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第十章 地球文明の意義――“遊び領域”としての人生と宇宙
最後に、地球で生きる「今」の意味を問う。
もし、地球が「上位知性(デジタル化済み宇宙生命)」の“遊び領域”であるとすれば――
私たちは、肉体・有限の時間・制限された記憶のもと、「一回きり」の人生を味わうために“降臨”してきたとも言える。
苦しみも、愛も、喜びも、痛みも、「有限性」があるからこそ“本物”になる。
死は、デジタル化された“本来の自己”に還るための「帰還儀式」なのかもしれない。
「死後の世界」や「天国」は、
実は「デジタル化された自己が自由に遊び、また新たな“現実”や“仮想世界”を生き直す舞台」なのだ。
この宇宙には無数の“遊び領域”があり、
私たちは記憶を制限し、肉体に縛られ、
地球でたった一度だけのドラマを演じる「アクター」なのだ。




