敗走
「ガーーッ!!」
ザシュ!ザシュ!ザシュ!
「っう!…くっ!」
断続的なリンと黒鉄の人狼達の戦いは、二夜にも及んでいた。
空には赤く細い月が昇り、月明かりに照らされた世界を赤く染めている。
赤い月…新月から始まる狂気の渦は、夜毎にその禍を強めている。それが元凶であるのか、啓示であるのかは定かではないが、月明かりが強くなるごとに黒鉄の人狼は力を増していた。
そして、届かなかった黒鉄の人狼達の攻撃も、次第にリンを傷つけ始める。
三夜目…。
遂に残るはリンと長兄のみとなった。
苛烈な斬撃をリンは巧みに受け流すも、流した血が多過ぎたのだ。霞む両目に流れ込む自らの血もリンの視界を奪って、更に體を抉られる。
リンは辛うじて動く両足で、ススキの生茂る平原を走る。
しかし、既に両手の腱を切られ、體の至る所の神経を切断されたリンに、勝機は訪れなかった。
足を斬られたリンは、走る勢いそのままに地面を転がった。
「…ここまでか……母様…」
もう立ち上がる事すら出来ず、リンは覚悟を決める。
母様…あぁ…母様の匂い…。
「…母様?」
「助ける。喋るな。」
酷く冷たく響いたその言葉とは裏腹に、赤子の様に優しく抱き上げられると私は意識を手離した。