①
はじめまして。
三浦 薫乃と申します。
この度、事務員の募集を見て面接を受けることになりました。
その職場は、なんと造船所でございます。
ドキドキで面接の日時を約束し、やって来ました。
ナビ通りに到着すると、中で働く人数の多さを実感できるような駐車場の広さ!
もちろん面接の時間は就業が開始されているため、広大な敷地に埋め尽くされた車に圧倒されて、なんとか駐車スペースを発見。
そこから歩いて正門に向かいます。
入り口には警備員が配備され、案内の先には小さな管理室。
仮の通行証を受けとり、大きな認証機械を通る。
そして道路の側面には海と大きな船。
まっすぐ伸びた道は、どこまで続いているのか。
私は一体、どこに行けばいいのかな?
「そこで待っていれば迎えの車が来るよ~。」
優しい警備員の方の声に、安堵と疑問。
は?車で迎えが来る?
車を駐車場に停めて、みんなは歩いて建物に向かうんだよね?
そんなに遠いのだろうか。
そんな驚きの面接からスタートした事務員の仕事。
慣れ始めた私は、通勤時に通行証を機械に通して、周りの人たちに挨拶をしながら事務所まで歩く。
「……~い!お~い、三浦っち。ここ、ここだよ!」
遠くから呼ぶ声を探すように周りを見渡すけれど、見当たらない。
そんな私の様子を見て、複数の笑い声が聞こえるけれど。
遠い?
まさかと思って、海に浮かぶ船に目を上げた。
そこには手を振る職人さんたちの姿。
年齢層は幅があるのに、憎めない仕草に思わず笑みが漏れる。
手を振り返し、口に手を当てて叫ぶ。
「おはようございます!」
そんな様子を、他社の人が見ていて当然なのだけど。
別の日に、場内で車に乗った全く知らない人たちが私に手を振った。
誰ですか?と思いつつ、少し引きつった笑顔を向けて手を振った私。
それが正解だったのか、私には分からなかった。
「あはは。それは数少ない若い女の子が嬉しいのもあるけど、愛想振りまき過ぎでしょ。」
そう笑うのは、他社のベテラン事務員さん。
造船所では、他社のライバル会社も“協力会社”と呼ばれる。
一緒になって大きな船を造るため、協力するための会社がいっぱい存在する訳で。
協力会の目的が、そういう類の統率なのか新人の私には理解できていない。
大げさに言うと謎の組織だったりする。
ライバルだけど情報は共有したり、社内だけで上手く隠したりと所長は大変そうだ。
他人事でいられるのは、いつまでだろうか。
「深元さんも若いじゃないですか、どう接するんですか?」
参考にしようと質問した私に、彼女は黒い笑み。
「相手次第。安売りはしない。」
そう言ってから、深元さんは眉間にシワで少し考えるような表情。
私は次の言葉を待った。
「あなたは計算しない方がいいわね。そうじゃなきゃ、何かあった時に私はあなたを助けてあげられない。」
頭の良い人は、私の理解できない何かを予知できるのだろうか。
その言葉を実感する日が来るとは、少しも思ってもいなかったから。
「そうですね、考えてもしょうがないので。」
安易に答えた私に、深元さんは笑顔を向けた。
「ここは情報が命。その為には交流は必要。かと言って、油断してると突き落されてしまう。用心深くありなさい。」
そう言って私の頭を優しく撫でる。
お姉さんのような人。
「おい、トロ豚!さぼってんじゃねぇ~ぞ。」
この声は。
毒舌な呼びかけに、振り返って会釈。
「木之下さん、お疲れ様です。」
礼儀正しくしたつもりなのに。
「返事をするな、ぼけ!」
理不尽。
木之下さんは当社の現場管理責任者の1人。
ご覧のとおり、ツン俺です。
「厳しいわね、木之下さん。新人イジメは駄目よ。」
やり取りを見ていた深元さんは、笑いながらも私の味方で少しだけ強い口調。
「違うっすよ、コイツの態度を見ましたよね?」
木之下さんが何を弁解してるのか分からず、質問してみる。
「木之下さん、返事をしちゃ駄目でしたか?」
「うるせえぇ、黙れ。安易に返事をする奴には、教えてやらん!」
何とも厳しいお言葉。
木之下さんは、深元さんとは違う意味で難しい事を言いますね。
面倒臭くなってきた。
「さ、事務所に戻りますよ。……深元さん、ありがとうございました。今度、またゆっくりお話ししたいです。」
「そうね。じゃ、また。」
深元さんは軽い会釈をして、颯爽と去って行く。
「お前、迷惑かけるなよ。危なっかしいんだから。」
危なっかしい?迷惑をかけるな?
「ライバル社の方に甘えちゃ、ダメですか?」
ショボンとした私に、深いため息の木之下さん。
「はぁ~~。ホント、気を付けろよ。ここは職人の男ばっかりだからな。」
職人さんには怖い人も多いのだと、前に木之下さんから脅すような忠告を受けたことがある。
最近、手を振ってくれる人がいたから気が抜けていたのかもしれない。
俺様ツンツンで、デレが極端に少ない木之下さんにはラブラブな奥さんがいる。
結構、好きなタイプなのだけど恋愛対象外ですね。残念。
職人さんの中には、ヤの付く職業だった方もおられるのだとか。
当社にも、そんな過去を持つオジサマが武勇伝を語ってくれた。
『組長の為に、俺は牢屋に入っていたことがあるんだ』と。
そんなオジサマに木之下さんは。
『今後は禁止っす。工程に必要なんすからね』と。
どんな職人さんにも、管理者としての責任を負う姿を見せる木之下さん。
そんな彼が他社から捨てられたのだと知った日、私は信じられなかった。
特殊な職人の世界。
私の理解など通用しない。
もうすぐ進水式を控えた船を見上げ、自分の大きさを思い知り。
こんな物を人が造ってしまうのだと思えば、職人さんたちを尊敬して、私に出来る限りをしたいと願う。
人の出払った事務所は閑散としていて、現場の作業の準備に少しでも役に立ちたいと走り回る。
最初の頃から比べれば、空回りも減ってきただろう。
それでも不甲斐ない自分に苛立ち、悔しさに情けなさ。
「三浦っち、何してるの?」
ライトに使う電池の整頓をしている私の背後に、気配なしで明るい声。
「ひゃっ。……ちょ、ビックリした。驚くから気配を下さい!」
軽いパニックで、意味不明な事を口走った自分。
ニッコリ笑顔で、冨喜くんは私に首を傾げた。
何をしているのかって、見れば分かるよね。
と、言うより。
「トキくん、何してるの?まだ休憩時間じゃないよね。」
年下の彼には強い口調で言える。
睨んでいるはずなのに、彼は満面の笑顔で。
「え?何ってサボリだよ。」
平然と、何を言っているのかな?
「所長に言って、給料減らしてもらうからね。」
私の言葉に、鋭い視線を向けて沈黙。
あ、調子にのってしまったかな。不味い。
心音が早く鳴るのが自分で分かる。
間が持たなくて何かを言おうとしたけれど、怖くて口を閉ざしてしまう。
「俺さ、給料なんていらないんだよね。」
「何で?」
強い視線は保ったままだから怖いはずなのに、即時に叫んでしまった。
「オヤジを知ってる奴、探してるんだ。」
表情は暗くて声も低く、感情が揺さぶられる。
鋭さの消えた遠い眼。




