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カムサビ  作者: わゆ
【序章】
2/8

それにさわるもの 2

 境界(きょうかい)――事物の領域を分ける境目を指すことが多く、不動産業界では隣地境界や道路境界としても用いられることが一般的だが、俺たちの業界では全く別の意味を持つ。

 

 昨日と今日、今日と明日、朝と夜、午前と午後、現と夢、真と嘘、平常と超常、人と人――人類が歴史の積み重ねにより定めていった、多様な境目を軽々しく凌駕する存在であり概念。自然に溶け込まれているのが不思議なぐらい異質であり、我々の認識している世界観を容易く破壊している"それ"は、世の理から隔絶された現象でもある。


「あっ、いたいた……!お待ちしてました!」

 俺たちが敷地前にいるのを見かけたのか、こちらに早足で近付いてくる男性の姿があった。

 

「はぁはぁ……意外とお早い到着で」

「今日は時間帯に恵まれましたね」

 

「そうですか、それは何より……はぁ」

「なんでそんなに疲れているんですか?」

 

「いやぁ……到着がもう少し掛かるかと思い、周辺を色々と巡回していまして……」

 額に汗を溜めた男はハンカチでそれを拭う。

 

「それはそれは……仕事熱心で有難いです!お疲れ様です!ね、ソラさん?」

 アキはその男と軽やかに会話しながら、俺へと視線を移す。

 

「あぁ、そうだな。それで、あなたが……?」

 その言葉に俺も男へと視線を向けると、彼は改まったように居住まいを正した。

 

「申し遅れました。私はこの地域を担当している、玉仕(たまぐし)のダテと言います」

 玉仕(たまぐし)――俺たちが所属している組織の非戦闘員。彼らの役目は担当地域の監視と、各機関との調整などで、主に後方支援を任されている。

 

「ご丁寧にどうも。俺はソラで、そっちにいるのが相棒のアキです」

「どうもです!」

 

「お二人はこの地域を担当して長いんですか?私は最近配属になったばかりで……なかなか土地勘に乏しく、お恥ずかしい」

「だから周辺の巡回もしていたんですね!」

 

「その通りです」

 気恥ずかしさを露わにしたダテさんに、アキは優しく接している。玉仕(たまぐし)との連携は必須であり、同地域を担当しているのであれば尚更だ。そのことをアキもしっかりと理解している。

 

「では、そろそろ……よろしいですか?」

 俺たちとの会話が良いアイスブレイクとなったのか、ダテさんは当初より硬さが抜けたようで、冷静に本題へと移していく。

 

「えぇ、問題ありません。アキは?」

「もちろんOKです!」

 ダテさんに先導してもらう形で、三人は敷地を跨ぐ。


「既にお分かりかと思いますが、あちらです」

 エントランスに入ってすぐ、正面玄関から見て左側――花壇がいくつか置かれているスペースに、"それ"は静かに、堂々と鎮座していた。

 

「あれか……」

「おぉ!」

 

 人間に限らず生物に搭載されている5つの基本感覚。その全てが一斉に体内で反応している――それとは別に、俺たちにだけ与えられた"力"も、境界に近付く程に感度を高めていく。今にも暴れ出したくなる体の反応を、どうにか抑えようと意識を張り巡らせながら、目の前の境界を見つめる。

 

「け、顕現してから約1時間……拡大スピードは異常です!」

 ダテさんは説明を続けようとするが、言葉は震え額から冷や汗が垂れている。それだけ場の雰囲気に呑まれているのだろう……ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。

 

「現状でも十分に危険ですが、お二人ならまだ対応は可能かと思います。しかし、これ以上放置すると……いつ弾けてしまうか分かりません」

「でしょうね」

 たったの1時間でここまで……やはり油断は禁物だ、何事も。

 

