お泊りですか……
撮影の見学も、後回しです。
沖縄に、明日から3日間。
……何か、企んでるのが見えるのに……妄想のほうが激しく、ウキウキする。
屋上から、軽い足取りで階段を下りた。
「……いい加減にして!私達は、まだそんなことしないんだから!!」
お昼の休みに入ったのか、人通りのある中……比名琴の声が廊下に響いた。
会話の相手は、文一ちゃん……内容は……
階段を下りた俺と、2人の視線が合う。
……沈黙……
「何、叫んでるの?あぁ~~、腹減った♪比名琴?中庭で、お弁当食べよう。」
何も聴いてません……と、笑顔で話を変えてみた。
「……うん、約束のお弁当だね?持ってくるから、待ってて!」
恋人の作るお弁当を、依頼していた。
楽しみだったのに……今、俺の心は穏やかではない。
『しない』宣言……
朝からのぎこちなさに、何かが加わって空気が重い。
中庭のベンチに、俺の制服の上着を乗せ座る。
比名琴は、じっと見て立ったまま。
……?
「冷たいだろ?この上に座っていいよ」
ポンポンと、隣に座るように促した。
比名琴は、何故か空気が和らいで俺の隣に座って微笑む。
嬉しくなる。
「ね、比名琴?何で笑うの?」
「ん?ふふ……幾久は幾久だと思って!」
照れた表情で、俺に包みを渡した。
比名琴の手作りのお弁当だ。
俺が一人暮らしで、お昼は常に学食かパンだと話したら……いつも作るから、ついでにしてくれると約束した。
約束……比名琴との恋人らしい約束。
「へへ……」
嬉しくて、顔が緩む。
ゆっくり、お弁当を広げる。中は、比名琴と同じ……いや、量が多いし……品数も多い。
ついで……か。ふふ……
まずは、卵焼き♪一口でほおばる。
比名琴が、心配そうに見ている。可愛い……モグモグ……
「甘い、砂糖味だ。美味しい!!」
俺の表情は、自分では分からないが……比名琴が笑顔で反応した。
「比名琴……比名琴……言葉が見つからない。嬉しい、胸がいっぱいで幸せだ。好き……大好きだ。……愛してる……」
溢れる気持ちは、拙い言葉を多くしただけ。
比名琴は、幸せそうに微笑む。
「……私も幸せ。嬉しい……好き……大好き……へへっ。」
照れ隠しに、君はお弁当に目を向けおかずの話を始める。
……うん、まだいい。このままで十分幸せだ。これ以上望むなんて、贅沢すぎる。
時間は、いっぱいある。
俺達の始まりは、別れだった。何かがあっても、対応できる気がする。
普通の恋愛じゃない始まりだから……
「ご馳走様でした。」
「お粗末様です♪」
俺は、そっと……比名琴の肩に頭をのせた。
中庭に、人影があるけど拒絶が無い。
「ふふ……甘えてるの?」
「……うん。心地いい……比名琴の香りがする。髪かな?……甘い匂いがする。美味しそう……」
【ビクッ】
……。
過剰な反応が、確かにあった。
お互いに、何かを感じたが……あえて、触れなかった。
沈黙……
こんなので、明日からの旅行は大丈夫なんだろうか?
今、その話題は避けよう。放課後、帰り道で……遠まわしに流れを持っていこう。
……。比名琴は、今……何を考えてるのかな?
本当は知りたいんだけど……訊く勇気が無い。
文字の世界は、楽でいい。綴れば簡単に物事が進む、都合のいいように。
これは現実。相手の心は分からない。もどかしい……
飛行機は、初体験だった。
飛び立つ前の宙に浮く感じが、何とも言えない。
隣に、小さな窓。そして、席の隣は……
「嶋関さん、どうして俺と比名琴の間なの?編集長は、どこにいるの?」
イライラが募る。
高いところが苦手と、通路側に比名琴。可愛く目を、ぎゅっと瞑って……震えてる。
あぁ、手を握って抱きしめてあげたい。な・の・に!!“使えない”!
俺が睨んでいるのに……質問もしたのに!!聞いていない!
「幾久くん、楽しいね!あ、お菓子食べますか?機内持ち込みの鞄は、すべてお菓子ですよ?」
……だと?!訊いてないから、そんなこと!!
……こいつ、絶対に次作品で使ってやる。いや、もう路線変更でサスペンスかホラーで消すか?
「くくく……」
俺の笑みに、最高のとぼけた微笑を返す。
俺は、メモを広げ気持ちを綴る。比名琴に気持ちを伝えるのは、声だけじゃない。
俺の本領発揮は文章だ。溢れる気持ちが綴られ続け、止め処なく流れる。
ウザイ嶋関を押し退け、比名琴に渡した。
涙目で青ざめた表情……。
メモに目を落とし、一通り読んだ後……俺に微笑んだ。
【きゅぅ~~ん】
胸が苦しい。目が回りそうだ。
あぁ、今すぐ抱きしめたい!!
