それをしるもの 2
「ここに来るのは久しぶりか?」
「そうですね、1年前に本部で行ったブラッシュアップ研修以来です」
「ブラッシュアップって……確かに必要ではあるが、なんか、ピンとこないな……」
「ハハっ、なんか普通の企業みたいですよね!」
突然の呼び出しに応じて俺たちは協会本部前にいる。時間指定されていた訳ではないので、しっかりと朝食を摂って余裕を持った到着だ――時刻は正午過ぎた頃。
都心のど真ん中にある高層ビル。その一画に入居テナントとして構えている。どう考えても賃料が高そうなのに、俺たちのような隙間産業の零細業界身分で、どう賄っているのだろうか。
「乗り気はしないが、行こうか」
「足が重いって、こういうことなんですね……」
俺たちは重い足取りでビルへと入っていく。
「ソラさん、アキさん、お待ちしておりました」
受付で出迎えてくれたのは玉仕のササキさん。愛嬌のある女性で、何度か依頼を請けたこともあったが……どうして本部にいるのだろう。
「ササキさん、お久しぶりです」
「どうもです!」
「お二人とも、お久しぶりです!私がいて驚きました!?実は……半年前から現場担当から本部へ呼び戻されたんですよ!」
現場で見掛けなくなったのはそういう理由らしい。不思議そうな視線に気付いたのだろう、ササキさんは笑顔のまま先回りの答えをくれる。
「流石の対人能力ですね、こちらの視線に気付いて先んじて答えてくれるなんて」
「いえいえ、そんなこともあります!」
「ササキさんのコミュ力なら本部異動も頷けますね!」
「そんなに褒めても帰らせませんよ?」
俺たちの後ろ向きな感情も筒抜けか……相変わらず抜け目のない女性だ。
「はぁ、お見通しな訳ですか」
「うへぇ……」
「私にも生活がありますからね!お二人を逃したら、どうなることか……」
どんな目に遭わされると言うのか。それにしても「逃したら」って……本部異動は失敗か?
「分かりましたよ。案内してもらって良いですか?」
「えぇ、もちろんです!では、こちらへどうぞ!」
自分のノルマを達成したのか、ウキウキな陽気を周囲に振り撒きながら奥側の会議室へ案内するササキさん。
案内されるがまま会議室へ入ると、上座には俺たちを呼び出した張本人が、ニヤニヤと含みのある笑みで椅子に腰掛けていた。
「重役出勤とは、君たちも偉くなったものだね」
「時間指定は無かったからな」
「そうだ、そうだ!」
彼の含んだ笑みは崩れない。
「確かにね……取り敢えず座りなよ、お二人さん」
促させるまま俺たちは目の前にある下座側の椅子に座る。
「ソラ君は久しぶり」
「あぁ、そうだな」
「アキ君は去年の研修以来かな?」
「そ、そうですね」
張り付いた笑顔は今も昔も変わらない。
「今回二人に来てもらったのは、アキ君のブラッシュアップ研修を兼ねてのことだ」
なら、アキだけで良いのでは?
