繋がり
母が再婚したのは、とてもお金持ちのおじ様。
大きな会社を経営しているとかで、最初はお付き合いにも戸惑いを見せていた母。
しかし、おじ様の3年越しの気持ちに揺らいで再婚を決意。
顔を合わせた時、正直に告げてくれた過去の思い出に、私は怒りを覚えたのだけど。
母は穏やかに笑っていた。
想いを遂げる事の出来なかった過去の女性に似ているなど、良い感情を抱く筈はない。
母のように、大人になれば納得が出来るのだろうか……入学式の日。私は貧血で倒れて保健室に運ばれた。寝ているのに眩暈のような感覚。
目に入る天井も同様に、地震のような揺れと回っているような錯覚。駄目だコレ。
「おい、大丈夫か?」
大丈夫じゃない。今すぐにでも吐きそうなのに、どうして男性の声がするの?
視線を横に向けると、目に溜まった涙が零れ落ちていく。
彼は濡れた布で、私の額の汗と涙の痕を拭った。
私は男性の養護教諭に身を委ねて安堵し……沁み込んだ優しさ……
主人公:岩端 帆夏
保健室の養護教諭:保月 柚瑠
岩端 帆夏
私立高校の一年生。
体力が他の人に比べて少ないのか、すぐに体調を崩しては熱を出し、頭痛や吐き気など自分でもあきれるほど対応が追い付かない。
自分の体なのに。情けなさが増していく。
少し楽になって起き上がると、そこには心配そうに見つめる保健室の養護教諭。
保月 柚瑠先生にクラスと名を問われ、答えた私は微妙な空気を感じ取った。
先生の手の動きが止まった一瞬の事。
先生は最初の優しさが徐々に雑になり、慣れによる仲の良さに近いのだけど、腑に落ちないような距離感。
何が原因なのかは分からない。
だから尋ねようにも、質問が見つからずに戸惑う。
踏み込んではいけない一線を常に感じながら、それでも少しの優しさを求めてしまう。
きっと体調が悪いから。
不安な気持ちが和らいだような安らぎが、薬の作用のように常用性を与えただけ。
それだけで、それ以上の物なんかない。
兄のような存在……知らず知らずの内に募った感情。
淡くて脆くも、それが完全に消え去ることはない。
何て煩わしいものなのだろう。
あまりにも曖昧すぎて、それを恋と呼べるのかも惑う。
憧れ?少し違うような気がする。
きっと、自分で処理しきれないのは先生の態度が読めないから。
分からない。私に対する態度や言葉は、周りとは大きく異なる。
それが、どうしてなのかも理解できず問うことを恐れて。
多分、先生の距離は自分に対する好意ではないと感じているんだ。
病気がちな女生徒と、若い男性の養護教諭。
他の生徒より多くの時間を共有するなら、周りからの目もあるだろうし、それは仕方のないこと。
でも……この不安にも近い感情を引き起こし、恐れを抱くのは。
「先生、何か私に隠しているの?」
遠回しに聞いた言葉が、起爆剤になるなんて。考えもしなかった。
先生の後姿に、自分の戸惑いも誤魔化せるだろうと出した言葉。
先生の表情など分からないはずなのに、感じるのは触れてはならないという緊張。
私に隠している事がある。それが触れてはならない一線。
「知りたいか?」
振り返らず、作業を続けながら冷たく感じる先生の声音。
知りたいと言ってはいけない。では、何と答えればいいの?
「……今は、まだ」
自分の顔が引きつっているのが分かる。
声も小さくて、曖昧な返事をするしか出来ない。
そんな私の何を読み取ったのか、先生はゆっくりと視線を向ける。
冷めたような視線。
凍えるような寒さが背を通り、言葉を失ってしまった。
手に持っていた物を机に置き、私の方に近づいて来る。
視線を逸らそうとしても、体が硬直したように動かない。
目は先生の動きを全て捉えたまま。
「くく。自分から聞いただろ。何を知っているんだ?言えよ。」
何を知っているか……
先生の隠している事は、私が知り得る情報なの?
「知らない。何も。」
首を振って、吐き出すように言い放つ。
涙目なのか、視界は霞んで先生の姿はあやふやなのに、近づく距離で恐怖に包まれる。
体は震え、目前に立つ先生を見上げて涙が零れた。
「ちっ。イライラする。……そうだな。今、何かあったとしても……お前の体力なら、ここには来ないわけにはいかないだろう?屈辱を与えてやるよ。来る度に……な。」
先生は言葉と異なり、手は乱暴ながら痛みなどない力で私の零れた涙を拭う。
見つめる視線はどこかさ迷うようで、突き刺さるような鋭さもない。
まるで、『泣くな』と言われているかのようだ。
甘さと締め付けるような胸の苦しみ。
心は満ちて、このまま時が続く事を願ってしまう。
彼を追い詰めているのは、私に関する事。
母?でも接点など、どこにあるのだろう。むしろ可能性が高いとすれば、おじ様の方。
母と出会う前に……家族が?
「ちっ。苛立ちが募っていく……」
手の動きが止まって、さ迷っていた視線は下がって行き先生の表情は見えない。
言葉を出すのを戸惑っていると、肩に置かれた手が体を後方へと移動させる。
不意打ちで見開いた目に映るのは、天井と先生の暗い表情。
痛い。背は柔らかいベッドに沈んで、内から込み上げる痛みに全身が痺れるようだ。
苦しい。呼吸も困難なほど、思考も働かない。
ただ…泣きそうな年上の男性を見つめて、息を呑んだ。
あぁ、私は先生の事を……。
あなたが抱える闇が、私との唯一の接点。
もっと知りたい。自分に向けられた憎しみの眼。
受け止めているはずの感情が素通るようで悲しい。
自分に対する態度ではなく、別の人への思いがないと繋がりも続かないのだと知って。
自分自身の魅力がない事を悔やんで、貪欲さに縋り付く。
新たな自分の一面……




