寂しい……
美味しい夜ご飯を、タクシーのおじさんを含めて楽しんだ。
ホテルに着いて、お別れが淋しかった。
「今度は、新婚旅行においで。もっと、ロマンチックなところを案内するよ。」
俺たちは、笑顔を返すので精一杯だった。
嶋関は、大量のお土産をホテルに運ぶので精一杯。
おじさんを見送って、俺は比名琴の手を握る。
「また、来たいね。」
「……うん。」
ホテルに入ると、女性のスタッフが比名琴に声をかけた。
「本日、花火のイベントがあります。浴衣の無料サービスを利用されませんか?」
比名琴の目が輝いている。
「俺、浴衣姿……見たい。」
「じゃ……着ます!」
嶋関は、俺たちに部屋の鍵をそれぞれ渡してくれた。
着替えに移動する比名琴を目で追う俺の耳に……
「また明日、9時に迎えに来ますから。」
不思議そうな俺に、嶋関がニッコリ。
「……え?嶋関さん、このホテルじゃないの?」
「はい。俺は、ビジネスホテル♪お土産は、フロントで配達の依頼をしただけです。何かあったら、電話してください。すぐに飛んできますから。」と、ホテルから出て行った。
……。部屋は、別々……けど、夜のイベント花火は……二人きり。しかも、浴衣姿の比名琴?!
俺は部屋に入り、先に届いた荷物を開けた。
【コロッ】
鞄の横にあった紙袋が転がり、手に取った。
……?こんなのあったかな??
中は、箱……?!?!これは!!
顔が赤くなり、意識が熱でフラフラ……保健体育で一度だけ見たことのあるモノ。
編集長?!!
待て、落ち着け……部屋は別だし、明日は9時に嶋関さんが迎えに来る。朝食は、7時30分から……
何、時間の計算をしてるんだ?
【携帯の着信音】
「ぎゃっ!!」
心臓が、今までに経験したことがないぐらいに跳ねている。
はぁ~~はぁ~~
「幾久?」
比名琴の声に、体が反応する。
あぶねぇ~~、こんなの比名琴にバレたら……。
「ね、聴いてる?」
「はい?!……ごめん、ちょっと……荷物が落ちて、聞いてなかった。へへ……何?」
「うん。あのね……」
花火の時間には、まだ早いけど……浴衣姿を見て欲しいなんて、可愛いことを耳元で君は囁く。
実際は、携帯なんだけど……
「……じゃぁ……10分後に、屋上で。うん、楽しみにしてる。」
ベッドに座り、気持ちを落ち着かせる。
はぁ~~。編集長、比名琴は『しない』宣言をしているんです。
……けど、前に……比名琴が言った。心の準備……やべぇ!!
屋上。
特別なイベントに、大人たちが飲んでいる。美味しそうな匂いも沢山……。
さっき、食べたばかりなのに……匂いに誘われながら、比名琴を探す。
「……幾久?目の前にいるんだけど??」
俺の斜め前に、俺を見つめる美しい女性。
浴衣で、髪をアップにして薄化粧。少し短い髪が、誘惑するように揺れる。
「……比名琴?いつもより綺麗で……マジ??」
「へへ。綺麗?」
「うん……」
誘われるように、比名琴の元に行く。
「嬉しい……私、自分が嫌いで……ふふっ。こんな自分初めて。自分を見て欲しい……可愛くしたい……幾久が、どう思うかなって……くすっ。女の子みたいだね♪」
俺は、無意識に抱きしめる。
「比名琴……可愛い。綺麗な外見に、心が……内面が可愛くて……俺、おかしくなりそうだ……」
「幾久……私……」
【……ヒュ……ドォン】
「「……花火……」」
俺たちは顔を合わせ、微笑む。
「行こう。もっと近くで見よう!」
「うん!」
手をつなぎ、低いフェンスに二人並んで空を見る。
遠くに海が見え、花火を映す。
「……綺麗。」
そう言って見上げる比名琴が、とても色っぽく見える。
つないだ手が緩く……離れそうだ。
顔が熱くなる……少しの勇気……
俺は、指を比名琴の指に絡め……つないだ。
「……?!」
驚いた反応で、俺を見た比名琴……
けど、君は俺の必死な表情に微笑んだ。
「……いいよ?……幾久……へへっ、恥ずかしい……な?」
何て、可愛い!!
