普通じゃない?
蓬来 幾久
夢のように幸せな物語を書くことで有名な小説家。
本当は、色々な作品をかき集めた物語だった。
恋愛経験の無い彼は、恋愛を疑似体験することに。
彼の小説を否定する現実的な荻原 比名琴を巻き込んで。
恋愛とは何かを情報収集していたのだ。
でも、綺麗な彼女は個性的で……惹かれる自分を隠していた。
現実の世界を知って、色めく感動。
語彙と共に、彼女への感情も増えていった。
お互いの気持ちを隠したまま、試練が訪れる。
始まっていない恋愛関係の遮断。
引き離される最後の時、2人の心が通じ合っていることに気がつく。
遅い始まりの閉ざされた道。
悲しみを乗り越え、作品を仕上げた彼はそれらが仕組まれたものだと知る。
恋愛が始まりを迎えた……
思い出の喫茶店に入り、コーヒーを注文した。
携帯を開いて、メールを送る。『今、着いた』と。
今日は、学校側の集まりとかで早く終わった。
一応、進学校なので比名琴より早く着くのは珍しいことだ。
メモを出し、喫茶店の中を観察する。
夕方の時間。年の差のカップル。
会話は、ほとんど無い。飲み物だけが並び沈黙が続く。
ふむ。不倫か、別れ話のもつれ?
【携帯の着信音】
メールの返事だ。『今、終わったから10分後になるよ?』だった。
『慌てなくていい。事故をしたら、悲しくて死んでしまう。俺の心を、悲しみに染めるの?』
これの返信は無かった。
ムカッ!!
俺の気持ちを無視するのか?いや、走って来てるのかもしれないし♪
ふふ……幸せだな~~。俺の彼女。擬似ではない普通の恋愛がスタートするんだ。
10分後。まだ来ない。メールの返事も無い。
【携帯の着信音】
慌てて、ディスプレイを見る。“使えない”が表示されている。
……。無視。
俺の担当嶋関さんだ。
表示の通り、使えない。融通も利かない。俺の味方でもない。役にも立たない。
空気よめよ!
【カランカラン】
店のドアに付いた鐘の音色が勢いよく鳴り響いた。
比名琴……じゃない。嶋関だ!
「先生ぃ~~。」
嶋関の声や行動に、店中の視線を集め苛立ちが募る。
「あの、迷惑です!人違いですよ?」
大の大人が涙を浮かべ、床に座り込む。
うぜぇ!!
「酷いですようぉ~~。今日は、必ず電話に出てってあれほど……」
【カラン……】
「比名琴!今、会計する。別の店に行こうぜ!」
荷物を持って、足早に立ち去ろうとする俺の足が動かない。
ちっ!!
嶋関が、俺の足にしがみついて離れない。
「離せ!俺が変態みたいじゃないか!ネタにするぞ!……じゃ、ない。比名琴、近寄るな。疫病神だ!」
「酷いですようぅ~~。担当、外されるかもしれないのにぃ~~。」
俺の動きが止まる。
「本当か?……なぁ~~んだ、早く言えよ!比名琴、お祝いしよう♪」
比名琴は、離れた場所で冷たい視線を送る。
何で??
「幾久、あなた……目立つ外見って知ってる?」
嶋関をしょうがなく、俺の隣に座らせ開口一番に比名琴の台詞。
「俺が?それとも、知識?」
俺の不思議そうな首を傾げる素振りに、比名琴はため息。
「て、20分経ってる。どうかしたのか?何かあった?比名琴、俺に言って。ん?」
比名琴は、顔を真っ赤に視線を逸らした。
「何か、幾久……台詞がくさい。」
へ?
視線を合わせ、真剣な眼。
「お願い……気持ちが追いつくまで、言葉を控えて欲しいの。思いついた台詞を言われちゃうと……心臓がもたないわ。」
何て、可愛い台詞なんだ!!
俺は、ノートを広げ日時に台詞や場面を書き込んだ。
「……。」
呆れた顔で、比名琴は一言付け加えた。
「私たち、絶対に普通の恋愛なんて無理ね。」
この言葉は、始まりにすぎなかった。
「嶋関さん、何くつろいでココア飲んでるんですか。キモイ。お別れの挨拶はいりません。俺たちの邪魔です。消えて?」
俺の笑顔に、抱きついてくる。
何を勘違いした?
