それをしるもの 3
協会――遠い昔に境界を感知する個人が少しずつ徒党を組み、集団・団体・教団などを成したことから始まる。各組織は決して一枚岩ではなく、属した集合体の矜持やルールによって境界に対する処置も変わる。その一派であり、たちが属している"協会"では、ムスビを得て境界に対応可能な存在を、物忌と呼称するようになった。その協会の理事を務め業務執行責任者でもあるツミキから出た言葉。
「境界とは、"神さびるもの"として協会では扱っている」
――神さびるもの。それは、埒外の理。
「……神さびるもの、ですか」
「そうだね」
協会員として、認識はしていても改めて口に出されると些か違和感を覚えてしまうのは、アキじゃなくても分かるというもの。
「本来の意味である、『古くて神々しく見える』や『荘厳で神秘的である』と合致する点があるのは、対峙したお二人さんには言わなくても分かるだろう?」
「……た、確かに」
「……」
アキは頷き、俺は静かに見つめる。
「その類似点に焦点を当て、"神に近しい超常的な何か"として協会内では定義している」
「それは聞いたことがありますが、協会内とは……他では違うんですか?」
アキの踏み込んだ質問にもツミキの張り付いた笑顔は崩れない。
「良い質問だ!あくまで協会が定めたものに過ぎない……他の団体では解釈が異なることもあるだろう」
「そうですか……オレはまだ出会ったことが無いんですけど、他ではどう定義付けているんですか?」
「色々だね」
分かりやすく有耶無耶にしているツミキを見て、思わず笑みが溢れそうになる。
「ソラさんは他の団体や組織に出会したことってありますか?」
下手な誤魔化しに気付いたのか、アキは俺に意見を求める。
「過去に少しだけな」
「そうなんですね!どんな感じでしたか?」
「色々さ」
ツミキは大袈裟に笑い、アキは物言いたげな目で俺を見る。
「他所の話は一旦置いて、協会内の話に戻そう」
「……はい」
よそはよそ、うちはうち。
「……後で聞かせてもらいますからね」
小声で呟かれた言葉に少しばかり気が滅入りそうになったが、相棒の頼みだ……協会を出たら少し触れてやろう。
ツミキのいる前だとややこしくなりそうだし、自ら話したいとも思えない――"ヤツら"は、そういう存在だ。
「じゃあ話を戻すけど……神に近しいものと定義した理由は他にもある」
「……」
「まずは、歴史だ。記録に残っている限りでも……日本古代から顕現していることが分かっている」
「そうみたいですね」
「過去と現在で同一個体なのかは不明だが、人間と境界には千年以上の歴史がある。とある時代には、境界を神の怒りと捉えて祭祀を行ったり、神と同一視して神社を建立した記録も残っている」
「そうだったんですね……その神社は?」
「残念ながら現存していない。大まかな場所は分かっているけど、大々的に信仰を募った訳ではないのだろう、小規模な社殿で細々と祀っていたらしい」
人間は百年余りで死ぬ定めだが、社が無くても知恵と想いを未来へ託すことが出来る。数多のムスビビトが境界と対峙して世界を保ってきたのは確かだ。人類の知恵と努力が現代に受け継がれている。
「他に思い付くことはあるかな?」
「えっと、そうですね……」
アキは首を傾げて考えを進める。
「……あっ、神隠し」
ボソッと思わず口から出た言葉――その動作にアキは自分を責めるように険しい表情へと変貌させていく。
「そうだね、それも正解だ」
「……」
「境界の目的や理由は全く分からないが、"顕現した結果"だけははっきりと判明している」
「……」
アキは苦虫を噛み潰したような表情で俯いたまま。
「大小様々な球形で顕現する境界は、時間の経過と共に規模を拡大させていく……速度は個体差があるけどね。その結果、ある程度の規模に達した境界は――内包した存在ごと弾けて消える。無機物、有機物を問わず無差別に……例外はない」
「……」
境界に関する数少ない分かっていることの一つ――顕現後、一定規模にまで拡大したら弾けて消える。拡大スピードや臨界規模に規則性は見つかっていないが、過去から現在に至るまで、記録されている境界の結果はこれに尽きる。
「植物、生物……人間を含めた生命体は、境界の消滅に巻き込まれれば一巻の終わり――共に消滅して現世から存在が消え失せる。コンクリートなどの人工物も同じで、境界範囲内の全てが共に消える……世界からくり抜かれたようにね」
「……そうですね。痛い程知っています」
アキは鋭い視線でツミキを見つめながら答える。ただ、それはツミキへ思うところがあるという訳ではない。
「アキ君には辛い話だよね、掘り返してすまなかった」
「いいえ、大丈夫です」