「であれば、俺は引率係としての役目を全うした訳だから、もう帰って良いんだな?」
「ま、待って下さいよ!オレを人柱にして自分だけ逃れようとしないで下さい!」
隣に座るアキが、全力で俺の服を掴んで離さない。
「で、どうなんだ?」
「ソラ君にもこのまま残ってもらうよ?当然だろう」
目の前の人物はヘラヘラ笑いながら俺を静止する。
「相棒として、ちゃんと一緒に研修受けましょう!ね?ね?」
アキが懇願するように瞳を潤ませる……
「分かったよ。俺も受けるよ」
その発言に、安堵したかのような深い溜息を溢しつつ、強く握られていた服から手を離した。
「これで、お二人さんとも了承したということで。双方同意の上で研修を始めようか」
聞き飽きた減らず口に心底帰りたくなる。こんな奴が――
「協会序列3位であるツミキが、しっかり脳に叩き込んであげましょう!」
「まずは、アキ君!」
「は、はい!」
協会の理事を務め業務執行のトップであるツミキから、アキへ質問が投げ掛けられる。
「物忌とはなんでしょう?」
「えっと、境界との感度が高まりムスビを得た者で、そのムスビを介して境界へ対応する存在の呼称です」
「正解です!」
俺やアキは物忌として席を連ねている。目の前のツミキも同様だ。ムスビを得ても対応する程の総量では無かった者たちが、玉仕として地域の監視役として任に就いている。先程案内してくれたササキさんや先日のダテさんがそれだ。
「では、どうすればムスビビトになれるのでしょうか?」
「……不明です」
「その通り!」
ムスビを得ることは、あくまで結果論に過ぎない――先天的の場合もあれば後天的な場合ももちろんある。どういう過程を経たら得られるのか、どんなアプローチが必要なのか、現在に至ってもムスビビトへのロードマップは解明されていない。
「つまりは、何かしらの理由でムスビを得た人間を、我々は境界への対応手段として用いている訳だね」
「そういうことになりますね」
玉仕には隠されたもう一つの役目がある――それは、ムスビを得た者の監視と協会への勧誘。
境界の監視とは別の部隊を各地へ派遣して、いつどこで発現するか分からない人間の調査監視、友好的な関係を築いて協会への参画を誘引する。仮にもムスビを得た人間だ、境界の感知は当然として、発現した人間の発見も可能なんだとか。ムスビとムスビは共鳴し合う――境界も同様というカラクリ。
「ならさ、アキ君。そもそも"境界"ってなんだろうか?」
「……」
アキはその質問に思考を巡らせている。
「……不明です」
不安そうに口から出た回答に、ツミキは表情を変えない。
「その通りだ、正解だよ!」
「……」
わざとらしく明るく振る舞うツミキに、アキは伏目がちのまま。
「なら、ソラ君なら答えられるかい?相棒として支えてみせてくれ!」
「無茶振りは止めてくれ」
「どうしてだい?自信がないから逃げるのかな?」
ニヤけ面で安易な煽り言葉を発しているが、それは余りにもブーメランになっている。
「ならお前は答えられるのか?」
「……」
「そうだ、答えられない。これが問いに対する答えであり、俺たちが知り得る全てだろ?」
「……言うようになったね、ソラ君。逞しく成長したようで私は嬉しいよ」
何度見ても変わらない、気味の悪い張り付いたような笑顔のままツミキは呟く。
「久しぶりに会った親戚みたいな台詞は止めろ」
「最早、親戚と言っても過言じゃ無いでしょ?ソラ君がまだ幼かった頃は、"彼"と一緒によく世話したものだよ……うんうん、懐かしいねぇ……」
「その話は関係無いだろ……本題に戻れ」
その言葉に「はいはい」と小声で呟いた後、ツミキはアキへ視線を移す。
「アキ君」
「は、はい」
「そんな畏まったり不安気にならなくても大丈夫だ。ソラ君とのやり取りで分かる通り、我々は"境界"に関して理解が余りにも不足している」
アキはツミキの発言に小さく頷く。
「既知の情報も多々あるだろうが、我々が所属している協会が把握している情報をまとめてみようか」
「ありがとうございます!」
「うんうん、これで少しでも見識を深めて欲しいと思う」
認めていようと認めていまいとツミキは上司であり、彼の指揮下に置かれている俺たちからしたら、本来は敬うべき存在である。それを否定するつもりはないが、俺は目の前にいるこの男に敬意を表することはしない。
アキはそうではない――上司から色々と質問を投げ掛けられると、どうしても萎縮してしまうのだろう。何か詰められている気分になるのは分かる。
「境界とは、"神さびるもの"として協会では扱っている」
――神さびるもの。それは、埒外の理。
次話は4/2 6:00投稿予定です。




