夢と現実と……
2月14日。イベント“バレンタイン”。
俺は、君に手作りチョコレートを依頼した。
友達と作る様子。正直な気持ちを、レポートして欲しいと。
君の反応は、微妙な空気だった。
何を考えた?面倒臭い?俺以外の誰かに、想いを持ち始めたの?
不安が押し寄せる。
これは、疑似体験。俺たちの間には、気持ちがない。
じゃあ、俺たちの関係は?雇用関係?友達?
手作りのチョコレート。レポートは、やはり違和感。
けど、俺は比名琴に何も言えなかった。言うのが怖かった。
何故かは分からない。いや、振りをした。気づかない振り。
そんなはずは無い。これは、現実なんだ。
チョコレートは、甘く口に広がった。
初めての手作りチョコレート。包み紙も選んだのだと書いてある。
愛しい……胸がいっぱいだ。
君は同じかな?
「比名琴……」
その日は、風の強い日だった。
比名琴のスカートがめくれて、パンツが見えた。
ばっちり、しっかり見ました!!
比名琴の視線が宙を見つめ、フルフルと体が震える。
今はスカートの裾が、少し跳ねているだけ。
パタパタと両手で払う。
ここで、可愛い女の子は顔を赤らめてどうする?逃げる?叫ぶ?俺に、平手打ち?
最後の候補が強力かな?
比名琴は、俺を睨みつけ「大丈夫……記憶飛ぶだけ……一瞬よ?さ、楽にしてあげるわ。」と、意地悪い顔。
手には、凶器の鞄を振りかざす。
「待て待て待て!!見てない!見てないから!!」
必死の俺に、微笑む。
俺も微笑む。
「どうだった?」
「うん、イチゴはいい。男のロマンだ。けど出来れば白も……。」
ニッコリ。その笑顔は、今まで見た中で一番♪
君の手加減した攻撃は、たんこぶが出来た。
これも、いい思い出だ。そう、思い出。いつ……お別れが来ても、思い出は美しい。
畜生!!何だ、この怒りは?
理解できない感情が、黒い塊が渦巻くような。吐きそうだ。
否定したい想いが付きまとう。
比名琴……君を選ぶべきではなかった?
触れたい……触れたら、君は……俺の元から去ってしまうかな?
次の日。君のバイト先に足を運んだ。
この寒い時期だけの、アルバイト。店頭で、ティッシュ配り。
俺のバイト代は、一年後に受け取ると言った。
君も、本当は何かを感じている。だから受け取らない?
陰から見つめる。一歩間違えば、ストーカーだ。
壁にもたれ、ネタになりそうな本を広げ読んで時間を過ごす。
バイトが終わるまで、待ってみることにした。
売れない本も、その作者の想いを伝える。
俺の作り話より、現実的で夢がある。その世界は、俺の未熟さを教えてくれる。
売れる売れないの差は、一体なんだ?
この世界の混沌とした中、俺は消えても大差ない。
俺の本の中、“主人公の俺”は成長する。
担当の嶋関は、下品なことを平然と言う。どうして、手を出さないのか。
出せるはずが無い。物語じゃない。
本の中で、二人は付き合っている。
お互いに“好き”で触れたい。それを望む。触れても良い。
けど、現実はどうだ?
俺たちの間に、それは赦されない。
俺は、傷つく。心が痛む。誰が癒してくれる?
触れることさえ、お金の契約。
“愛情”が欲しい。
まだ、一ヶ月。君と出逢って、たった……何日のこと?
確実に減り続ける日々。俺を狂わす時計の針よ止まれ!
冬の陽は短い。すぐに闇が来る。
時を永遠に止めて、君を得ることが出来たら。
この関係を止めて、告白したら……君は受け入れてくれるだろうか?
君の心が欲しい。どうすれば良い?
擬似恋愛は、教えてはくれない。現実が厳しいと、ただ冷たく俺にのしかかる。
恋とは何だ?恋愛物語?作り話の世界に、埋もれていたほうが幸せだろうか?
比名琴、答えを……
「幾久?こんな寒いところで、何をしてるの?」
君の声も、愛しく思う。俺だけに聞かせて欲しい。
誰にも触れさせたくない。見せたくない。俺だけが閉じ込めて……
ふっ。犯罪者の気持ちまで分かるのか?何て、醜い恋心だろう?
