雪解け水
テスト期間が過ぎても、進学校は次のテストを目前に控える。
次から次へと同じ繰り返し。油断もなく、勉強に意識を集中させる為。
テスト後の面談。それも恒例……
「最近、授業に集中できているか?」
先生の質問に、『はい』と答えることが出来ない。
「……在原と同じだな。何だ、喧嘩か?」
先生の視線と、ため息。
涼も、同じ?
相変わらずの成績を保ち、追いつけるような気がしない。
同じじゃない。違う……
「力、抜いても良いんじゃないか?担任として、学校側から責任を問われるだろうが。一度、順位を落として……そこから這い上がるとか。」
先生の本当に心配した表情に、笑みが漏れる。
「ふ。先生、不味いでしょう?それ……」
私の笑顔に、笑いながら。
「俺は、個人的にだぞ?成績がすべてじゃないと思っている。当然、落としたら這い上がるのが条件だ!」
涼は……こんな話を、どう思うだろうか?
私は、何から自由になりたいのか。白紙に戻すのが、どこだったのか。
降り積もった想いを、処理すべきなのか……探していた。
面談を終え、教室を出た。
涼の順番は女子の後だから、先に帰っても大丈夫。約束もしていない。
あの時間以外は、私たちは不自然なほど……いつも通り。何も変わらない。
不安定。手探りで、居場所を求める。
この状況を覆すために、何が出来る?どうすればいい……?
「石代さん。ちょっと、良いかな?」
廊下で声をかけられ、振り返る。
見覚えがあるようで、ない。きっと同い年のクラスが違う人。
頬を染め、少し落ち着きが無いように周りを確認した。
「あの、在原に聞いたんだ。」
何を?涼の名字で、一気に熱が上昇する。
「……付き合っていないって。」
私は、何を募らせてきたんだろう。叶わぬ想い……
ただ言葉を出せない私を見つめ、彼は言葉を続ける。
「もし、良かったら……俺と、付き合ってください!」
……付き合う?名前も、どんな人かも分からない。
私の知らないところで芽生えた恋心を目の当たりに、心は反応しないのに。
逃げようか……楽になれるかもしれない……
「あの……」
『ごめんなさい』
去って行く男の子の後姿に、涼を重ねる自分がいる。
何て身勝手で冷たくて、最低な想い……
「ひゅぅ~やるじゃん♪モッテモテぇ~~」
角の壁際で、覗くような体勢のまま。
「サユ?いつからいたの……?」
落ちた私を、いつも拾うのは友人なのだろうか。
ニッと笑い、両手を広げるサユ。
サユに言っていない。相談も出来なかった。
あの特別な時間。降り積もった想いをかき分けても、見えない先。
埋もれて身動きもとれない……
「……っ……サユ、サユ……どうすればいい?」
サユは、優しく抱きしめ頭を撫でる。
「バカね。どうして、もっと早く頼らないかなぁ~?可愛い奴だよ、ホント……」
今までに、こんなに泣いただろうか。
溢れて零れ、止めどなく涙が流れ落ちる。自分の中の何かを注ぎだすように。
サユはただ、私のそばにいるだけだった。
何も聞かず、私も何も言わなかった。
私は涼を知りたいと思い、先生の提案を実行に移す。
雪解けを期待して。
新たな道を見つけられる様な気がしたから……
中間と期末の間に設定された実力テスト。
無理なテスト勉強もせず、時間ぎりぎりまで記憶を辿ることもしなかった。
涼との図書室での時間は、積もった想いを整理するために観察した。
普通に交わした会話に、思いを馳せて。膨らんでいく話題。
いつもと違う時間。思考を覆す。巣食った何かが衰える感覚。
会話が増えるにつれて、涼の表情が昔のように幼さを見せる。
楽しいと感じ、一緒にいたいと願った。
幼い日の想いが、甘く切なく……愛おしく思う。
自分が見てこなかった、見ようとしなかったことが。本当はとても大事だった……
不器用な、バカだった自分を後悔する。
「真歩、楽しいね……」
「……ん。」
そして、私たちの転換点。
テスト結果。涼は変わらず1位。私は順位を下げ。上位10位に入らなかった。
掲示された一覧に、名が載ることは無い。
だから見にも行かなかった。
何だろう。清々しい気持ちを味わったなんて、くすぐったいような不思議な感覚。
当然、先生の呼び出しに教員室へと入る。
険しい表情で担任の先生が、進路指導室へと移動するように促す。
個室に移動し、担任の表情が苦笑に変わる。
「オイオイ、一言頼むぜ?提案したのは、俺だが。周りから、絞めを喰らったぞ。」
優しい声色にホっとする。
「すみません。でも、条件はクリアーします。次は、順位を取り戻しますので。……お世話になりました。」
お辞儀をした私に、ニッコリ笑顔。
私の頭に手を置いて、ポンポン。
「行け、青春を謳歌しろ!後悔すんなよ。俺は、悔やんでも戻れなかった。」
先生は私から離れて、窓際に移動した。
切なさの漂う背中……
「失礼しました。」
その背を見つめ、ゆっくりドアを閉める。
【ぐいっ】
え!?閉めている手が、勢いよく引かれた。
引き寄せる手から、視線を顔に向ける。表情を見ることなく、強引に引いて行く。
分かる。涼、怒っているんだ。
だよね、勝負を放棄したと思ったかな?
「涼、痛い。付いて行くから、離して……」
皆の視線も気にせず、涼は外に出た。
あの時間に垣間見た、感情の露わになった表情。
「どうして……っ……真歩……」
私を抱きしめ、力強い腕が圧迫を加える。
苦しい。力の加減が出来ていない。
私は、間違ったんだろうか。
「涼、聞いて……」
「嫌だ!」
抱きしめていた腕がゆるんだと思ったら、両肩を押さえ。
切ない表情が一瞬。見えたか見えなかったか。
目を閉じ、私の唇に痛みが生じるほどのキス。激しい熱が伝わる……
私は目を閉じ、そのキスに応えた。
受け入れたつもりだったのに……
「何?同情……なの?そんなに俺は、哀れかな。君の優しさに触れ……また、思い上がった俺の想いを踏みにじるの?酷い……残酷だね。それでも、この時間に、俺は……俺は狂う。愛しさを自分のものに出来ているんだと……自己満足だ。」
男の人の涙。
私を見つめ、頬を伝う。
言葉を失った。
自分の中に降り積もった想いが、感覚を狂わすのは……
私の方が狂っているんだ。
「……真歩……勝負を後悔しない。でも、君に触れるんじゃなかった。こんなに、貪欲になることはなかったはずだから。……次は、勝負……してくれるよね?」
触れるんじゃなかった?涼は、この想いを受け入れてくれない?
続けるんだ、この勝負を……
「……えぇ。あなたから、解放されたいから。」
視線を逸らしたのは、私だった?それとも、涼?
同時だったのかもしれない。
この想いは、溶けて行く……すれ違い……通うこともなくて……




