6話
民宿“妖精のささやき亭”――それが、アガロに連れられて新太が足を踏み入れた宿の名前だった。
入ってきた門から続く大通りを1本裏に入ったところにある2階建ての小さな宿で、1階は酒場兼、宿泊客の食堂。
そして2階が、新太にとって異世界で初めての個室、というプライベート空間だった。
今日の食事はアガロが奢ってくれたこともあり、この宿の夕食は頂いていないものの、食堂の奥にあるキッチンからは、香辛料の利いた良い香りが新太の鼻をくすぐっていた。
どうやら、夕食に関しては朝方、出る前にはお願いしておかねばならないらしい。
……もっとも新太は、明日の食事はすでに願い出ていたが。
「っはー……、やっと落ち着ける……」
部屋に備え付けられていたベッドに腰掛ければ、ギッと軋む音が響く。
マットレスも何も無い、簡素な布団ではあるものの、疲れた新太の身体を受け止めるには十分過ぎる寝具達だった。
「今日の稼ぎは、12銅か。アガロが言うには、確か――」
石材をひとつ運ぶと3銅……ただし、これは3日間だけの特別ボーナスのようなものらしく、3日目以降はひとつ1銅になるらしい。
なんでも、ちゃんと通行税を払ってもらうための街の施策のひとつだとか。
そのうえで毎日の出費としては、この宿で1泊するのも3銅、飯を頼めば更に2銅の合計5銅。
それと門番のタルギさんに立て替えてもらった通行税兼10日滞在権が10銅と、宿2泊分の6銅……。
「つまり、2日目の時点で飯に2銅と、3日目の宿代と飯で5銅の7銅は絶対必須だから、残りは5銅……」
ちょうど4日目まではギリギリ耐えられる分のお金にはなった、ということだ。
なら、明日しっかり稼ぐことができれば、タルギへの返済はなんとかなるだろう。
新太はそのことにほっと胸をなで下ろすと同時に、タルギとアガロの両名に心の中で深く頭を下げる。
あの2人に出会わなければ、新太の異世界生活は初日にして終了していた可能性が高いからだ。
「ほんと、入門書よりもあの2人に会えたってことの方が、チートを貰ったって感じだな」
そう悪態を吐きつつ新太は入門書を取り出し、本を開く。
すると入門書には、1ページ目が新太の知らないページへと変化していた。
「目、次……? こんなページ無かったよな?」
そのことに違和感を覚えつつも、次のページを開けばそこもまた知らないページ。
ページ左上にブルーミングと書かれていることから、どうもブルーミングの街の地図が描き起こされているらしい。
……ただ、まだ地図は大半が真っ白なままではあったが。
「これ、もしかして……俺が見た部分が地図になってるのか? 門、石の置き場、アガロと行った食堂、それとここの宿……」
空白部分は多いが、思い出しながらなぞれば、確かに新太が歩いた道ばかり。
不思議な興奮に押されるままページをめくれば、次々に知らないページが出てくる。
金と税金、身分証のこと、ブルーミングの料理、出会った人の名前と似顔絵……。
どれもこれも、新太がこの街で見たり、聞いたり、体験したりしたものの情報が、この本の中に増えていた。
「おいおいおいおい、これ、マジかよ……!?」
まだ詳しい情報こそ載っていないものの、新太がこの世界で何かをする際の“最初の一歩”に関しての情報は十分に記載されている。
これにより入門書は、新太にとって……本当の意味での、チート能力となったのだった。
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