それぞれの空間
学校が違うって、面白くない。
担当は相変わらず、使えない嶋関だ。
昨日、打ち合わせに来た。
手土産も無しだ。しかも、執筆中の俺を無視してテレビをつけ笑っていた。
冷蔵庫は、勝手に開けて自分の分だけの夜食を作った。
挙句、未成年の部屋でアルコール。限度も知らず、トイレにこもって……。
俺は、編集長と直接話すようになった。
俺を騙した人。俺に、作品のために比名琴との最後を準備した。
防音ガラスが俺たちを隔て、言葉も接触もない。限られた時間。
赦されない恋。今、思い出しても辛い。
「赦して欲しかったら、二週間でも比名琴と同じ学校に通いたい。」
まさか、本当に叶うなんて……。
俺の学校側は、当然OK。
比名琴の学校側は、今度の映画の舞台にするなら……何て言っていた。
簡単だ……心配しなくても、前作……第三弾はその話が進んでいた。
だから、撮影の進捗状況を監督する名目で一ヶ月可能になった。
比名琴は、知らない。くふふ……。
何故か、身辺の警護にトラがついて来た。
俺の作品に必要だと、編集長が言った。
うん、確かに。俺、人見知りするし……比名琴しか見えないと、比名琴に迷惑をかけても分からないだろう。安心する。
四月。
春の桜が満開で、美しい景色に黒髪がなびいて……
他の野郎共、見てんじゃねぇ!!俺のだ!!
校門に、同じ高校の制服を着た俺を認識できず……君は通り越した。
ショックは後だ!トラが、爆笑してるのを無視して追いかける。
「比名琴!酷いよ、俺を見ないなんて。」
引き留めた手に、驚いた顔。
くふふ……これが見たかったんだ♪
「嘘でしょ?」
比名琴は、進学校の俺たちの成績を心配した。
「あぁ、俺たちに特別なレポートを準備してくれるんだ。先生も、出張で来たりするらしいし?お金が動くって、大人の世界は単純だよね?」
トラは、明るく言うが……はっきり言えば、汚い世界だ。
ま、そのおかげで貴重な体験や大切な時間を楽しめる。
「ね、比名琴……嬉しい?俺のこの胸に、温かな気持ち……」
俺の台詞の途中、比名琴が真っ赤になって口を塞ぐ。
……。
「う……れしい……んだけど、その……恥ずかしい。」
可愛い……襲ってくださいって幻聴が聴こえる。ふふふ……。
「また!何?なな、何を考えたの??今、ゾワッてした。待って、いい!言わなくていい!!」
比名琴の慌てる様子に、愛しさが溢れる。
どうしようか?どうしたらいいかな?
ニヤニヤした俺に、目に入らなかったトラが抱きついてくる。
「ね、俺いるの忘れてない?独り身には、辛いんですけど?ねぇ?」
ウザイけど、周りが見えなかった俺には丁度よかったのかもしれない。
特別な境遇の二人が物珍しいのか、視線を感じる。
不思議だ。うん、共学だからかな?女の子の視線や反応がリアルだ。
ノートを無意識に広げメモを取った。
校長直々に会って、話をした。
クラスは、比名琴と同じ教室。
普通科だが、比べるとレベルやスピードが異なる。復習になる形。
特別の課題レポートは、本来の授業が詳しくまとめられている。
わざわざ、俺たちのために作ったのが見える。
俺たちは、何様なんだろう?
俺のわがままを、誰しもが願う。それが叶うのなら……。
俺は、比名琴に迷惑だったかも……
お昼時間。
外野の視線を感じながら、パンダの気持ちで昼食を取る。
「そうね。今更だけど、迷惑なのは迷惑。嫉妬も、読み取って欲しいわ。……嬉しいけどね?」
最後の小さな声に、気分が高揚して顔が緩む。
トラは、携帯を俺に向け録画撮影。
「トラ、何をしてる?俺は、撮影対象じゃないぞ。しかも、お前は監督でもない。」
真面目な俺に、腹を抱え笑う。
「いや、食事なんか忘れるよ。幾久の、こんな人間らしさ……くくっ。あはははっはは!」
人間らしさ?
俺は、あの学校で何をしてた?
俺の世界、比名琴の表現だと文字の世界かな?
俺の世界に入り込むのは、トラだけだった。先生は、小説のことを知って接触を持ってきた。
それまで、俺の世界は現実ではなかった。
姉貴は、それを知っていたんだ。
だから……相応しい世界に導いたのだと、比名琴が言った。
比名琴は、今の俺の世界。
現実に色を付け、文字を体感させる。
文字は言葉となり、声となり……君に伝わる。
その反応が、俺を一喜一憂させるのだ。
現実は、美しく残酷。
「比名琴?俺、してみたいことがあるんだ。」
俺の笑顔に、可愛く首を傾げ紙パックのミルクティーを吸う。
潤んだ唇が、美味しそう……
「俺、お姫様抱っこをしてみたい。後ね……」
【ブッ!!】
……。
「けほけほけホッ」
むせて、必死の君を観察してメモを取る。
心配をするのが後回しだった。
「大丈夫?コト!」
「けほっ……ごほごほっ。ゴメ、拭いて!!」
机は飲み物だけ。
シュウちゃんが、ウェットティッシュで手際よく拭いた。
落ち着いた比名琴と、一緒だったメンバーの視線が俺に集まる。
……?
不思議そうな顔をした俺に、みんなが一斉にため息。何故だ??
目を輝かせた鷹木 文一ちゃんが、興奮して叫んだ。
「いやぁ~~ん!!私も、言われたぁ~~い!!」
耳を押さえ、理解できずキョトンとしてしまう。
三ツ森 柊規……シュウちゃんは、顔が真っ赤。
トラは、また爆笑。比名琴は、怒っている?
何故?許可を取っただけだ。
……?お姫様抱っこは、しては駄目?許可が要らない?
誰も説明をしないからか、トラが口を開く。
「こほっん。幾久……お姫様抱っこは、普通じゃない。」
そう真面目に言ったかと思ったら、また爆笑。
ムカッ!!
普通じゃない?何故だ?漫画には出てくるぞ?
「あぁ!比名琴、倒れてくれ?」
お願いを間違えたのかと思ったのに……
「幾久……いつ倒れるかは分からないけど、そっとしておいてね?」
問題が違うみたいだ。
理解できない“普通”に苦しむ。
「ぷっ……お姫様抱っこ……くっ……あははははあはは!!」
何でだ?
俺の眉間のシワが治まらないのを、比名琴が押さえる。
「くすっ、可愛い。」
自然に出た比名琴の言葉に、嬉しくて微笑んだ。
他の三人は、顔を真っ赤に立ち上がる。
「普通じゃないわ。」「うん。コトが、壊れた!」「何かのウイルスかもね……」と、俺たちから離れていく。
目線を合わさず、急に何だ?
「……幾久、恋愛の小説以外も読んだ方が良いわよ?」
「読んでるよ?いろんなウンチク……」
比名琴は、口を開け……閉じた。
「……普通か。ちょっと待ってね……」
教室を見渡す。ま、確かにお姫様抱っこは無い。
一緒にお弁当を食べ、膝の上に彼女を乗せ……頬に触れたりイチャイチャ……
え?いいの?俺、こんなことしてもOK?
俺の視線や、考えを読み取った比名琴は、冷たい低い声で言う。
「アレは、しないわよ?」
視線を戻し、比名琴に訴える眼を向けた。
「……ぐっ。……周りが見えなくなるには、まだ……その……」
ふっ。幸せだ……
「比名琴、好きだよ……」




