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王子の望む願いの代償

 ネイデルマーク城へは半日もかからず到着した。


 途中でぐらっと空間が揺らいで見えた気がしたが、異空間を通ったのかもしれない。


 つくづく思うが、力がある者はこうして容赦なく力を使いたがる。


 壮大にそびえ立つネイデルマーク城に圧倒される間もなく、馬車を降りて早々に盛大な音色に出迎えられる。


 四方八方からの光りを取り込み艷やかに輝く大理石の階段をルイの後ろについて歩く。


 城内に入ってからはざわめきとともに迎え入れられ、歩くたびに周りの者は道を開け、頭を垂れた。


 本当にこの男は王子なのだなとしみじみ思いながらも、余計なことは考えず、まわりはすべて壁に飾られた人物画だと思うように徹した。


「マリア、君は一体何者なんだい?」


「え?」


 それはそれはこれまた無駄な装飾がギラギラ施された豪勢でだだっ広い一室に通され、下がって良いと声をかけたルイに従い、ここまで付き添ってきていた人間たちはひとり、またひとりと姿を消していった。


 再びふたりになったところでルイが楽しそうに問いかけてくる。


「城内に入った途端に別人のように変わったね。存在感が圧倒的に違う。しぐさも振る舞いも、まるでずっとここにいたかのように完璧だ。本当に君はどこにいても動じることがないんだね」


 さすがは舞台の人間だと彼は瞳を細める。


「君には言われたくないよ」


 城内に入ってからの彼こそ、まさに王族に相応しい立派で威厳ある堂々とした立ち振る舞いだった。


 ヘラヘラと笑って「マリア、マリア……」と謝る優男はどこにもいない。


「マリアのことはまだまだ知らないことばかりだ。……それに、さっきから持っているその大きな袋は何なの?」


 荷物検査も通ったため、危険物ではないと判断されたらしい。


 そりゃこんなものが危険物だったら大変だ。


「寝袋さ」


「え?」


「ほら、こうして開いて使うんだ。野営の時など必需品だぞ」


「そ、それはわかるんだけど、どうして今、それを……」


「もしも寝床が与えられなかった場合、必要となってくるだろう」


「……俺が君に寝床を与えないとでも思ったの?」


「念には念を、な。基本どこででも寝られるんだが、あたしは寒さに弱いんだ。だから何かあった場合、これが必要となってくる」


 軽装に見えて中はなかなか暖かいのだ。


「それに、君の騎士になるのだといったらあのむさ苦しいやつらと生活を共にしなくてはならないんだろ? それだったら馬小屋にでも寝かせてもらったほうがまだマシだと思って」


「……馬以下な彼らに同情してもいいかな」


 わざとらしくこほんと咳払いをし、ルイが両手を広げる。


「ここが君の部屋だ」


「は? ずいぶん広すぎるな」


 あまりにも優遇されすぎている。


 不公平だとむさ苦しいやつらの乱が起こらないといいが。


「ひとりで不安なら俺もここへ越して来てもいいけど」


「正気か。それはもっと嫌だ」


 何が楽しくて今後主となる人間と公私混同で時をともに過ごさねばならないのだろうか。


「こっちがベランダだ」


 見える景色が素晴らしいのだと案内された先は確かに美しく、見える一帯全てが星空で覆われていた。


「……マリア」


 思わず見入っていたさなか、ルイの視線に気づき、顔を上げる。


「なんだ。さっきから改まって……それに、エクテスと呼ぶんじゃ……」


「ふたりのときはちゃんと君のことをマリアと呼ぶから」


 俺は君を忘れるわけではないからと。


「いや、別にそこまで気にしてもらわなくても平気だ」


 むしろあえて意識をされても気まずいだけだ。


「君から全てを奪ってしまったことを本当に申し訳なく思っている」


 まっすぐな瞳で姿勢を正し、彼は再び頭を下げる。


「だからそれは……」


「俺も君のために、君が望むことをできる限りしたいと思っている」


 それに関してはもう割り切っているから気にするなと言いかけたとき、何ひとつ不自由な思いはさせないから、と珍しく強い語調のルイに言葉をかぶせられる。


「マリア……君が望むのなら、俺自身も好きにしていい」


 そうして手を取られる。


 訴えかけてくる瞳は真剣そのものだ。


「何をしたって構わないから」


 きっと普通のご令嬢なら目が離せなくなるのだろうなと脳裏の奥で冷静に悟る。


「一国の王子がバカを言うな。国が傾くぞ」


「君から奪うものは同じくらい大きいと思っている」


「……自分が甘い顔で誘えば女はみんなあっさり心を許すとでも思っているのかい」


「ダメかい?」


「ダメに決まっているだろう」


 冗談じゃない、と振り払うと彼は「言うと思った」と満足そうに笑った。そして、


「ただ……」


「ただ?」


「妃に迎え入れるという願いだけは叶えられない。きっとわたしが王位継承だからな」


 ぽつりとそう続けた。


 全てを諦めたように肩をすくめて。


「寝言は寝てから言ってくれ」


「えっ……」


「大いに結構! きっちり二年後、二度と王族とは関わることのない静かなところに移動させてもらうよ。あたしはそれだけで十分だ」


「ああ。きっと叶えることを約束する」


「きっとじゃなくて、確実に頼むよ」 


「はは、かしこまりました」


 おどけた表情を見せ、呆れてものを言えなくなったあたしに対してルイは大袈裟な素振りで自身の胸元に手をあてた。


 たとえ一面に広がっているとはいえ、星の明かりだけでは彼の本当の気持ちは読めなかった。


「今日は疲れたと思うからゆっくり休んでくれ。明日、改めてまわりの人間を紹介するから」


 頼むから目立たせないでくれと願うも、そうはいかないようだ。


 日の当たらない場所で影のように行動することを望んでいたが、努めて声を明るくしたように見えるルイにはもう何も言い返せなかった。


 ルイの言う通り疲れてきたのか、これ以上この男とあれやこれやと話す気力すらなくなってきているのかもしれない。


 軽く室内やこれからの説明を受け、たったひとり残された広い部屋に備え付けられた天蓋付きの雄大なベットのうえに寝そべり、天井にも届きそうなほど大きな窓から見える満天の星空を眺め、ぼんやりしているうちに、いつの間にかあたしは眠りに落ちていた。


 明日からは騎士としての生活が始まる。


 ただし、名ばかりの騎士だ。


 まったく予期しない、どうなるかわからない先の見えない日々への懸念は、深い深い夢の中へと消えていった。

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