青い月夜の銀狼
最終回になります。
サラサラとススキが風に揺られ、虫たちの鳴き声も移ろい、夏の終わりを告げていた。
母が亡くなってから丁度一年。リンはマユミとアイと共に墓前に花を供える。
そして夕暮れ、今日もまた赤い月が昇る。
「マユミさん、アイさん、母様の供養に来てくれてありがとう。そして、私の命を救ってくれたこと、感謝しているわ。」
「何よ今更、水くさいわよ?リンったら、隊長に似てきたのかしら?」
アイはいつものお茶らけで和ませようとして絡んで来るが、続く言葉を言わせたく無かったのかも知れない。
「本当に妹の様に可愛がってもらったわ。私、二人と居ると、とても楽しいの…でも、」
リンは、そこまで言いかけて言葉を詰まらせる。
マユミもアイも、リンの覚悟を知っていた。
困った様な、悲しい様な…こんな時にはどんな顔をしたら良いのか、二人とも解らなかった。
だから、リンの瞳をただ黙って見つめていた。
「…次の満月に、兄様に会いに行きます。お二人とはお別れです。今まで、ありがとうございました。」
純白の長い髪が風になびく。
あの時より背も伸びて少し大人びたリンが、母の墓を背に深く頭を下げた。
「全てを見届けてから去ります…それで良いね?」
「はい、ありがとうございます。」
三人の少女達には涙は無かった。有るのはそれぞれの決意のみ。
そして幾夜、世界を紅に染める満月の夜がやって来た。
マユミは張り巡らされた結界術を解く。
長兄の居場所は元の銀狼族の里。
すっかり朽ちてしまったリン達家族の家の中だ。
静かに歩を進めるリンを、マユミとアイは遠く大木の上から見つめていた。
リンが家の前まで辿り着くと、ゆらりと長兄が姿を現す。
交わす言葉も無く、見つめ合う一瞬の間の後に振るわれる長兄の爪。
一振り…二振り…だが、最早実力の差は歴然であった。
リンは、悲しそうな瞳で猛然と迫りくる長兄を見詰めていた。
「兄様…」
優しい兄であった。家族思いで、父を知らぬリンにとっては父親の様な存在であった。
「…兄様…」
泣き虫なリンを、いつも気に掛けて守ってくれた。
「……兄様、ありがとう…」
静かに…静かに…リンは兄の胸に飛び込み、その體をすり抜ける。
「さようなら、兄様」
全身を切り刻まれた兄は、振り返りも出来ずに膝から崩れる様に倒れ込む。
「…フッ…フッ…ゴホッ…リン…強く…なったな…」
「…兄様!?…兄様!もしかして!!」
「…恐ろしい…夢の中に居るようだった…オレは…オレ達は…ゴホッ!!」
リンは、正気を取り戻した兄に駆け寄り抱き起こすが、深い傷は明らかに致命傷であった。
「…これを…リンのお気に入りだったろう?」
兄が懐から取り出したのは、リンが誕生日に次女からもらったぬいぐるみであった。
「あ…あ…ぁ…」
「すま…な…かった…」
「ああああーー!!」
赤い…赤い…呪詛の満月は、その力を使い果たしたかのように、青く青く輝き出す。
慟哭の響く里の中、マユミとアイはそっとリンに寄り添う。
どれ程の時間が過ぎたであろう。
泣き疲れたリンが、マユミの腕の中で眠ってしまった時、スゥーッとマユミの體から抜け出る様に現れた銀狼の女性…リンの母である。
「マユミさん、私の我儘を受け入れて頂き、本当にありがとうございました。」
「この子も気付いて居たよ…健気に何も言わなかったけれども、良い子ね…。」
「はい…。これで安心して天に帰れます。」
「りんと会わなくても良いのかい?」
「フフッ…死人は死人。これ以上は成りません。でも、ありがとう。」
すると大地から湧き上がる様に光の粒が現れ、フワリフワリと舞い始める。
「りん…私の娘…どうか、健やかに…幸せになってね…」
そしてリンの母は、光と共に天に帰って行った。
「……母様…。」
どんな夢を見ているのだろうか…。そう寝言で呟いたリンの寝顔は年相応に幼く、安らかで幸せそうな笑顔であった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!