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魔王の正体

「君は卑怯だよ。あたしにしかできないと言われると、断れなくなってしまう」


 だからペテン師なのだ。


「あと、不思議なことに君の頼みは断れない」


「光栄だね」


 言うなりワインを口に含み、ルイはようやくこちらを見た。


「マリア」


「な、なんだい、改まって」


 真剣そのものな瞳に、目を疑う。


 軽口を叩いて飄々とした男はどこにもいない。


「これから先、何かが起こって俺もヘイデンも使い物にならないときは、シルヴィアーナ姫を守ってほしい」


 先日も頼まれたことだった。


「彼女をあのような目に合わせてしまったのは俺たちだ。彼女に罪はない。だが、なにかあったときにあの状態では、彼女は逃げ切れない。たとえグレイスやアイリーンといった優秀なヘイデンの護衛がいたとしても、彼らは真っ先にヘイデンにつくはずだからな」


「ああ、もちろんそのつもりだよ。でもその場合、ルイ、君はどうなる? あたしは君の……」


「俺は王子だから、黙っていてもどこかしら守られる対象にあるだろうから大丈夫だよ」


 少し考えたようだったが、ルイがきっぱり言い切る。


 だからその場合は付かなくていいと。


 彼はそう言っている。


 そして、でも……と言葉をつなぐ。


「何かを命じない限り、シルヴィアーナ姫の塔には誰ひとりとして寄り付こうとはしないから」


 何かが起こった時に真っ先に忘れ去られる場所ということか。


 確かに、あんなにも離れた場所に位置していたら咄嗟の時に近づこうとさえしないだろう。


「ここに移すということは不可能なのかい? ここから彼女のところは少しばかり距離がある」


 ここにいてくれるのであればもっと簡単におそばにつき、守り抜くことも可能だろう。


「そうできたらいいのだけど……ここにこさせるのはヘイデンが反対するだろうからね」


「……ひとつ聞いておくけど、君は君と弟王子のこのおかしな婚約関係について、正直なところどう思っているんだい?」


「と、いうと?」


「君は人に気ばかり使いすぎる。第二王子という立場をのぞいたら、どうしたいかと聞いているんだ」


「そうだなぁ……」


 グラスを飲み干し、ルイは遠い目をする。


「考えたことなかったなぁ。生まれたときからずっと、第二王子だったから。いつもこの国にとって一番良い方法ばかり考えて生きてきた」


 その言葉に感情はこもっていなかった。


 こもっていないのではなく、伴わなかったのかもしれないけど。


「ルイ」


「ん?」


「君の重圧はあたしには到底理解できるものではない。でも、ひとつだけ言えるのは、国をまとめる者が幸せでない国なんて、国民は幸せにすらたどり着けないんだよ」


 自らを犠牲にしてばかりの国王がどこにいる。


「マリアにそう言われると、考えさせられるね」


「よく考えるといい」


 あたしに言われなくても、だ。


「もともと自身の宿命を知っていたから、自然と諦めていたのかもしれない」


 そこで、ようやくルイはへラっと笑った。


 国を背負ったひとりの男のものではない。街でよく見ていた、軽率そのものの男の姿だった。


「俺は、ヘイデンとシルヴィアーナ姫が共にある未来を願うよ」


「ほう」


 ようやく観念したのか、ぽつりぽつりと答え始める。


「俺は彼らのように、あんなにも真剣に他人のことを想ったことがない」


 まぁ確かに。


 なんだかんだで妖精まで共有していたわけだし、あの末っ子王子と塔の上のお姫様は同じ思いなのだろう。


 あんな風に心底想いあっているであろう人間たちの中に入ってしまうくらいならばあたしでも潔く身を引きたくなってしまうだろう。でも、


「ルイ、欲しいものは欲しいといえ」


「え?」


「君はちょっとくらい欲張りなほうがいい。君のそばにいられる間なら、可能なことはあたしも協力してやるから」


「頼もしいね」


 ありがとう、とゆっくり瞳を閉じ、ルイは言った。


「それから」


「うん」


「魔王にとどめを刺すのは君であってほしいと思ってるんだ」


「……は?」


 さすがに今のは、どさくさに紛れて言うべき言葉ではないだろう。


「な、何を……」


「ここの人間は誰ひとり、魔王を前にしたら動けなくなると思うからね」


「ちょ……ちょっと待ってくれ、ルイ」


 あまりにもいきなりの物言いに、またも脳内を整理する必要がある。


「ま、魔王のとどめを刺すのはあたしだって? 冗談だろう?」


 なぜ、あたしがそんな恐ろしい大役を……


「必ず近いうちに魔王は復活をする。でも、その前に魔王を葬る必要がある」


「ま、まぁ、何事も早いに越したことはないが……あまりにも責任が大きすぎる」


「前も約束した通り、君を解放したあとは、マリアにとって完全なる自由を与えられるよう約束しよう」


「し、しかしながら……」


 魔王を倒したとなれば一大事だ。


 間違いなく普通の生活は送れなくなるだろう。


「ルイ、君も知っていると思うけど、あたしは体術しか使えない。肝心なときに役に立てるとは思えない」


 魔王とはどのようなものか、想像さえつかない。


 実態があるものなのかないものなのか……想像では黒くて巨大でモヤモヤとした雰囲気のものが蠢いている印象だが、それらも想像に過ぎない。


 実際には、人間ならざるものというものは凄まじく計り知れない存在で、想像を絶する果てしないもののように感じるはずだろう。


「万が一のことも考えて、勇者にも協力してもらいたいと思っている」


「協力なんてしてもらわなくても、せっかく勇者なんて存在がいるんだ。ひと思いにさくっと勇者に倒してもらえばいいものを」


「まぁ、そうなんだけどね」


 あまりに含みのある言い方がひどく気になる。


 彼に仕えると決めたのはあたし自身だし、もちろん魔王討伐にだって加勢して、できる限りの協力をしたいとは思っているけど、とどめを刺すというのは話が変わってくる。


 なぜあたしが、と何度だって苦言したくなる。


「それに、備えるといったって魔王がいつ復活するかもわからないし、対処のしようがないじゃないか」


「ああ、そのあたりは問題ないんだ」


「……なぜだ」


 ルイにはときたまこういう事がある。


 まるですべてを見透かしているような。


「ある程度の予測はできるんだ」


 ずっと不思議に思っていた。


 なぜ、すべてをわかったように言うのかって。


「だって、俺が魔王だから」


 男はサラリと言い放ち、まるで気にしない様子であたしの返答を待っているように見えた。


 

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