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【恋愛系集約】VS ~ 代償 ~  作者: 邑 紫貴
船々恋々

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あ、マズイ。これ、ダメなやつだ。

視線を受け、顔の距離が近づいてくるなんて。

目を逸らせないどころか、拒絶も出来ないような空気。

話題を出そうにも、どう続けていいのか分からない。


「……冨喜ぃ~~、やっぱりココにいやがったな!サボってんじゃ……ねぇ。オイ、何してんだ。」

私に近づいた距離はそのまま、視線だけを入り口に向けたトキくん。

入って来たのは現場責任者の木之下さん。

にらみ合ったのは数秒。

トキくんは私に視線を向けて、表情は変えずに小さな声で。

「嘘じゃないよ。ごめんね。」

私の肩に額をそっとのせて、すぐに離れた。

顔が一気に赤くなる。

すぐに手で顔を覆って、誤魔化そうとするけど、そんな必要もないトキくんの後ろ姿。


「木之下さんこそ、サボリっすか?」

「うっせ、黙れ。現場に戻って作業をしろ。今後、こんな事は認めねぇ。」


トキくんを事務所から追い出した木之下さんの空気が、凍るほどに冷たいのが伝わる。

どんどん私に近づいてくるのに、いつものような嫌味も無く無言。

身体は固まったように動けず、視線を向けることも出来ない。

私の横まで来て、大きなため息。

「はぁ~~。ホント、気を付けてくれよな。……まぁ、俺の監督不足か。三浦、大丈夫か?」

いつもは名字なんか使わないくせに。

こんな時だけ。

泣きそうになるのを堪えて、口を開く。

「大丈夫です。それより……私、どうすればいいですか?」

年下の男の子とはいえ、大人の男性から弱さを見せられ、グラつくような感情。

好きとか、恋愛感情ではないけれど、どうしても何か力になってあげたい。

「男に同情で行動するのはお勧めしないっす。ま、何があったかなんて知らんすけど。」

木之下さんは普段と同じ口調に戻る。

思わず笑ってしまった。

「ふふっ。……木之下さんは、トキくんのお父さんを知ってるんですか?」

私が同情するような内情を知っているのは確かだろう。

木之下さんに包み隠さずに尋ねた方が、今の状況を把握してくれるかもしれない。

「知ってるっすよ。そっすね。職人をたどれば、居場所くらいは分かるかもしれないっす。」

視線を向けた私から視線を逸らし、自分の机に移動していく。

「あいつは俺に訊いて来ないし、職人の誰にも尋ねないっすよ。それを……まぁ、逃げてるだけっすか。念押しするけど、同情で優しくするなら覚悟決めろ。」

机の引き出しから書類を出して、現場に戻るのだろうか。

颯爽と入り口に向かい、振り返って向けた視線は真剣だった。


嘘じゃない。

誰にも自分から父親の事を尋ねないのに、私にだけ言った本心。

探しているのだと。



次の日の朝。

私は事務所に入ってタイムカードを打ち、珍しい人の気配に挨拶をした。

「おはようございます。」

いつもなら、現場の見回りでいない所長と木之下さん。

「おはよう。三浦さん、ちょっといいかな?」

所長から手招きで、職人さんたちが昼食を食べる広い机に呼ばれた。

私、何かやらかしたかな。

「はい。」

恐る恐る。

指定された席に座って、二人の重たい空気に唾を飲む。


「冨喜くんだけど、昨日で退職したよ。」


え?

声も出ないくらい驚いた私。

所長は視線を木之下さんに向けて、説明を促す。

思わず私も木之下さんに目を向けた。

「三浦、あいつ……冨喜はSペイントのスパイだったんだ。」

Sペイントのスパイ?

トキくんが他社のスパイ?

理解が追い付かず、木之下さんの言葉が頭を巡る。

「三浦、しっかり聞けよ。」

強い口調に、意識を集中するように力強く頷いて。

思わず涙目になるのを我慢。

「あの後、あいつから報告を受けたんだ。所長にも、すぐに連絡して……すまない、後回しになったのは。」

「いえ。それよりスパイって、どういうことですか。」

木之下さんの気遣いが見え、嬉しさよりトキくんの事が心配になった。

私の動揺からの切り替えに、安心したのか木之下さんは少しの意地悪な笑顔。

「お前は本当にスゴイ女っすね、あいつが惚れただけあるっすよ。……実は、冨喜を紹介した会社に、Sペイントが根回ししてた。うちが増員するタイミングを知って、冨喜を入れたんだ。あいつのオヤジさ、Sペイントにいる職人が居場所を知ってたんだ。情報と交換で、仕方なかったみたいだ。」


トキくん……


「大した情報は漏らしてないってさ。惚れた女に嫌われたくないからって、あいつ……オヤジの情報も聞かずに消えたんだ。」

複雑な感情が入り交じり、何を言って良いのか分からず。

我慢も切り替えも、どこかへ消えて。

涙が込み上げ視界は霞んで、止め処なく零れ落ち続ける。

何度も目元を拭い、必死で繕おうとするけれどうまくいかない。

「三浦さん、ありがとうね。君の職人さんたちに対する態度が、この会社を救ってくれているよ。」

優しい所長の声に、思わず声が漏れてしまう。

悔しい。何も出来なかった。

トキくんに、私は何もしてあげていない。

むしろ、お父さんの情報を得られるチャンスを奪ってしまった。


職人さんたちの間では、情報なんて筒抜け。

会社には悪いけど内緒なんて無い。

卑怯なSペイント。周りのウワサは本当だった。

他の会社には情報を一切与えようとせず、その癖、情報を得るためには手段を択ばない。

そして……木之下さんを切り捨てた馬鹿な社長。

その人がトキくんさえ利用して。

「三浦、気をつけろよ。今回の事は俺たちしか知らない。Sペイントの目的がうちの情報だとすると、次に狙われるのはお前かもしれない。冨喜が心配してた。」

年下の男の子だと思って油断していたのに、いなくなってから私への気遣いを伝えるなんて。

私の気持ち、どうしてくれるの?

惚れちゃうじゃない。


私は直接、好きなんて聞いてない。

なんのドラマなの、この展開。

「大丈夫ですよ、私なんか誰も気にしないでしょうから。」

つい、強がったのもあるけれど。

自分に探りが入るだなんて、本当に思ってもいなかった。

「用心深さは必要ですよ。」

所長からも釘を刺されていたのに、私は……



提出物を出し、事務所まで戻る道。

「こんにちは。」

声をかけられて、普段と同じ反応で振り返る。

「こんにちは。」

そこにいたのはSペイントの社長さん。

その人物に対し、一気に凍りつく自分がいた。

どうにかして逃げないと。

気持ちに連動するように、笑顔を作って会釈して、足早に去ろうとしたけれど。

もちろん相手の方が上手だった。

「あぁ、はじめましてかな。Sペイントの社長、初鹿野はがのです。」

「はい、はじめまして。REシップの事務員、三浦です。」

タイミングを逃してしまった。

恐い。笑っているのに、内心が読めない。

この人が木之下さんを追い出し、トキくんをスパイとして送り込んだ人。

「新しく入った人ですね、慣れましたか?」




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