張り付いた笑顔は変わらずともアキの過去を知っているだけに、ツミキはふざけた空気を少しだけ排して話を続ける。
「その消滅が"神隠し"の正体だという伝承も残っている」
「……」
民間伝承に多く残る神隠し――原因はいくつかあるが、その多くは……天狗の誘拐、異界へ迷い込むこと。そのどちらも、人間社会には存在しない超常的な存在や世界が原因である。それは科学が浸透してからも一部地域では言い伝えとして次世代へと語られていく。
我々のような界隈に於いても無視出来る内容ではない――超常的な現象や事態は、自然界には属さない大いなる存在によって引き起こされるべき、と解釈したのだろう。
「それにね、我々の編み出した"法術"も関係している」
「結璽術、ですか」
「そうだね。アキ君やソラ君が扱う"詞奏術"を始めとする、先人たちが対境界用にムスビを練り上げて新たなアプローチとして確立させた、ムスビビトだけが使える技術の総称だ。それも関係しているんだ!」
玉仕でも簡易的な術は発動可能だが、神居のような状態でなければ通用しないだろう。顕現してしまえば物忌でないと対応出来ない。
「確かに、オレたちの術は境界に通じていますね」
「そうだろう?先日お二人さんが民家で行った詞奏術の神髄……あれはちょっと特殊なケースだけど、それ以外にも複数の結璽術がムスビビトによって誕生している。これらは神道や仏教にも由縁が少なからずあるんだけど、その術が通じているということは……後は分かるよね?」
「……境界は"神に近しいなにか"ということ、ですか?」
「その通り!神道は敬神崇祖に基づいた宗教的態度――それに浅からずも通ずるところがある、我々のような存在と法術。なら、境界も"それに近しいもの"と定義した方が色々と分かりやすい」
「歴史、結果、結璽術……」
「他にも言い出したらキリが無いんだけど……これらを持って、神に近しいなにかは――"神さびるもの"として協会では定義したということだね」
「そういう背景があったんですね……」
境界の背景や情報はなかなか出回ることはない。それは協会内でも同様で、物忌であっても何の情報も無しに境界と対峙していることすらある。それ程までに、境界について俺たちは何も分かっていない。
「神さびるものである境界は、ただ顕現しているだけで生物や環境へ影響を与えてしまう。神社や祠に祀ることで制御したり管理出来たら良いのだけど、現実問題としてそれは現代に至っても叶ってはいない。であれば、境界から発生したムスビを用いて、"元いた場所へと還っていただこう"と、一部のムスビビトは考えた。その流派の系譜が我々が属している協会という訳だ!」
「それが、御霊還し……」
「うん、その通り!境界を神と同類の何かと定めて、尊崇の念を持ってお還り願う――協会の理念であり、我々が捨ててはいけない矜持だ!そんなところで境界に関しての情報は以上かな」
「……」
アキは視線で俺へと合図する。
「はぁ、ツミキ……本当にそれだけか?」
アキの気持ちは痛い程分かる。だからこそ、相棒として俺からもツミキへ問いを投げ掛ける。
「分かっているつもりで語れることはないよ、生憎ね」
――その発言に、今日唯一の誠実さを感じ取れた気がした。
その後は、協会内に関する情報共有や、各現場から上がってきた報告を例に対応時の心構えなど、一般企業でもありそうな語る程でもない研修が小一時間続いた。
「……まぁ、こんなところだろう」
一通り話終わり、ツミキは胸の位置でパン!と両手を叩く――即ち、締めの合図。
「ありがとうございました」
「……」
アキは丁寧にお礼を言い、俺は無言で見つめるだけ。
「他に質問とかは大丈夫かな?」
「大丈夫だと思います、多分」
「何かあったら相棒のソラ君にしっかりと教えてもらいなさい」
華麗に仕事を押し付けるな。
「なら、アキ君へのブラッシュアップ研修は終えようと思う。これからも大変な任務も多いだろうが頑張って欲しい」
「分かりました!」
「ソラ君はちょっとだけ残ってくれ」
ようやく帰れると思った矢先、ツミキの悪魔の囁きが室内をこだまする。
「何故俺だけ?」
「私とソラ君の仲じゃないか?」
「なら余計に残る必要はないな」
「あぁ!そう言わずに少しだけ!」
はぁ……絶対に面倒事だ。帰りたい……本当に。
「じゃあ、オレはお先に……外で待っているので!」
存在を消しつつアキは会議室を出ようとしていた。おい、助けろよ。
「アキ君、またねー!」
おい、見送るな。
室内にはツミキと俺の二人が残る形――最低な状況だ。
「……で、用件って何だ?」
「それは――"彼"のことで、ね?」
やはり、面倒事だった――それも相当に厄介な。
次話は4/7 6:00投稿予定です。