「えぇ……正直なところ、先程から拒否反応が全身を巡って止まりません。いやはや、お恥ずかしい……」

「仕方ないですよ!玉仕(たまぐし)では境界から漏れ出している圧に、長時間耐えられる程の防衛力は持ち合わせていませんから……!」

 苦しそうなダテさんへアキがフォローを入れているが、全員が境界から視線を外すことはしない。

 

「お二人には、どう見えていますか?」

「いつもの如く球形です。直径はだいだい60〜80cmぐらいでしょうか。トレーニングなどで多用されるバランスボールを思い浮かべてもらえるとイメージし易いかと。アキにはどう見える?」

 

「そうですね……他で言えば、全体的に黒を基調としながらも、白、青、紫、赤など複数の色がドロっと混ざり合っているようにも見えます」

「あぁ、俺も同意見だ」

 

 目の前に広がる異界――境界は様々なパターンで顕現するが、球体状が圧倒的に多いことが統計上分かっている。初期段階での規模も拡大スピードも様々であり規則性はない。

 

「そうなんですね……私には太陽の衛生写真のような、球体のような存在がドロドロと周囲の空間へと溶け合っているようでもあり、座標に縫い付けられているようでもあり……抽象的な範囲でしか見えておらず、お恥ずかしい……」

 これも仕方無いこと。玉仕(たまぐし)は監視と情報提供の後方支援を役目とした非戦闘員なのだから。


 境界との感度が一定以上高くなった人間は、"ムスビ"を得る。それを業界内では"ムスビビト"と呼び、俺たちだけに与えられた、摩訶不思議な力である"ムスビ"を行使することが可能となる。

 

 俺たちの組織では、ムスビビトの一部が玉仕(たまぐし)となる。任命後、全国へ派遣され担当地域を監視する。ムスビを得ても玉仕(たまぐし)では総量は多くはなく、境界と対峙する程には至れない。あくまで気配に気付いたり、目視出来る程度――だからこそ、俺やアキのような存在がいる。

 

「これ以上はダテさんには辛いと思うので、範囲外へ移動を」

「後はソラさんと二人で対応するので、任せて下さい!」

 

「助かります!では……お願いします」

 足取り重くフラフラと敷地外へと移動するダテさんを一瞥しつつ、境界への警戒と注視は欠かさない。

 

「さて、やるか」

「そうですね!」

 俺たちは改めて足並みを揃える――後はやれることをやるだけ。

 

「まずは境界を中心に四方を囲むぞ」

「了解です!木材持ってきます」

 

 それぞれの役目を全うする為に動き出す――アキは車から持ってきた木材を、境界が中心になるよう正方形型に立てていく。俺はバッグから取り出した紙垂の付いたしめ縄を、南の方角から反時計回りの順で囲うようにその木材に取り付ける。

 

「よし、これで場に成った」

 境界への対応は"場"が何より重要だ――場を整えることによって、祓戸(はらえど)という神聖な空間が完成する。

 

 道具は場を作る為に必要なだけで、特別性は特注品は不要。木材の長さもしめ縄の太さも紙垂の切り方も関係ない――境界を中心とした木材に囲われた空間は、既に"祓戸(はらえど)"として機能している。

 

「ソラさん、準備出来ました!」

「あぁ、分かった。今回はなかなかに危険だ……こちらも相応に対応しよう」

 

 二人は祓戸の前で姿勢を正し、左足、右足の順に崩して膝を付く。そのまま腰を降ろし、足の甲を重ね合わせてゆっくりと瞼を閉じる。

 ――御霊還(みたまかえ)しを行う。

 

 俺はムスビを介して体と心を分離させる。

 全身の力を解して空っぽにさせる――体の隅から隅まで空虚の渦で満たすように。

 心を物理的束縛から解き放つ――ムスビに乗せて祓戸へと入り込み、境界と混ざり合い渦巻くように同化させていく。

 

「……」

 境界は人智の枠外にある異物。


 罪も罰もない――ただ、そこに顕現し鎮座するのみ。それに現生生物がどんな影響を受けようと無関係。

 

 (けがれ)(わざわい)もない――超常的で超自然的だが世界に受容されている来訪物。

 

