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過去の回想と乱れた秩序

 シロンドの街はもともと恵まれた土地ではなかったけど、二年前のある事件以来、自然災害は増え、街の治安は一気に悪くなった。


 あれは、悪夢の出来事だったと言われている。


 ある小さな街を魔物たちが襲ったのだ。


 シロンドの街からはずいぶん離れた土地だったらしいが、それでもその話はすぐに回ってきて人々を恐怖のどん底へと叩き落とした。


 運良く事前に備えていたらしい騎士や術師のおかげで被害者は少なかったそうなのだけど、街自体にはずいぶんと大きな被害が出たという。


 それからは国を代表する術師たちも街を訪れることが増え、結界を張ってもらったり護衛が巡回する機会も増えた。


 それでも少しずつ秩序も乱れ、裕福ではないが笑顔が絶えなかった……そんなシロンドの街も緊張感が漂い始め、加えて起こる問題の数々に悩まされるという不安定な世の中に変わってしまった。


 街が荒れれば侵入者も増える。


 野盗たちの格好の餌食となった。


 恩義はあった。


 歌姫ともてはやされ、空いている時間は染物屋の手伝いを行った。


 ガサツで不器用なあたしが彼らの役に立てることなんて荷物を運ぶことくらいだったけど、いろんな人が毎日声をかけてくれたし、養父も養母も本当によくしてくれた。


 街に入る際は、街を囲む大きな川を渡る必要がある。


 一応、橋の前に番人は立っていたけど、それらさえも容赦なく攻撃して街に乱入してくる輩が増えたため、あたしやアンネは夜の街を出歩かないよう言いつけられるようになった。


 どんなときでも楽しいことを見つけ出し、ささやかな娯楽を精一杯堪能し、前向きに生きようとするシロンドの街が大好きだった。


 あたしが夜、アンネの協力のもと家を抜け、エクテスになったのは、このときからだった。


 もう二度と戦うことはないだろうと思っていたけど、そうばかりは言っていられない時代が来たことを悟った。


 舞台稽古の際、不要になった衣装を譲り受け、正体がバレないように仮面をつけた。


 地に足がついた場所でのあたしは無敵だ。


 最初の頃こそ不審な人物はつかまえることに躍起になっていたけど、それではキリがない。


 できるだけ被害がないうちに打ち負かし、二度とここへは立ち寄らせないよう追い払うことに徹するのが一番手っ取り早い方法だった。


『加勢するよ』


 ある日、突然現れたのはルイで、彼は鍛冶屋のじいさんの遠い親戚にあたる人物だと言っていた。


 洗礼された身のこなしは、まさか王子とは思っていなかったが、良いところの人間なんだろうなと薄々は思っていて、それでもその気さくな人柄からすぐに仲良くなった。


 彼はたまにじいさんのお使いで街を離れることはあったけど、それ以外の何かあった日の夜は共に戦うことが増えた。


 あたしやルイが仮面をつけて戦うことも、街の人たちは次第にひとつの娯楽だと言い始め、恐れることなく応援し、支えてくれるようになっていった。


 ルイの強さは眼を見張るものがあり、上品な立ち振る舞いからは想像できないくらいしなやかに相手から戦意を奪う。それがルイの戦い方だった。


 こんなご時世でなければ彼に手合せを願い出たかったくらいだ。


「……マリア」


 頭上から声が聞こえ、顔を上げるとルイその人がいた。


 不思議だと思う。


 あのルイが王子だったなんて。


 いや、王子だと聞いていろいろと納得できた部分のほうが多いのも否定はできない。


 なんだかんだで思い返してみるとあえては隠そうとしていなかったように見える……などと最近になってからは思う。


「ここにいたのか。まだ冷えるだろう」


 寒くない? と彼は手に待つワインを手渡してくる。


「頭を冷やしていた。毎日が目まぐるしくて、こういう時間もないとパンクしてしまいそうだ」


 部屋着に着替え、バルコニーに出たあたしはルイの護衛の姿からは解き放たれ、自由を手に入れていた。


 風になびく長い髪をかきあげ、ゆっくりため息をつく。


「ルイ、話してほしい。あたしは何をするためここへ来て、どうすれば君の役にたてるのかということを」


 でないと、目的がないと動けない。


「そうだね」


 ルイも隣に腰を下ろす。


「そのつもりできたんだ。君にしかできないことだけど、やっぱり君から許可をもらっておきたいと思ってね」


 こちらを見ずにまっすぐ前だけを見つめるルイはあたしの知らない人のように見えた。

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