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痛がるか笑うか、どちらかにしてくれないかな。気持ち悪い。
「言葉の綾よ。あなたも知っている通り、私の家系は落ちぶれ、執事を雇うような余裕などない。それを、歴史とか由緒とか言われて……そもそも何故、キスしたの?」
何度か繰り返した主従関係の話。
それより気になるキスについて追求する方が、今は大事な気がする。
「今の関係を壊したくて。それは、君も同じだろ?」
今の関係を壊したいのは私も同じ。
確かにそうかもしれない。だけど、あなたの方法は私が望んだものと異なる。
初めてのキスを不本意な形で奪われてしまった。
それなのに心が痛まない。それは……
「そうね、壊れてしまった。私たちの関係が。幼馴染ではいられない。そして……あなたが望むような関係を私が願っていないから。」
彼に背を向け、私は拒絶を示す。
あなたは常に、私に対して優しい声をかけてきた。
それを受けて嬉しかったはずなのに、変わっていく関係が怖くて拒絶する。
「絶対に認めない。」
認めるわけにはいかない。流されたりすれば私は…………
「黙って俺のものになれ。」
藤九郎は私を優しく抱き寄せ、抱きしめる腕の力を強めていく。
徐々に伝わる熱が増えていき、懐かしい香りに包まれて。
耳元で囁いた声は、いつもと違ってかすれていた。
絞り出すような想いのこもった声音。
否定したくても、伝わる言葉に心は反応する。
足の力が抜けて彼の腕から離れ、廊下に座り込んでしまった。
冷たい床の温度も気にならない程、体温は上昇して心音が響く。
見上げた私に、藤九郎は優しい視線を注ぐ。
私の返事も聞いていないのに、満足そうな微笑み。
負けたような気がして、自分の抵抗が虚しく、思わず苦笑が出てしまう。
そんな様子を見て、藤九郎は私の両脇に手を入れ、軽々と持ち上げて立ち上がらせる。
真っ直ぐ見つめ、顔を近づけて額に軽いキス。
「好きだよ、七帆。出会った日から、ずっと。誰にも渡さない。幼き日から執事として仕えるなら、君の為に命を懸けようと父から学んできたんだ。君が気に入らないなら……ふっ。恋人になってあげても良いよ?」
とんだ上から目線。
だけど、それは執事を目指す前の、幼い頃のあなたと同じ。
私の心を奪った、初恋の思い出と変わってはいない。
優しい言葉も、意地悪な言葉も……あなたの甘い声は変わらず、私への想いを告げる。
「好きよ、藤九郎……だけど執事は要らないわ。あなたは、私の為に命を懸けると誓った。それなら由緒も歴史も捨てて、私を恋人にしてくれるよね?」
「あぁ。恋も実らない主従関係など、最初から望んでいない。利用できる状況を使っただけ。不安にさせたよね、俺の愛情を疑っただろ?」
ん?段々、不機嫌になってるような。
口元は笑っているようだけど、眼が怖い。
嫌な汗が出てきた。視線を逸らし、小さな声で答える。
「疑ってなんかないよ?」
「そ?なら、恋人らしくキスで仲直りしようか。」
首からあごに指が滑って、その流れに導かれる様に顔が上を向く。
唇は受け入れ態勢。
優しい視線を受け、重なる口づけ。
目を閉じて、感情の変化に伴う満足感を味わう。
「君を誰にも渡さない。俺のものだ。」
優しい声が耳に残って、夢心地。
悩んでいた事が全て消えたわけじゃない。
それでも、私の想いは未来に続く。
藤九郎の甘い言葉を信じて、優しい声に心許して…………