 祓えるものでも清めるものでもない――俺たちは場を整えて、ただ静かに祷るだけ。


 ここではない"どこか"へお還りいただけることを。

 

詞奏術(しそうじゅつ)・神髄」

 ――対"境界"用の奏上を始める。

 

 空空(からから)渦巻(うずま)き、(かみ)さびる

 心魂(こんこん)禍巻(まがま)き、天津(あめつ)相応(ふさ)ふれば

 ()こし()せと、(かしこ)(かしこ)み、も(まを)


 祓戸となった場の中心で、座標に縫い付けられているように堂々と鎮座していた境界は、少しずつ、少しずつ、ゆっくりと規模を縮小させていく。境界と同化した中で奏上された(ことば)もまた、溶け合い混ざり合って空虚となる。

 

「……ん」

 世界も自然も命も空虚へ解けていく。

 

「……さん」

 境界の外殻はもうない。

 

「……ソラさん!」

 意識の扉を叩かれる。それは悪意も害意もない、誰かの身を案じた温厚な心。

 

 ゆっくりと瞼を開く――視界が少しずつ鮮明になっていく。目の前には、もう"それ"の姿は無い。


「……終わったか」

「えぇ、今回も無事に!御霊還し完了です!!」

 俺の少し後ろで控えていたアキが笑顔で答える。

 

「そうか、いつも"起こして"くれて助かるよ」

「とんでもないです!これが相棒であるオレの仕事ですから!」

 

 二人にはそれぞれの役割がある――俺は境界との直接的な対応、アキは間接的な干渉。ムスビの総量、経験値などで分担しているだけだが、アキには後方からムスビの支援と、今回のように大規模な詞奏術(しそうじゅつ)の運用時は、俺の心と体を繋ぎ止める役目を任せている。

 

「アキがいないと……俺はあのまま弾けて消えてしまうからさ」

「いつも言っているシャボン玉ってやつですか?」

「そうだ」

「確かに境界には独特の魅力があるのは分かりますが……」

 

 シャボン玉が水分の蒸発や外部からの衝撃により弾けてしまうように、詞奏術(しそうじゅつ)の奏上後、境界は弾けて消える。

 

 ただそれも問題がない訳ではない――俺は少し特殊であり、上位の術であればある程、ムスビを消費すればする程、境界との同化が進んでしまい……いずれは完全に同調してしまう。


 神髄奏上時は特にだが、境界が消えると同化中の俺も一緒に弾けて消えてしまう。威力や効果は保証されているが、それによるデメリットも相当にある。俺が完全に同調してしまう前に食い止めてくれるのが、アキの一番の仕事だ……本当に感謝している。


「……終わりましたか?」

 境界の気配が消えたのを察知したのか、ダテさんがのそりのそりとこちらへ近付いてくる。

 

「えぇ、恙無く」

「万事OKです!」

 二人の言葉を聞いて一気に表情が明るくなる。

 

「あぁ、良かったです!お二人ともありがとうございます!」

「今回は拡大スピードが早めでしたからね、無事に終わって何よりです」

 

「そうですね……ただ、お二人が敬意を持って対応されていたのが範囲外にいても分かったので、本当に良かった……」

「当たり前じゃないですか!」

 

 アキは笑いながらダテさんの肩を叩く――彼の発言になんの違和感も抱かずに。

 

「では、改めて……今回の任務は無事に完了と、"上"には報告しておきますね!……うぅ〜ん!」

 ダテさんはそう言いながら、心底安心したのか肩の力が抜けたようで、少しだけダランと体を動かしている。

 

「この地域がお二人のような方で本当に安心しました。今後も宜しくお願いいたします!」

 彼はそう言うと、俺たちはいつものように笑顔で返す。

 

「こちらこそです!またお願いします!」

「また境界が顕現したら――」


 "物忌(ものいみ)"の俺たちへご連絡下さい。

次話は3/31 6:00に投稿予定です。

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