「優しい!俺と、離れたくないんですね?編集長には、俺から言っておきます。では比名琴さん、ゆっくり愛を育んでくださいね!!」
荷物を手に持って、伝票をスルーしやがった!ココア代……
嶋関が、何も話さなかった時間が嘘のように静かだ。
「……彼、意外と存在感あるわね。」
「あぁ……。ウザイだけかな?」
ふふっと、雰囲気が和む。
「実はね、さっきもらったメール……文一に見られて、つかまってしまったのよ?」と、今日は紅茶にレモンを浮かべたカップを口に運ぶ。
水分に、唇が潤んで……俺を誘っているように見える。
欲情かな、これ?
「……?聴いてる?だから、その……心配してくれるのは嬉しいし……その、優しい言葉が……うあぁ~~。言葉にならないわ!!」
顔を真っ赤に、頬に手を当て照れる姿が愛しい。
「ふふっ。文才があって、困る?」
「困る!普通は、あんなメール送らないらしいわ。」
普通?
「そうなのか?普通は、難しいね。トラは、彼女いないしな。参考にならないか。」
「文一は、別れたから……聞ける雰囲気じゃないのよねぇ~~。」
別れ……2人の間に、哀愁が漂う。
俺たちも、別れを経験した。
辛い思い出は、大人たちの都合で作られたものだった。
それでも、感情は本物で……心の傷は消えない。
いや、補うために今……これからがあるんだ。
「比名琴……好きだよ。」
「……うん。私も……好き。」
静かな、幸せな時間が包む。
店を出て、比名琴が嬉しそうに微笑んでいるのに気づく。
空を見ている?俺も見上げた。
「……あぁ。雪?」
俺は、手を差し伸べ比名琴の手を握る。
「へへっ。」
「ふっ。子供みたいに笑うのね」
微笑む君は、俺に寄り添う。俺の隣を歩く。
季節は、もうすぐ春だ。
ホワイトデーは、週刊誌の取材から逃げ回っていて計画が台無し。
俺の送ったネックレスは……君の首元に光る。俺のだ……。
俺の邪な考えを読み取ったのか、いきなり歩調が狂う。
「……今、何を考えた?え……Hなこと考えたでしょ?何か、ぞわってした!!吐いて!すべて、正直に言って!怒らないから。」
眉間にシワを寄せて、睨んでいる君は怒っていないの??
「言葉は、減らした方がいいんでしょ?」
「……うっ。今回は、いいのよ。絶対……」
ニヤ……
「いいの?後悔するよ?……ふふ」
路地裏に入り込み、壁に押さえつける。
「何?」
「くすっ。覚悟はいい?」
比名琴の目に、涙が浮かんで後悔の見えたのが嬉しくて堪らない。
両手を押さえ、体を密着させて耳元に囁く。
「君に送ったネックレス。まるで、可愛いペットにつけた首輪みたいだ。想像するとゾクゾクする。俺のだって、思っていいか?」
まだ、言葉を言い足りないが……声を我慢して涙が零れているのに気づき少し後悔する。
「うぅ……。心臓が、ありえない音してる。」
ポロポロ落ちる涙を、舐め取ってみた。
うん……涙の味。愛しい……
「ね、その音……聴いてみたいな?この胸に耳を当てたら……聞こえるかな?」
「ばかぁ~~。変態!……もう、赦して~~。」
気丈な君が泣く。女の子だね。
「触れても、いいですか?」
「まだ……ダメ。」
そんなことを言いながら、君の目が閉じ気味になって……俺を誘う。
潤んだ唇が、俺に囁く。
『触れていいよ……』
俺の欲望の声だ。
そっと重なる唇。
間を隔てるガラスは無い。
今の幸せを確信するように、強く押し当てる。
俺を受け入れるように、沈む唇は甘く……危うく吸いつきたくなる。
我慢して優しく……限界を超えると、君を汚すのかな?
「これ、セカンドキス?」
「だね?」
俺たちの触れる、心の通うキス。
甘く、幸せな……
雪の降る中。寒さも音も感じない。
2人の世界に、時間が止まったように感じる。
あれほど願った……時が止まること。こんな一瞬が生み出すなんて。
俺は比名琴を抱きしめる。
俺の背中に回される比名琴の腕は細くも、母性を感じた。




