どこまでも深く……
昼からの授業は、緩やかで眠い。
レポートは、分からないことが少し。明日、専門の先生が説明してくれると連絡があった。
俺は、一番後ろの席。比名琴の隣になりたいけど、我慢。
進学校と違い、授業中にコソコソと動きがあって……うん、面白い。
メモが埋まっていく。
もちろん、比名琴も観察する。
長い髪が、動きに合わせて揺れる。音が聞こえそう……
あの髪に、指を通してみたい。
サラサラ……指に絡め、キスするシーンを想像する。
あ……胸がいっぱいになる。言葉に出来ないや。
語彙が足りない?それとも、これが言葉の通り?
……ん?比名琴の斜め後ろの男が、比名琴を見てる?気のせいじゃない。
何かを感じた奴は、俺の方……後ろも見た。
……畜生!!その目、くりぬくぞ?
はぁ……嫉妬か~~。恋愛物語には、味わう必要のある感情。
出来たら、言葉だけで感じたくない。
醜い俺の独占欲が、比名琴に係わる世界を閉ざす?
今回の一時編入も、授業スピードの緩やかな4月。クラスの馴染まない時期。
新しい出会いを、俺が壊した。
俺の存在がなければ、あの男も告白しただろうか?
次の恋にいけた?見たことのない俺に、想いを貫いたかもしれない?
比名琴……恋は、残酷だ。
俺の恋心は普通じゃない。他の人間の感情まで読み取る。
周りを気にせず、普通にイチャイチャ……羨ましい。
想像してみるが、すぐに止めた。
授業中、顔の緩んだ俺をトラがニヤニヤして見ている。
何の連鎖だ?
俺は、トラを睨み付けた。トラは、投げキッス。
……はぁ。授業中にこんな経験をするなんて……ふふっ。とても新鮮だ……
メモの中、文字が増える。
以前と違うのは、観察した他人の様子だけだったのが俺の感情も加わったこと。
色めく世界は美しい。
醜い感情も、人間らしさで俺の色。感情の色に限界は無い。
ただ一つ。また比名琴と別れることがあれば、世界は闇に変わるだろう。
黒い色は、変えることが出来るだろうか。
闇色に染まった世界。考えただけで恐ろしい。
比名琴……
夕方から撮影が入る。その様子を、俺たちは見学する。
名目のため、そこにいるだけだ。監督と挨拶を交わす。
「あの子が、ヒロインだね?ふむ。イメージが違う……か。すまないね、この世界は演技力の問題やお金が動くから……」
大人の世界。
「はい。彼女は、監督のイメージと違いましたか?」
文字の世界の君が、映像の世界ではどう変化するのかな?
「外見は、文字通り。雰囲気が、柔らかいね。君を見る目が……ふふっ。擬似恋愛が、この物語のテーマだから……その時と違って当たり前だろ?」
監督は微笑む。
「はい。」
嬉しくなる。他人から見て、俺たちの恋愛は本物と認められた。
後は、普通になるかどうか。
「監督、普通の恋愛って何ですか?」
大人の、いわゆる感情を撮ってきたプロに訊いてみた。
「ぷっ……くはは!なるほどね。本名は、幾久くんだったね。幾久、普通なんて無い。存在しない。しては、いけない。それが現実だ。だから、物語は尽きない。果てしなく続く。歴史と共に……」
「……監督、今の台詞頂きました。」と、メモを取った。
その様子に、監督は優しく笑っていた。
俺は恵まれている。姉貴……ありがとう。この世界に導いてくれて……
撮影が本格的に動き出したので、見物客は追い出される。
俺は、監督が見て欲しいシーンがあると別の教室で待つことになった。
比名琴も一緒にと言われたので、一時間……二人で待つ。
静かな夕暮れの教室。何故か、会話がない。
「比名琴。今、何を考えてる?」
不安が襲う。
「ん?ふふ……世界が違うと思ってね。監督と、何の話をしたの?」
悲しそう?
普通じゃない世界。比名琴には、迷惑だっただろうか?
「幾久?どうして、悲しそうなの?」
やはり、普通を求めたい。
「比名琴が、悲しそうに見えたから。」
俺の答えに、苦笑いで身を寄せる。
【ドキ……】
抱きしめてもいいのかな?
恐る恐る手を両肩に乗せる。拒絶はない。安心する。
「比名琴……俺、この世界で生きる。君は……」
俺は、次の言葉が出ない。
「幾久……。私、母子家庭なの。病気で亡くなったのに、父を赦せなかった。母の悲しみが、目に見えたから。見えるものを信じて、見えないものを認めなかった。……男の人が信じられなくて、お金さえあれば……安心が得られると、自分を誤魔化していた。男の人は、要らない。悲しみが増えるだけだから……ふふっ。その通りだったけど、幸せだった……」
俺の腕の中、表情が見えない……俺の目に、涙が溢れる。
【ポタ……】
君の髪に滴る。
「ごめん……」
比名琴は、俺の涙より多くの涙を流していた。
「……幾久、ありがとう。」
涙いっぱいで、笑顔を俺に向けた。
何故、ありがとうなの?分からないけど、俺は強く抱きしめた。
「比名琴……比名……」
ただ、言葉が出なくて……名を何度も呼んだ。
静かな時間……
気持ちが落ち着き始め、俺は比名琴の髪を撫でる。
俺の涙で、少し濡れている。
触れたかった髪は、思った以上にサラサラで冷たかった。いい匂いがする。
愛しさに、髪に指を絡め……キスをした。
うわぁ~~。これも、何とも言えない。
言葉で表せない感情が、この世に存在するんだ。
愛しい……一言ではあっけない。あまりに自分が稚拙な気がして……
「……フュ~ウ~」
口笛?
