『君だけ:side松沢』
伊東 暁乃。俺の好きな女の子。
今日も俺は君を口説く。
「暁乃、好きだ。」
先日には出なかった言葉。
「ありがとうございます。今日も沢山の女の子に同じ事を言うのは大変ですね、お疲れ様です。」
他人行儀な敬語が嬉しいなんて、俺はMっ気があるのかな。
俺の邪魔が嫌なのか、先日のご褒美の話を流すためなのか、今日は黙々と本を読む姿。
「ホントは知っているでしょ?俺が好きだと言うのは、誰だけなのか。」
視線が本に奪われたままの君に、俺は寂しさが募っていく。
「私には自信がありません。他に相応しい子がいますよ。」
小さな声。本は同じページから動かない。
胸は痛むようで息苦しい。どう伝えればいいのだろう。
篠崎と同じように、君も周りを気にする。
だけど君は人から頼られる篠崎とは違う。
「ね、自信ないとか言わないで。俺が好きなのは暁乃だ。毎日、可愛いって言ってあげるよ。それなら付き合ってもいい?」
彼女は読んでいたページを開いた状態で、机の上に裏返す。
顔を上げ、俺を無言で見つめる。
「いい加減に、俺と付き合ってよ。」
「嫌です。」
即答する表情から心は読めずに苛立ちが募っていく。
大きなチャンスを逃したのが悔しい。
「スキって言わないとキスしない!」
俺は立ち上がり、暁乃を見下ろして睨む。
「問題ないわよ?」
視線を伏せ気味にして、ため息を吐く彼女。
悔しい。自分が子どもじみているのが情けなくて。足掻いても伝わらなくて。
本に伸びる手が目に入って、怒りと衝動的な行動。
彼女に詰め寄り、手を捕らえて抱き寄せる。
「やめて、触らないで。」
近づけた顔を手のひらで押さえて、冷めた表情で拒否する。
自分が悪いのに。込み上げてくるのは悲しみ。
後悔などないけれど。
「ごめん。」
謝って沈む俺を、彼女は覗き込んで見つめる。
和らいだような眼。心配してくれたのかな。
優しくされているようで、心は単純に反応した。口元が緩んでいく。
誤魔化すように、彼女の肩に額を乗せた。
「少し、このままで居て。」
拒絶も無く、甘えるのが許されているようで満足する。
息遣いと体温を身近に感じ、良い匂いに幸せを味わう。
「好き。」
小さな声で伝えた。
少しの反応。だけど、彼女の返事はなかった。
ほんの数分。もしかすると1分もなかったのかもしれない。
「帰る。」
弱く押し退ける手。
俺は離れた。
こんな想い、君だけなのに。
どうすれば伝わるのかな。惨めだ。




