それをしるもの 1
物忌――ムスビを用いて境界に対応が可能なムスビビトの一部の存在。個々人のムスビ総量や練度の上下はあれど、人類唯一の対抗手段として機能している。その特性故もあり、表舞台からは秘匿され公表はされない。
そんな物忌として活動している俺とアキは、民家の庭先に顕現した境界対応から数日経った現在、相も変わらずな生活を送っている。
「アキ、そっちはどうだ?」
「うーん、そうですね……ちょっと怪しいかもです!」
物忌の地域巡回は定常業務の一つ――玉仕だけでは監視が届かない場所は数多く存在する。そういった場所を中心に、物忌である俺たちも足を使う必要がある。
「……周囲とは異なる気配と言いますか、この部分だけ他と位相がズレているような?」
「確かにな」
巡回中に立ち寄った、賃貸物件が建ち並ぶ区画――経験則たが、こういった場所は比較的"怪しいスポット"があったりもする。今回のように、俺たちは周囲を歩きながら確認することも多い。
私有地とも公有地とも判断付かない開けた空き地、地表が見えない程の雑草で覆い尽くされており、過去に不法投棄されたであろう年季のある家電製品やポイ捨てされている空き缶などが散乱していた。そこでアキが"怪しいスポット"を発見したという流れ。
「これは……当たりだろうな」
「ですよね!」
建物の隙間から夕陽が差し込み寂れた環境も相まって哀愁を漂わせている中、看過できない箇所――野晒しにされた不燃ごみの小さな山から感じる気配。なりたての玉仕では見過ごす可能性もある程に弱々しい気配だが、確かに"それ"はいる。
「これも境界と呼んで良いんでしたっけ……?」
「そうとも言えるが、まだ現世に顕現する前の段階……この場合は"神居"と呼んだ方が正確だな」
神出づる場である"神居"――境界として具現化される前の姿、または顕現する場所を指す。先日の顕現時も何かしらの原因により、あの場が神居と化したのだろう……もしかしたら原因なんて無いのかもしれないが。
「そうでした!」
「名前なんて結局のところ何でも良いのさ。対応を間違えたり、このまま放置する方がよっぽど不味い」
まだ気配が散漫としている状態――これならば、玉仕でも対応は可能だろう。
「よし、やろうか」
「いつでもOKです!」
俺たちは足並みを揃える。
やることは至極簡単だ――気配をより散り散りにさせれば良いだけ。捨てられているごみを片付けて、場を整えれば、それで終わる。
「一つずつ崩していくぞ」
「了解しました!」
山になっているごみを持ち上げて空き地から出していく。
「……ふぅ、こんなものか?」
「ハァ、ハァ……そうですね」
作業を開始して約2時間、ごみの山を片付けていたまでは良かったが、それ以外の周囲に映る散乱具合がだんだんと際立ち始め……気付けば空き地全体を清掃することになった。
「いやー、雑草類はどうしようもないとは言え、それ以外はあらかた取り除けたので、これはこれで壮観ですね」
壮観と呼ぶ程かと考えたが、まともに管理していないであろう場所を綺麗にするのは、こちらの心も洗われるようで気分が良い。その気持ち良さが視界にも反映されたのだろう……そうであれば共感する他ない。
先程まであった神居は霧散され、土地特有の空気が自然に空間を漂っている。ムスビが反応することも無い。
「あぁ、確かにな」
普段からこういった対応をする機会が多い為、フォーマルな格好はあまり好まない。二人とも"上"から支給されている特別性の作業服を普段から着用している。俺は作務衣と作業服の中間のような紺系の上下のセットアップ、アキは王道の黒系のつなぎ型作業服を愛用している。
「それで……空き地から出したお宝はどうしますか?」
「お宝って……もちろん回収業者を呼ぶだけさ」
確かに、数々の家電製品や産業廃棄物……やりようによってはいくらか値は付くだろうが、金に飢えて痩せ細くは流石になりたくない、思想も心も。それに散らかしたまま帰るのは物忌じゃなくても、一人の人間としてモラルに反する。
「まぁ、そうですよね。なら、電話しますね」
「あぁ、頼んだ」
アキが電話しているのは一般的な業者ではない。"我々の業界"と特別な契約を交わしている専用業者である。専用ダイヤルから窓口を通して、案件内容に添った作業員と取集車を手配してくれる。
「その間に、俺は……」
突発的な対応時、もう一つ大切な項目がある。
それは、"上"への報告だ――玉仕経由の対応であれば、立ち会った玉仕が口頭や報告者などで連絡を入れてくれるのだが、今回のようなケースではそれは望めない。その場合は、物忌が報告しなければならない。
報連相や提出物作成などの事務的作業を蔑ろにする人間は以外と多いのだが、その手間が自分を守ることに繋がる。具体的に言えば、契約や権利関係のトラブル、地主や自治体との調整だ。そんなあれこれを捌くことを思えば、報告ぐらい安いものだろう。現に俺たちは、誰の持ち物か分かっていない状態で場を整えた……ここが私有地で持ち主から訴えられた場合、不法侵入、器物損壊、占有離脱物横領などの罪に問われる可能性がある訳だ。こういったトラブルを防ぐのも"上"の仕事。
「ソラさん、終わりました?」
「……あぁ、そっちも依頼は済んだようだな」
「うっす!じゃあ、帰りましょうか」
「……」
「ソラさん……?」
「アキ……」
俺の陰鬱とした表情に気付いたのか、アキは立ち止まって不思議そうにこちらを様子を伺っている。
「明日、"協会本部"に来いってさ……」
「うへぇ……」
俺の言葉にアキも心底嫌そうな声を挙げる。
「理由は聞いてますか?」
「さぁな……『待ってるから二人とも絶対来てね』だそうだ」
「わざわざ二人ともって相当ですね……呼び出されるようなこと何かしましたっけ?」
「心当たりはないな……」
二人揃って深く溜息を吐く。
「明日に向けてお腹痛くなる練習しておきますね」
「来なかったら半年間分の報酬全カットらしいぞ……」
「ゔっ……オレたちはコンビなので、どちらか片方だけで……」
「どちらかが欠けた場合、連帯責任で二人とも報酬カットだとさ……」
「上からの締め付けが厳し過ぎますよ……」
「労基に駆け込めないのが、この業界のデメリットだな」
"上"からの呼び出し――今までロクでもないことばかり。寧ろ、半年ぐらい無給の方が優しいのではないのか?
本件の報告までは良かったが、電話口の相手が急にアイツに代わったことで事が急変した……アイツの声はいつだって優しげで希望に満ちた明るさを届けてくれるが、それに騙されてはいけない。声の良さについつい聞き逃してしまうが、内容を文字起こししたら真逆な印象を持つことも多い。
「取り敢えず、帰るか……」
「そうですね……」
せっかく整えた場の空気は、俺たちを避けるように大気中へと流れていくのであった。
次話は4/1 6:00に投稿予定です。