俺たちは、慌てて距離を取った。
比名琴は、うつむいて窓際に移動する。物凄く素早い動きに、思わず感心した。
「いい絵だ。あんたら、自然にこれなの?いいねぇ~~。美味しいよ♪」
「監督……て、時間でしたか?」
時計を見ると、10分前……
「いや~順調で、息抜きに様子を見に来たら……くふふ。」
何だか、損した気分だ。何故?
俺たち二人は、気まずい雰囲気で別の教室に移動する。
監督だけは、鼻歌の上機嫌だった。
畜生!こんな雰囲気、どうしたらいい?困ったな……責任とってくれよ!
そんな心配は、撮影したシーンを見たら簡単に消えてしまった。
比名琴は、とても興味津々で目が輝いている。
可愛い!今までに見たことのない表情だ。
うん、得した気分。監督、ありがとう♪
すっかり日も暮れて、俺たちは監督が送ってくれるという申し出を丁重に断った。
「くふふ……真っ直ぐ帰れよ?送り狼になるなよ~~」
比名琴が、顔を真っ赤に視線を逸らした。
余計な言葉を……この後、気まずいのはゴメンだよ?
玄関で、監督と別れ……夜桜の下を通る。
少ない外灯に、満開の桜が潔く散っていく吹雪。幻想的な景色に包まれる。
まるで、ここは夢だ。比名琴が、いつも以上に色っぽく見える。
やばい……送り狼に変身しそうだ。
襲いたい……勢いよく飛びついて、押し倒して……あの甘い唇に……
俺の考えをお見通しなのか、俺に視線を向けた比名琴の顔が引きつっている。
「へへ?」
誤魔化して、ぎこちなく笑ってみる。
「……ふふっ……」
ぎこちない笑顔が返ってきた。
不思議に思う……いつも、俺の邪な想像を察知するのはどうしてかな?
口に出してはいない。視線は向けていたけど、比名琴は桜を見ていた。
気になる……どうせ、筒抜けなら訊いてみよう。
「比名琴、俺がHな気分のとき……どうして分かるの?」
俺の質問に、真っ赤になって歩調が乱れる。
動揺をしているようです。
あれ?本当は、何かを感じるだけで比名琴に確信は無い?
しまった!墓穴を掘りました!!まずい……何とか、誤魔化さないと!!
「くすっ。ぷぷぷ……あはははははは!!」
比名琴は、「我慢できない」と噴出し、爆笑。
何が、そんなにおかしいのかな?
確かに、墓穴を掘ったけど。怒られるより、ショックなのは何故??
「ん~~。ある漫画で見たよ?女の子が、自分の身に何か危機感を感じる能力があるとか?」
何て、彼氏には迷惑な能力だろう。
それにしても、授業中……君の斜め後ろの男に気がついていなかったよね?
完全ではないらしい。
うん。奴の話は、俺が損した気分になるから黙っていよう。
「で、危機感を感じて……その反応は酷くない?」
何か、イラついてきだした。
「え?え~~、それは……まだ、私の心の準備が……あぁ!!今のなし!!忘れて!」
え……心の……準備?て、つまり……
「マジ?!」
思わず、詰め寄った。
「……何が?何のこと?あぁ!ほら、綺麗な桜吹……雪……んっ……」
唇に吸い付いた。
俺の触れる準備が、君にある。しているんだ……
嬉しさに、理性は消えうせて……想いのまま、唇を味わう。
角度を変え、深く……ついばむように……何度も何度も……
君は、それに応える。
比名琴……
息がが切れ、君の頬は紅葉した葉のように染まり……目が涙で潤む。
「本当は、舌を入れてみたかった……」
本音をぶつけた。
沢山のキスをしたけど、我慢したんだと知って欲しくて……幻滅するかな?
「……ん……また、ね?」
口元を押さえ、微笑んだ。
【きゅぅ~~んん!!】
何、この可愛い生き物は!!保護しないと!俺から護らないと!!危険ですよ!!
畜生……汚すのは、俺か?
けど、触れたい……比名琴に、その準備……
【ブッ……】
妄想が過ぎましたか?情けなくなる。
鼻血に、俺たちは大騒ぎ。
こんな惨めな気持ちも、君と味わうなら……消えない思い出と未来のために、嬉しく思おう。
愛しさと切なさと……惨めで稚拙な……貪欲な俺を……君が受け止めてくれるから……
溢れる言葉を……受け取って……




