駆け引き
『望み:side和叶』
私が好きだと知っているから余裕なのかな。何だか悔しい。
意地悪で優しくて、強引で大切にしての繰り返し。
愛情が欲しいのは私のほうなのに。私の優しさに付け込むように甘えてくる。
私の気持ちなんて、何も知らない。
そうね、私はあなたに甘えてはいない。言ってもいないから。
あなたの突き放すような優しさで、物足りないなんて。
素直に言えるなら、言えたなら。今の状況は、もう少し変わっていたかもしれない。
『俺の事を好きだよね』
「好き。」
『何でもするから甘えて』
「もっと触れて欲しい。」
自分の表情なんか分からない。
恥ずかしさから逸らしていた視線は、今は捕らえられたように真っ直ぐ見つめて。
信じられない程、簡単に出てしまう甘い声。
自分が覆るような感覚。
彼の両手が頬を緩やかに撫でる。
彼は指で私の唇を押さえ、もう片方の手は髪をかき上げるようにして耳に触れた。
目を閉じた一颯くんの顔が近づいて、私の鼻筋を唇が滑る。
自分から顔を上げ、唇から彼の指が離れて。軽く重なる口づけ。
自分から望んだように、彼を導く様な仕草だった。
甘えるから触れて欲しい。もっと愛情を。
貪欲になって、溺れた末路。
駆け引き:side清水
「気持ち悪い。リア充、滅びろ。」
松沢の声なんて聞こえない。
口元が緩んで、自分ではどうにもならない程の幸せ。
「ふふ。くすくすくす。なぁ、松沢。俺の彼女が可愛い。」
「うげぇ。惚気やがった。」
いつもは絡んでくるのに、俺を押し退けようとして話を聞こうとしない。
松沢は本命と、上手くいっていないのかな。
「くくっ。俺には助言する癖に。」
不味い。意地悪な事を言ってしまった自覚。
松沢のテンションは不機嫌から、どん底に落ちた。
「ごめん、悪かった。もう惚気たりしない。」
何度か逃した、謝るタイミング。今日は間に合ったみたいで安心する。
テンションは少しだけ浮上したのか、俺の方に向けて苦笑。
「へへ。お前を幸せから突き落してやるよ。」
あ。これ、ダメなやつだ。
松沢は不気味な笑いを残して、俺に背を向けて去って行く。
向かった先が松沢の席だから、追いかけるのはやめたけど。
授業中、幸せの絶頂から不安に追いやられた感覚。
次の休み時間から、無口な松沢のご機嫌をとろうとしたけど成果はなかった。
放課後。奴が動く。
和叶に近づき、俺には聞こえない短い言葉を告げた。
止めようと近づいた時には、終わった後。
和叶の俺に対する視線は冷たく、素っ気ない態度。明らかな距離。
何を言えば、こうなるんだ?
松沢は俺を流し目で見る程度。
「俺、用事があるから。今日の作業はないし、気を付けて帰れよ。」
松沢の突き放したような冷たい視線と声に、和叶も戸惑いを見せる。
「彼、どうしたの。何かあったんでしょ?」
胸にはスッキリしない重み。
俺に距離を置きながら、松沢の心配とか。今回は原因が自分にあるとはいえ、面白くない。
嫉妬より黒い感情が渦巻く。
「ねぇ。和叶は、あいつの本命が誰なのか知っているのかな?」
和叶は俺に対して、様子を探るような眼。
観察力に募るのは苛立ち。
俺の知らない松沢の本命。知っているんだよね。俺には言えないと、思っているんだろうけど。
分かっていても、自分の感情なんかコントロールできない。
「あいつの事が気になる?俺は、あいつが君に何を言ったのか……その方が気になるよ。」
逃げ腰になる彼女の手を捕らえ、視線を逸らそうとする顔を止めようと、首元に手を当てて滑らせていく。
「一颯くん、まだ教室には人がいるから。」
遠慮気味な抵抗は、俺の気持ちに対する配慮もあるかもしれない。だけど。
「君は周りをいつも気にするよね、俺は二の次?」
子ども染みた我儘。
そんな情けなさも消える。醜い感情。嫌われるのが怖いくせに。
君が俺を好きなのを知っている。それは、どこまで?
俺の愛情を受け入れてくれて、君も俺を望んでくれているのか。知りたい。
甘えて欲しい。もっと貪欲になる。それなのに。
俺達の関係を、たった一言が覆すなんて。
「悔しい。」
分かっているんだ。頭では。
君は優しいから俺を許してくれるよね?




