恋心
「先生は、保月先生と仲が良いの?」
私を抱え、視線は真っ直ぐに歩き続け、口もとは笑み。
「どうかな。俺は仲が良いと思っているよ、あいつが何を考えているのか分からないけれど。」
保月先生が何を考えているか。
そこはとても単純で、二人の仲の良し悪しの方が複雑なのだと感じたのに。
それは他の人にも当てはまるのかも。
「私は保月先生が、自分の事を知っている大内先生が傍にいることを、本気で嫌がっているようには見えませんでした。」
私に知られたくない事に触れて話す大内先生の存在を、願っているような気もする。
「そっか。それなら嬉しいけどね。」
下から見える表情が、どこか寂しそう。
大人の事情は分からない。私の知らない事。
目を閉じ、身を任せるようにして意識が遠退いていく。
弱い身体。どうすることも出来ない。
仲が悪いのに、自分の家庭環境を教えるだろうか。
知られたくない事を自分から告げたのではない人物が近くに居て、あんな雰囲気は保てない。
保月先生は大内先生に自ら告げたのだろう。
それがいつなのかは分からないけれど。羨ましい。
知りたい。何があったのか。
だけど、おじ様に聞くのは間違っているような気がする。保月先生の知らない所で。
だけど口止めはされていない。
夢現。年上の男性に、どこか弱さを見たようで愛しさが増していく。
膨らむ期待と淡い想い。身勝手な心。
保月先生との少しの時間も貪欲に求めて、歪んだ愛情に染まる。
受け止める。彼から与えられる感情が、憎しみでも良いと思うなんて。
間違っているはずなのに。
「先生、おじ様と何があったの?」
傷つけたいわけじゃないのに。深層心理。
あなたの隠しきれない憎しみと悲しみの原因に触れて、感情を煽る。
「大内が言った事は忘れろ。そうしないと……」
首を絞めるように添えられる手。
鋭い視線に殺意。
「先生が答えてくれないなら、おじ様に聞くわ。」
睨んだ視線を真っ直ぐ受け止め、私は絞まる首に手を添えた。
「忘れるより、簡単な方法があるぞ。利用してやるよ。後悔するんだな、全て……お前が悪いんだ。そして……あいつが……」
見開いた目には、鋭い視線が間近に迫ったのが見えているのに。唇に痛みと熱で思考停止。
「目を閉じろよ、そんな知識も無いのか?」
首を絞めていた手が顎を持ち上げ、見上げる私を嘲笑うように見つめる。
「……初めてなの。」
優しくして欲しいなんて言えず、色恋に疎い自分が幼く感じて涙ぐむ。
先生は目を伏せ気味にして、私の唇に舌を這わす。
唇を重ねた感覚のキスとは異なり、生々しいような柔らかさと滑り。
「イヤ、止めて。」
違う。確かに求めていたけれど、こんな事じゃない。
「前に言ったはずだ。来る度に、屈辱を与えてやると……イライラする。その顔で俺を見るな。大内にでも、慰めてもらえばいい。」
突き放すように手が離れ、その場に座り込んだ私は体を覆う様に両手で抱き寄せた。
少しの震えが徐々に全身に伝わる感覚。
「何だ、許しが出たならもらって行こうかな。」
この声、大内先生?
視線を向けると、ドアに寄り掛かって笑顔を見せる。
いつから居たんだろうか。
先生は私の手を引いて立ち上がらせる。
そして抱きしめ、背中や頭を優しく撫でた。
「相変わらず、悪趣味な奴だな。お前……」
保月先生は背を向けたまま、私たちの方を見ない。
「連れて行け。邪魔だ。」
冷たい言葉は、低音で響く。
手を引かれ、足取りは不安定ながら保健室を後にした。
感情が冷めたように、体も冷たくなったような寒さ。
「大内先生、いつから居たんですか?」
何かを考えていないと、そのまま闇に落ちてしまいそうな程、頭に浮かぶのは良くない事ばかり。
「どの時点でもアウトかな。」
私が保健室に向かったのを知っていたなら、担任として様子を見に来ていても不思議ではない。
最初からかな。どの時点でも会話的にはアウト。
それは生徒と教師との間で、あってはならない事。
「煽ったのは私です。」
足を止め、繋いだ手を引き戻す。
視線は冷たい廊下を見つめ、大内先生の目を見ることが出来なかった。
一時。ため息を吐いたのが分かって、自分の情けなさに体身が固くなる。
そんな私の頭に、そっと手を乗せて。
「何故、そんなに委縮してるの?もっと力を抜きなよ、君は悪くないんだから。」
私は悪くない?本当に?
顔を上げ、みんなに向ける時の笑顔と変わらないのを見て、私は力が抜けた。
正当化せず、私は自分の過ちを素直に認めて。