「大丈夫?泣きそうだよ、何かあった?」
君が頬に触れ、感情が込み上げる。
熱い涙が、頬を伝う。
「比名琴……」
……好きだ。
ヒナキside。
バイトが終わって、裏口から出た。
薄暗くなった路地裏に、男の人。警戒したのもつかの間。
見覚えのある人に、胸が熱くなる。私を待っていてくれたんだ、この寒い中。
本を持つ手が、赤くなっている。
そっと近づいて、驚いた。本を見つめ、意識はどこかに……私に気付かない。
しかも、泣きそうな顔。男の人の、そんな表情に胸が騒いだ。
母性本能だろうか?愛しくて、放って置けなくて……抱きしめてあげたい。
でも、いきなりそんなことをしたら……嫌われるかな?
拒絶されたら、私が泣くかもしれない。
声をかけると、悲しい笑顔。
頬に手を当てると、冷たく……私の手にすり寄せる。
多分、無意識だろう。
愛しい。愛しい……
「比名琴……」
呼ばれた名に、体が自然と動いた。無意識だ……
あなたを抱きしめる。胸に、顔を引き寄せ抱いた。髪をそっと撫でてあげる。
あなたの大きな手が私の背中に回される。
本が、音を消したように落ちた。
静かな冬の夕暮れ。私たちを包む闇が広がる。
このまま、包んで見えなくなれば良い。今は、何も見ない。
現実ではない夢に心を癒して欲しい。
私が、あなたを癒せるのは……擬似世界。闇に包まれて夢の中。
「比名琴、ごめん。ありがとう……」
我に返り、そっと離れる。
顔が赤い気がする。恥ずかしくて、視線をそっと向ける。
そこには、最高の笑顔のあなた。
【キュ~~ン】胸が締め付けられそうだ。
これをなんと言うのだろう?
愛している。好きでは足りない言葉も、気持ちが通っていないなら……意味のない日本語だ。
あなたも私も仕事。見えない線がある。
たった一言、言えば良い。好きになってしまったと。
本当の恋愛を書いて欲しいと。包み隠さない私の本音を知って欲しいと。
幾久がそれを望まないなら?
私たちの関係は、ここで終わり。もう……二度と戻らない。
期限まで、黙ってあなたのそばにいれば良い?
本音を隠し、何かを読み取りながら気づかない振り。
あなたは、何かを読み取っている。何を?
2人の間に重い沈黙が続く。先に口を開いたのはあなた。
残酷な一言は、私の心に刺さる。それでも、願う。
あなたの温もりを。触れる肌を、離したくないと……。
「比名琴、お願いがある。手を繋ぎたい。……君の望む金額を、俺に言って。ね……いいかな?」
私は、涙を我慢する。今は、嬉しいはずだから。
私は、嘘の笑顔で手を差し伸べた。微笑む幾久。
時間は緩やかで、街灯が優しく私たちを包む。まるで、恋人のような景色。
心は繋がらないのに……ロマンチックなんて……私の辞書にはない。
書き込んだのは、作家のあなた。
憎い……愛しさに、憎しみがわく。
残酷な……優しい手が、私の手にそっと重なる。
幸せが包む。言葉にならない。
この時間が、永遠に止まれば良い。このまま死んでしまいたい。
手を重ね、微笑むあなたは優しい。
目を細め、愛しいかのように私の手を包む。
「ね、俺のポケットに入れてみてもいいかな?」
「……勝手にすればいいわ。」
私は、冷たく視線を合わさない。あなたの表情なんか見ることも出来ない。
何を考えた?何を感じた?どうして……
そうね、仕事。これは、お金をもらったビジネス。
私は、笑顔を作って視線を向けた。
あなたは、私を見ないで……真っ直ぐ道を見つめる。真剣な表情。心、ここにあらず……。
私の手は、あなたに包まれ……あなたのコートの中にいる。
温かい温もりは、いつか誰かのもの。
同年代の男の子が着ないような、高いコート。大人びた姿は、今書いている小説の主人公?
そして、私は……物語の中だけの恋人。
あなたの目に映らない……比名琴……。




