それをしるもの 4
「おっ?お前……アキか?」
「……あっ、もしかして、ヨシトさん!?」
ツミキさんの研修が終わり、ソラさんを置いて会議室から出たオレは、ビルの外へ出たところで思わぬ人物と出会った。
「おーおー!久しぶりだな、アキ!」
「そうですね!元気でした?」
ビルの外で声を掛けてくれたのはヨシトさん――オレやソラさんと同じ協会員で、歴10年以上のベテラン物忌。経験に基づいた貫禄、岩のような無骨な体躯、年齢も相まって他会員からの信頼も厚い。
「初年度の研修で講師をした以来か?」
「そうですね!ヨシトさんが講師してくれて助かりましたよ!」
新人会員への研修は、物忌が当番制で講師を務めている。その中でも、ヨシトさんの研修は見た目の印象とは異なり、明るく丁寧なことでお馴染みであり評判が高い――新人たちの中では当たりと言われる程。
「そう言ってくれると、こちらも助かるよ……で、お前が協会本部に来るなんて珍しいな、何かあったのか?」
少し照れたように視線を逸らされる。こういうところがギャップを感じて、ただ格好良いに収まらない良さがある。
「いやぁ、ヨシトさんの研修から2年経ったんですね……気付けば早いものです!今日は次年度に向けた研修がありまして……」
「そうか、もう2年経ったのか……早いな!それにしても、あまり浮かない顔しているが、今日の講師は誰だったんだ?」
「……ツミキさん、です」
ヨシトさんの笑顔が引きつる。
「そ、そうか……ただ、ただな?アイツも協会内の序列は上位だし経験も知識も深い。そんな人間の研修ならタメになることもあったんじゃないか……?」
当たりもあれば外れもある――ヨシトさんはぎこちない笑顔でフォローしようとしてくれたが、その時点で……そういうことなのだ。ただでさえニッチな業界であり、物忌の面々もなかなかどうしてアクが強い……変人たちが跋扈している界隈だ、人物評価の高低差は広がるばかりなのが現状でもある。
「そういう考えも出来ますね」
「そうだろう?」
「殆ど知っていることだけでしたけど……」
「……」
カラッとした吹き抜ける冷たさではなく、ジワっとした体に張り付く冷たさ……そんな空気をヨシトさんの閉じた口が伝えてくれる。
「ヨシトさんの研修や、日々一緒にいるソラさんから聞いている話を飛び越えた内容はなく、当たり前と思っていることを当たり前のことと改めて言われただけに聞こえました……」
「……おっ!そういえば、ソラと一緒じゃないのか?」
あからさまに話題を変えられた……ヨシトさんでもツミキさんをカバー出来ないのか……そんな人がオレたちの上司なんだよなぁ。
「ソラさんもいますよ!ただ、ツミキさんに話があるからと止められたので、オレだけ先に出てきたんです」
「そ、そうか……ソラにも久しく会っていないからな!なら、アキ!今って空いてるか?」
「えぇ、オレはソラさんを待っているだけなので時間はありますよ」
「良かった!ソラにも会いたいし、アイツを待ちながら少し一緒に話そうか」
「有難いです!こちらこそお願いします!」
ヨシトさんに誘われ、二人はソラさんの拘束が解かれるのを待つことになった。
「さてと、久しぶりだから何から話せば良いかってところだが……そうだな、物忌になってからどうだ?」
オレたちは近所にあるカフェに入り、二人席の対面に位置してコーヒー片手に語らう。
「そうですね、色々と生活は激変しましたが……ソラさんのお陰で楽しくやれていますよ」
「そうか、そうか!なら良かった!」
見た目の風貌とはギャップを感じさせる表情で笑顔を振り撒いている。岩を直接削って出来たような体躯は、強者の象徴でもあり、自身を司る確固たる自信にも繋がっているのだろう……そんな男が、豪快な笑みを絶やさない。これは、ギャップに萌える人もいるではないだろうか。
「お前が協会に入ったばかりの頃は……どうしても殺気立っていたし、年齢に反して瞳に闇を感じるところもあったからな、心配はしていたんだ」
「そうですよね、あの頃はオレも心を閉ざしていたと思うので……ご心配をお掛けしました」
「いや、別に構わない。協会の門を叩く者……ましてや物忌に"成る"ような人間は、後ろ暗い過去の一つや二つあって当然だからな。お前の場合は、バディを組んだソラが良い影響をもたらしたのかもしれないな!」
「ソラさんには色々と面倒を見てもらってますからね、本当に感謝しています!それと聞いて良いか悩みますが……そういうことなら、ヨシトさんも何かあったんですか?」
「あぁ、今更口に出してまで語ることではないが、な……」
