もしもの話
夕方、歩道橋の上から見た夕焼けが、なぜだかとても重たかった。
赤い色が沈むだけなのに、喉の奥が詰まるようだった。
君がいなくなって、そろそろ一年になる。
事故だった。
よくある「ほんの数秒のタイミングのずれ」が、すべてを決定づけた。
車が曲がった。自転車が止まりきれなかった。
その場にいたのが、君だった。それだけ。
「もし、僕が先に出ていたら」
何度もそう思った。
何千回も。
そして最近、思うようになったんだ。
「もし、死んだのが僕だったら」って。
そうしたら、君はどうしていただろう。
泣いただろうか。
怒っただろうか。
声を殺して部屋の隅にうずくまっただろうか。
それとも、外に出て、大きな声で泣いただろうか。
僕が毎日しているように。
「生き残った人の方が、苦しいんだよ」
誰かが言った言葉を、僕は覚えている。
でも、それは全部の人に当てはまるものじゃないってことも、知っている。
生きて、苦しんで、壊れる人もいれば、
死んでしまう方が、もっと楽だった人もいるのかもしれない。
でも君は、たぶん違った。
君はきっと、生きていても、泣きながら笑っただろう。
「最低だ」って言いながら、
ちゃんとご飯を食べて、
きっと、誰かと話して、
少しずつ、ほんの少しずつ、歩いて行った気がする。
君は、強かった。
だけど、優しかったから、きっと僕を許せなかったかもしれない。
「なぜあなたなの?」って、
胸にずっと問いを抱えたまま、生きていったのかもしれない。
……そう思うと、苦しくなる。
死んだのが僕だったら、君を苦しめることになったんだ。
生き残った僕は、君がいないことで苦しんでいる。
どっちに転んでも、誰かが苦しむ。
そんな答えしかない。
それでも、もし願いが叶うなら、
僕はやっぱり、君に生きていてほしかった。
たとえ、僕がいなくなることになったとしても。
君の笑い声が、まだこの世界のどこかで鳴っているなら、
それだけで、充分だった。
でも、そうはならなかった。
残ったのは僕だ。
本当は、もうすこし、君のことを忘れられると思っていた。
日々の忙しさが、記憶を削っていくのだと。
でも、違った。
君は、どんどん鮮明になっていく。
いつまで経っても、君の声も、笑い方も、全部、僕の中で生きている。
僕は、生き残った。
その事実に意味なんてないかもしれない。
でも、だからこそ、君の代わりに考え続けることが、
僕にできる唯一の償いかもしれない。
君がこの空の下で、泣いていた世界があったとしたら──
僕は、きっと空の上から、
君に「ごめんね」と言いたくなるだろう。
でも、今の世界では、
君がいなくて、僕が残った。
この世界で、僕は、
君の分まで苦しんでいる。
だからせめて、君が向こうで笑っていられることを、祈るよ。
僕はもう、十分に泣いたから。
きっと明日は、少しだけ、顔を上げてみる。
君の分まで。
それが、僕にできる
ささやかな「生きる」という選択だから。