落とす
「松沢。何故、お前が毎回ここに居るのかな?」
「え?むしろ俺は、何で任を解かれた生徒会長様が居るのか不思議ですけど?」
ピリピリした空気の中、私はクラス委員の雑務を黙々と進める。
清水くんは推薦を受け、生徒会長になった。
クラス委員は私と、何故か立候補した松沢くんになったのだけど。
「松沢を、俺は信用していない。」
「ぶはっ!こいつ、俺以外の男なんて殺しかねない表情してやがる!」
松沢くんは、清水くんの様子に爆笑しているけど、我関せず作業を続けた。
「ははっ。笑い死ぬ!俺はお前が暴走して、篠崎にもっと嫌われるのが可哀相だから止めてやってんだよ?」
『嫌われる』
その単語に反応したのか、清水くんは口を閉ざす。
私の方を確認したのかな。視線を感じたけど、気付かない振り。
「篠崎は清水の事、嫌いなの?」
緊張感の増す空気に身が固くなる。
松沢くんは結局、清水くんの友達で、彼の味方なんだよね。
それでも私が言いそびれていた言葉を、告げやすい状況にしてくれたのは確か。
「ごめんなさい、嫌いは言い過ぎたと思う。だけど、それ以上は訊かないで。」
口早に言い切って、また私は逃げるような態度をしてしまう。
清水くんの事を好きなのは知られたくない。
安易に付き合えるとは思えないから。
彼の好意に幸せと不安を味わう。
断っても彼が諦めてくれないことに心は満ちて、自分の恋心を伝えることも出来ないのは卑怯だと自己嫌悪して。
彼の真っ直ぐな気持ちが炎のように私を責めているようだ。
そして恋い焦がれる。
まるで、この想いが身を滅ぼすような。
教室のドアが開いて、息を切らした女生徒が叫ぶ。
「清水くん、ここに居たの?早く、急いで!今日は生徒会で、重要な書類の引継ぎでしょ。放送したんだけど、気付かなかった?」
蒼白の清水くんに、私は言葉を失った。
彼は私たちに何も告げず、席を立って走っていく。
残った私と松沢くん。
少しの沈黙の後、私は作業を再開する。
「篠崎、本当の気持ちは言えないのか?」
松沢くんの声に一瞬だけ手を止め、震えている自分に気付く。
誤魔化すように動かそうとするけど、上手くいかない。
「松沢くんは、どうして複数の女の子たちと付き合うの?きっと本命はいるよね。……多分、その気持ちに近いのかも。」
自分の事を曖昧にして、出してしまった言葉を後悔する。
目を落として何も見ようとせず、ずっと感じていた疑問で誤魔化そうとした。卑怯だ。
「ごめんなさい。」
顔を上げ、視線を松沢くんに向けた。
すると松沢くんは、満足そうな笑みを浮かべて立ち上がる。
「あいつが、どうして篠崎を好きになったのか分かった気がするよ。そうだなぁ。許してあげる代わりに、俺のお願いを聞いてもらおうかな。」
私は清水くんの荷物も持って、松沢くんの指定した場所に向かった。
校舎の裏口、鍵が開いているから彼はいるはず。
ドアをそっと開けて覗くと、そこには落ち込んで沈んだ彼の背中が見えた。
「清水くん、大丈夫?」
話しかけながら外に出て、ゆっくり近づくけれど返事は無い。
彼の頭に、そっと手を乗せると少しの反応が返ってきた。
優しく撫で続けるけれど、無言で微動だにしない。
不安になって手を止め、乗せたまま反応をうかがう。
「続けて。」
小さな声でのオネダリ。
あぁ、こんな些細な事が愛しいなんて。
普段の彼とは違う一面。
「篠崎は俺を、もっと嫌いになったかな。」
「……少し、好きになったよ。」
無責任な言葉を出してしまったかもしれない。
だけど、今は本当の気持ちを告げても良い気がした。
松沢くんが教えてくれた秘密の場所。
清水くんは落ち込んだ時、ここに来て気持ちを切り替えるのだと聞いた。
失敗など、あまり見せない彼も私と同じように傷ついて、何度も自分を奮い立たせてきたのだと。
自分だけが必死で、失敗にくじけているわけじゃないのだと、あなたが教えてくれる。
もっと弱さも見せて欲しい。
愛しさに落ちていく。




