嫉妬
「岩端、今日の調子はどうだ?」
担任の大内 利尚先生。
私の額に手を当てて、首を傾げた。
「高くはないみたいだけどな、顔色が少し悪い気がする。」
それは、ただ青白いだけかも。
私だって毎日、好きな人に会いたいけれど。
相手にとって私は恨みの対象でしかないわけで、気分を害した表情に傷つく。
負のサイクル。
無理して、本当に体調が悪い私を彼は無下にはしない。
身に沁み込んだ優しさ。思い出すだけで、胸がいっぱいになるのに。足りない。
気を付けていないと貪欲な自分が現れる。体調を左右するように。
卑怯だと思いながら、仕方のない事だと自分を誤魔化して。
それで良い訳がない。
「先生、今日は大丈夫です。」
私は真っ直ぐ、先生と目線を合わせた。
「そっか、あまり無理するなよ。それに……あいつは、危険だからな。」
あいつって、保月先生の事なのかな。
私は首を傾げた。
そんな素振りに、笑顔で。
「確かに、汚すのは楽しいかもしれない。」
眼が鋭さを増し、私は足を一歩下げた。
小さな低い声は、周りには聞こえなかったみたい。
先生は私に背を向け、教室を出て行く。
汚すのが楽しい?
それは、保月先生なら納得がいく。
恨みを晴らし、八つ当たりとして利用するなら……
けれど。私に触れて、楽しいような表情など見たことが無い。
私の貧相な体が不満なのかな。
私は良いように解釈していた。
八つ当たりを、私にしても意味がないと分かっているのだと。
優しい大人の男性に弱いのかな。
大内先生が怖いと感じたのに、体調を気遣って額に触れた手が優しかったから。
私は前髪をかき上げ、ため息を吐いた。
もっと経験を積んで、年齢に伴った成長をすれば、いずれは理解できるようになるのかな。
未熟さ。心身共に。何も知らない。無知。
大人の感覚は未知の世界。足掻いても無理。
移動教室までの道程。
渡り廊下を歩いていた私は、校舎の端にある保健室に目を向けた。
外にいる女性に、保健室の中から呼びかける保月先生の姿。
足を止め、遠目にも分かる笑顔に心が凍りついた。
目を逸らしたけれど、激しくなる心音が不安を表すようで怖い。
「岩端さん、大丈夫?保健室に行ったほうが良いよ。顔が真っ青。」
私は首を振って、無理に笑って見せた。
「ありがとう。もう少しすると、落ち着くと思うから大丈夫。」
クラスが同じで、優しく声をかけてくれる女の子達が居るけれど、どこか線を引いてしまう。
孤独は嫌いなのに、孤立する自分が矛盾を生み出していく。
足を動かして歩き始めるけれど、後ろ髪を引かれる様に心が取り残される。
あの女性は誰だろうか。
保月先生の笑顔。心許したような屈託のない、私には見せない表情。
悔しい。出逢ったすぐに、私を心配して見せた表情が思い浮かんで、胸を熱くする。
もう二度と見られないかもしれない。
私に向けられるのは憎しみと、憂いの伴う視線や乱暴な言葉。
だけど。優しいのを知っている。
触れる手は…………
「馬鹿か、お前。」
ぼやけた視界に、乱暴な言葉。
保月先生の声だよね、どうして?
「まぁ落ち着けよ、柚瑠。相変わらず、オヤジさんの事になると大人げないなぁ。」
「てめぇ。」
大内先生も、いつもと雰囲気が違う。
それに。やっぱり、おじ様の件が。
「ごめんなさい、私……」
身を起こそうとすると、激しい頭痛。
額に冷たい手が触れて、押し戻す力に導かれる様に体が布団に沈んだ。
「本当の馬鹿だな、寝てろ。」
言葉は冷たく、ため息を吐いているけれど。
先生の視線には、私を心配しているような優しさが見える。
弱った自分が見ている夢なのか、願望なのか。
「柚瑠、寝かせたところ悪いけど。」
そう言いながら、大内先生が私を抱える。
優しく持ち上げたからか、頭の痛みは感じないけれど、お姫様抱っこに茫然としてしまう。
「お前、一体……何を。」
保月先生も何が起こったのか、理解できないような戸惑いの表情。
「ふっ。保護者が迎えに来たと、連絡が入ったんだ。俺はここに呼んでも構わないが。お前が困るよな?」
見上げて目に映る表情は、とても意地悪。
二人は仲が良いのか悪いのか分からない。
「さっさと連れて行けよ。」
保月先生は私たちに背を向け、作業に移る。
「じゃぁ、行こうか。お父さんが車で迎えに来たみたいだよ。君は……大事に、されているんだね。」
私は。
『大事に』されなかったのかな、何があったのか私には分からない事。
だけど。頭より胸に、刺さる様な痛み。