【きゅうぅ~~ん】
恋人つなぎで満足なはずなのに……足りない。貪欲になる。
ほんの少し……ちょっとだけ……いいよね?
俺は、顔を近づける。
比名琴は、目を閉じ気味に……俺の唇を待つ。
屋上の賑わいも、花火の音も聞こえない。
比名琴の唇だけを感じる。
柔らかい……甘い……感情のままに……求めたい。
軽く重ねた後、離れた俺を見つめ続ける比名琴。
もう少し、イケそう?空気の違う環境に心が踊り、調子にのってしまう。
比名琴も、少し……雰囲気が違う?
「……ね、舌……入れてもいい?」
「ばか……」
視線を逸らしたけど、ダメとは言っていない。
雰囲気的には、OK……な、気がする。
「比名琴……」
つないだままの手に、力が入る。
あいた手で、比名琴の腕を押さえた。
「……幾久……」
頬を染めながら、俺を受け入れる視線。
我慢できず、勢いよく吸い付いた。
「んっ……」
腕を押さえていた手は、比名琴の頬に移動し上を向かせた。
つないだ手は、比名琴の指に入り込んだ感覚……。
柔らかい唇が、俺の舌を通す。
【ビクッ】
君の反応は、驚き?拒絶?……それとも、感じた……の?
俺が感じたように……
潤んだ瞳で、苦しそうに……でも、応えるのに必死なの?
壊してしまいそうだ……
「はぁ……はっ……」
息の切れた比名琴が、こんなことをした俺に身を委ねるように、腕の中にいる。
愛しい……
屋外にいる。ざわめきが耳に入り、周りに人がいたのを意識した。
普段なら、比名琴も、俺も……こんな大胆なことはしない。出来ないだろう……。
編集長の罠にかかっている。
尚更、アレはない。ダメだ……流されると、比名琴を失いそうだ。
頭にある醜い自分の欲望を吐き出したら、君を汚す。
今のこの行為も、何処か……間違っている気がする。何故……?
「へへ……恥ずかしい、ね?花火も終わっちゃった……し?」
【ドク……ン】
いつもと姿が違うからじゃない。何か、雰囲気が大人びたように感じる。
比名琴が、これ以上綺麗になると……誰にも見せたくない。
閉じ込めておきたい。俺だけのものに……したい。
「幾久……どうして、悲しそう……うぅん、辛そう?ごめん……私……」
不安の表情。どうして……?
「……比名琴……やっぱり、俺たちの恋愛は……普通じゃないのかな?」
「普通だよ。」
……。
比名琴は、俺の目を見て断言した。
普通?
「……本当に?」
「うん。キスして、周りが見えなくなるぐらい好き。落ち着いたら、もっと普通になるわ。私たちに、別れが遠いのは……別れから始まったから。他の人より、近すぎただけで経験する可能性があった。」
「普通?俺の……この感情も?」
「……うん。多分……幾久……いいよ?」
俺の腕の中、頬を染めることなく……真剣な眼。
これは、夢なの?
「ダメだよ。まだ、駄目。君がそう言ってくれることが、どれほど嬉しいか……伝えないと、傷つくよね?比名琴……今、触れると大事に出来ない。後悔する……求めたい。もっと……深く……寂しい……」
「うん。淋しい……幾久、本当は……聞いてたんでしょ?文一のこと。」
「……だから、かもしれない。俺たちの時間は、これから沢山あるよね?」
「えぇ。……あるわ。」
「……比名琴……結婚してくれる?」
「幾久?それ……プロポーズ?」
「かな?体じゃなく、約束が欲しい。……比名琴との、未来が欲しい。確実な……つながりが欲しい。」
「嬉しい。はい……約束するわ。あなたとの未来を……出来るだけ続く永遠の絆……大好き。愛してるわ……」
「ふふ。先に言われちゃった。愛している……永遠を誓って……」
俺たちは、この南国の地に……また、来よう。
今度は、新婚旅行で……
重ねた唇は、優しく。
そっと、長く……幸せで……君との始まりのキスを思い出す。
これもまた……始まり。
end