過去を思い出しオレではない何かを見つめているような表情――物思いに耽ることは、決して良いことばかりではないのかもしれないと感じた。
「変なこと聞いてしまって失礼しました」
「あぁっ、いやいや!自分の中では踏ん切りは付けているつもりだし、謝ってもらう程ではない!それにしても、お前たち二人の活躍は別エリアで活動していても耳に入ってくる!なかなか頑張っているようだな!」
「そうなんですかね?オレもソラさんも目の前のことしか対応している印象はないので、活躍と言われても……うーん……?」
他人へ誇れる実績も語れる程の成果も上げている実感がまるでなかったので、ヨシトさんの言葉に何て返せば良いのか迷ってしまう。
「それで良いんだ!何かを成すことが物忌の仕事ではない。出来ることをコツコツと積み重ねることに意味があり意義となるからな!」
「ヨシトさんは物忌になってから長いと思いますが、何かを成してやろうって考えたことは無いんですか?」
「そうだな……全く無かった訳ではないが、ある時から成す存在ではなく為す存在なのだと考えを改めた」
言葉遊びのように聞こえたそれは、ヨシトさんの中では全く異なる意味なのかもしれない。オレはその意味を知りたいと思った。
「……為す存在、ですか?」
「そうだ!説明出来ない存在である"境界"に対して、物忌は対応が可能だ。ただ、それで世界に何をもたらす?」
「……えっ、どういうことですか?」
ドクンと心臓が跳ねる。
「境界を元いた場所へ還すことが、本当に世界の為になっているのか?実は、それ自体が誤った行為であるかもしれない……」
「オレたちの行為が誤り……いや、それはおかしいですよ!境界を放置すれば人や物を巻き込んで消滅するのは確かです!社会を混乱に陥れる存在は少なからず――」
「――"悪"か?」
先読みをしたようにヨシトさんは繋げる。その言葉が突き刺さる。
「それも正しいかもしれない。ただ、それはあくまで"人間社会"の立場から出てくる意見であり、人間社会の為に境界を現世から追放しているとも言える――放置すれば甚大な被害が出るのは、歴史が証明しているからな……その視点で考えると境界は悪であり、切除しなければならない癌細胞のようなものだ、決して間違っていない」
「もちろん境界の正体も目的も分かっていないので確かなことは言えませんが……現状の結果だけ考えると、そう判断せずにはいられません……」
オレにはどうしてもソラさんのようなフラットな目線で境界を見ることが出来ない――それは感情であり、思想が染まってしまったから。
「それで当然だろうし、そういう考えの物忌も少なくない。お前の場合は物忌に至った経緯にも直結するからな……別に間違っている訳ではない、否定したい訳ではないんだ。ただ、少しだけ視点を変えると……その考えが途端にブレてしまうということだけだ」
「……と、言うと?」
「簡単な話だ!人類にとって正しいことが、世界にとって正しいと証明出来るか?」
「……」
「協会の正しさは、ムスビビト全体の総意か?」
「……」
「我々は訳の分からない状態で、人類の為に境界にはお還えりいただいている。その対処は双方にとって本当に正しいのか?」
「それは……」
答えに詰まる――どうにか反論したいと感情が訴えるも言葉が何も出てこない。分かっていたこと、理解していると思っていたこと、言われたくないと無意識に忘れようとしていたこと……その問いは、交わらず混ざらず痛みを伴って心に植え付けられた気がした。
「今は分からなくて良い。誰にだって正解なんて言えやしないのだからな!お前はこれからソラと経験を積んで、その先で自分なりの答えを見つけて欲しい」
「……はい」
この時のヨシトさんは、とても優しい表情だった。
「ヨシトさん……」
「ん、なんだ?」
物忌としての是非、境界への理非――今のオレには到底答えは出せない。これから色んな経験を積んで見つけ出そうとは思う。ただ、それとは別に……先の研修もそうだし前々から思っていたこと、それをどうしても聞きたくなった。
「協会からの開示も今日のツミキさんの研修でもそうですが……境界に対して余りにも情報が少ないと思いませんか?」
「…何が言いたいんだ?」
ヨシトさんは眉をひそめる。
「1000年以上の歴史があり、人類は長年付き合ってきた境界にも関わらず、現時点で有している情報が余りにも少ない……」
「それで?」
「協会が情報を隠匿しているじゃないかと思ったことはありませんか?」
真剣な眼差しをこちらへ向けたまま沈黙するヨシトさん。
――数秒間の沈黙は、ゆっくりと引き裂かれる。
次話は4/8 6:00投稿予定です。