比名琴は落ち着いたのか、嶋関を含んで会話が弾んだ。
俺にとっては、邪魔以外の何者でもないが……。
これも編集長の罠だろうか?そんな気がする……。
大人って汚い。信用も出来ない。
この嶋関は、何を考え何を思うのだろう?
ふと、疑問に思った。
社会に出て、年下のご機嫌を取る。理不尽じゃないだろうか?
人との係わりが、俺を変化させていく……
飛行機は、沖縄に到着。当然、南国の暖かさに驚いた。
同じ日本なのに、季節が違う。
キョロキョロと周りを観察する俺に声がかかる。
「幾久くん、飛行機はどうだったかね?」
「……編集長、どこにいたんですか?」
「ビジネスクラスだよ。君は、一般をまず経験しようね。小説をリアルにしないといけないから」
……。汚い。嶋関の経費削減かな?
ま、いいか……。比名琴が、とても嬉しそうだ。
今日は金曜日。近くのイベントだと言って、俺たちは学校を休んだ。
公に旅行なんて、世間体がね……と、編集長の計らいで。
もちろんトラたちにも内緒だ。
比名琴は、安心していた。多分『しない』宣言の所為だろう。
トラと文一ちゃんは、付き合って2週間。
振られた文一ちゃんの心は、トラを受け入れた。
「あぁ、嶋関……タクシーに依頼して観光スポットを巡るようにしている。お前も、保護者として同伴しろ。幾久くん、比名琴ちゃん……荷物は俺と一緒に、先にホテルに運ぶけど良いかな?」
編集長の手際の良さに驚きながら、荷物を預けた。
「じゃあ、おじさんはホテルで休むから。楽しんでおいで。」
「「「行ってきます!」」」
編集長は、笑っていた……
タクシーに乗って、観光スポットを巡る。
「夜の食事まで、お世話することになっています。」と、タクシーのおじさんは言った。
有名な水族館の事を、比名琴は尋ねている。
小さい頃、お父さんが病気で亡くなり……あまり旅行やテーマパークには行ったことがないと。
昨日の帰り道、遠回しに旅行の話をしたら……君はそう答えた。
俺には言葉が無かった。
俺の心に、少しの霧がかかり……楽しむ君の笑顔がそれを晴らしていく。愛しい……。
綺麗な海の色を、二人で座って眺めた。
この時、嶋関は空気を読んだわけじゃない。読んだのは、タクシーのおじさんだ。
食べ物で嶋関を引きとめ、俺たちを綺麗な景色に行かせた。サービス業も大変だ……。
「幾久……。あの別れたときの話をしてもいい?」
「……うん?」
心が痛い。
俺だけの感情じゃなく、君の感情にはあえて触れなかった。怖くて、恐ろしかった。
「あの日から、ホテルで逢う日の間……10日ぐらいね。嶋関さんが、毎日来てくれたの。」
あの、嶋関が?
俺は、色々な驚きで言葉が出なかった。
「本当のことは、私もホテルで逢う日に聞いたの。嶋関さん言ってた……大丈夫だよ、幾久くんを信じて欲しいって。」
比名琴は、俺に微笑む。
「別れを迫った会社の人が、私たちの心配をする。ふふっ。本当のことを聞いて、怒りよりも嬉しさの方が大きかった。嶋関さんのおかげね。それと、もう一つ。文一と同じように、弱っているときに優しくされたら……私の心も変わったかもしれない。けど、それが無いのも……嶋関さんだから、かな?……優しくしてあげてね」
嶋関に感謝しつつ、嫉妬した。
「……嶋関って、不思議だよね。俺の担当以外は、勤まらない気がするよ」と、照れ隠しに偉そうに言ってみた。
君は、嬉しそうに微笑む。
静かな波の音……見つめ合う二人が、同じことを望む。
分かる……比名琴の眼が、言ってる。
俺は、顔をゆっくり近づける。
手を重ね、目を閉じ気味に……唇に触れ重なる。
「幾久く~ん」
比名琴が俺から離れ、顔を背けた。
【ガァ~~ン】
嶋関……やっぱり、使えない!!
「うるさい!!今、行くから待ってろ!!」
俺が待てと叫んでいるのに、近くまで息を切らしながらやって来て。
「え?何ですか、聞こえなくて。さ、次のところへ行きましょう♪楽しみですね!お土産、いっぱい買いますよ!!」と、のんきな顔。
気まずい比名琴も笑った。




