
ツミキさんを出されると反論出来ないなぁ……
「歴史はあれど由緒はない。美学はあれど折り目正しくない。理路整然としてなければ清廉潔白なんて以ての外だ!」
「言いますね……」
ヨシトさんの印象が今日だけでどんどん更新されていくなぁ……それにしても言い過ぎなのでは……?
「とは言え、境界に対しては真摯であり、治安維持には積極的だ。物忌に成った者で、境界を放置するような輩はいない――両価性の話があっただろう?つまりは、そういうことだ!」
「まぁ、分かります……」
組織も個人も一本の大きな幹だけで形成されている訳ではない――数多くの枝分かれた顔もあるということ。
「それにな、アキ?」
「はい?」
「お前も言った通り、境界に対して余りにも情報が不足している。現場で直接対応している我々でさえ、"それ"を断定する材料は殆どない」
「そうですね」
「だからこそ、協会側も静観して様子を伺っているのかもしれない」
「不確定の黙秘ってやつですか?」
「あぁ、そうだ!」
下手なことを言うまいと自ら律する――その可能性をヨシトさんは提示する。
「境界という存在は、ある種のタブーとしてこの国では扱われている」
「タブーですか?」
「代表的なところで言えば、情報統制――協会は政府やそれに関する機関と連携して、境界に関する全情報を重要機密に置いている。その一切を世間には公にしないようにな!」
「それは知っています」
境界、協会、物忌、玉仕など――オレたちに関わることは隠されている。ヨシトさんの言葉を借りるならば、制約による密事だ。
「報道機関や一般人への箝口令だって敷いているだろ?」
「えぇ、それはもちろん」
「治安維持の観点や不用意な混乱を避ける理由だ」
「はい」
「それとは別に、機密情報とされている理由は分かるか?」
「そうですね……」
治安維持以外の理由……オレたちと一般人との違い。
「あぁ!もしかして……"見えない"から?」
「正解だ!ムスビビトである我々だけの徳であり、同時に罰でもあること」
境界は、ムスビを得た者にしか"認識出来ない"。
「存在の不定――ムスビビトにだけ、まみえることを赦されている境界。理由としてはムスビの力が影響していることまでは分かっているが、原理は未だに不明だ」
「はい」
「では、それを世間にどうやって公表する?」
「……」
「認知不能である大多数へどうやって証明する?」
「……」
答えがまるで出てこない――悪魔の証明。
「霊能者がどうやって幽霊の実体を証明する?その他のスピリチュアリストがどうやって魂や精神性の存在を証明する?」
「確かに難しいですが……それでも、様々な活動家が現にメディア露出や各媒体で表立っての発言やエピソードを話していますよね?」
絶対的な証明は出来なくても、時間を掛けて少しずつ信用を得ることは不可能ではないばす。霊感は無くても幽霊を信じる人は一定数存在している。
「そうだな!世間的には、オカルトや一種のエンタメとしての地位を確立しているのは確かだ!」
「そうですね、であれば……境界も――」
「協会の定める境界とはなんだ?」
「……あっ!」
――境界とは、神さびるもの。
「先人の知恵で有名なことわざがあるだろ?」
「そうでしたね……"触らぬ神に祟りなし"」
神様やそれに類する神聖な存在を直視することは、様々な伝説や伝承で禁忌とされている――見るなのタブー。
「手で触れるという直接的な意味だけではない。神への接触は原則として禁止事項だ。神に障ってはならない……それこそ、正当な儀式や神学的作法を除いてな」
「……」
「存在の不定であり、定義の不定でもある境界は……正にアンタッチャブルである。不特定多数に知れ渡った先に、どんな影響があるかも分からないからな!」
信じる物は救われる――その可能性を安易に信じる程の情報はない。
偶像崇拝の是非――それによる影響も分からない。
清明正直による調和――それの正否も未だ問えない。
「オレたちは何も知らない……」
「だからこそ、境界を公にすべきではない――これが政府と協会で結ばれた協定であり現時点での結論だ」
神と同一視しているが故の尊崇的な措置であり、神とは異なる視点故の暫定的な安全策。
「やっぱり、ヨシトさんと話すと勉強になります!」
「ハッハッ!そうか、それなら良かった!」
先程行われた研修は何だったのだろうか、ツミキさん……
「こんな所にいたのか、探したよ」
ヨシトさんとの語らいが想像以上に有意義であったせいもあり、遠くから呼び掛けられる声が聞こえるまで、その存在を失念していたことにようやく気付く。
「……えっと、その」
「……?」
「誠に申し訳ありませんでした」
「あぁ、別に構わないさ。こっちこそ待たせた」
近付いてきた声の主――ソラさんは、オレの謝罪を快く受け入れてくれていた。
「よう、ソラ!久しぶりだな!」
「あぁ、ヨシトさんも一緒でしたか。お久しぶりです」
オレたちの会話が切り替わる上手いタイミングで、ヨシトさんがソラさんへ声を掛ける。
「ソラを待ちがてらアキを借りていたぞ!」
「それは問題ありませんよ、ヨシトさんであれば尚更です。逆にアキに付き合ってくれてありがとうございます」
「いやいや、こちらから誘ったからな!それじゃ、ソラの顔も見れたし先に行くとしよう」
伝票をヒラリと手に収め席を立つヨシトさん。
「今日は色々と話してくれてありがとうございました!」
「良いってことよ。老兵の話がアキの何かになれば幸いだ!」
「ヨシトさん、ありがとうございました。またタイミングが合えば俺もお願いします」
「あぁ、もちろんだ!その時を楽しみにしているよ!それとな、ソラ――」
立ち去り際にソラさんへ呟いた言葉は――オレには聞こえなかった。
次話は4/9 6:00投稿予定です。




