クロが消えた日
夜中、ふと目を覚ますと
布団の上の重さが、軽くなった気がした
「クロ……?」
私のお気に入りの黒い布団の上で丸まって寝ているクロ
ちょっと黒加減が違うから、飼い主だとすぐ見つける
――返事がない
「クロ……?」
私は、もう一度名前を呼んだ
いつものように耳をピクピクと動かさない
普段は怒られるけど、寝てる所に手を出してみる
小さな体は、まだ温かかったけれど――動かない
あぁ……この日が来たか
クロはもう
ここには居ないんだ
私はクロを驚かせないようにスッと布団から出た
タンスからタオルを出しそっとくるむ
リビングの、クロがいつも寝ていたソファに寝かしつける
――
泣きたい
でも、涙は不思議と出ない
感情は何かが無いだけだ
分からない何かがポッカリ無くなってしまった
その後は何をしたかあまり覚えていない
娘や夫を起こしてクロに会わせてあげた気がする
夫は明日も救命士の仕事で忙しいのに色々としてくれた
夫の父の入院でも気が病んでるのに
――
朝になった
「クロ……」
つい、いつものようにソファで寝ているクロに話しかける
クロは動かない
覚悟を決めクローゼットから喪服を出そうとする
「……まさか 今日」
クローゼットの中には見慣れない白い服が数着増えている
形状から喪服のソレを手に取る
普段着より質の良い生地
喪服用の真っ黒な色だった物は、他の白よりも白く輝いているように見えた
ポケットのスマホが凄い速度で通知がなる
やはり黒色が消えたのだろうと取り出す
『世界中で、青色が消えた』『黒色も今消えた』『1日に2色なんて 世界の終わりは近い』
亡色対応変換されたコントラストが弱く読みにくい文字達が並ぶ
衝撃的な内容だが、どうでも良くなってスマホをしまう
「何で、クロの今日に」
窓から外を見る
真っ白な空が広がっている
昨日までなら驚いただろう、今はただ空を見るだけだった
――
リビングのドアを開けた瞬間、ショックで崩れ落ちた
ソファの上のクロが――抜け殻のような白になっている
「……そんな……」
17年間 親しんだクロ
他のどの色よりも好きだった色が
名前の通り、色までも世界に取られてしまった
――
何時間経ったか分からない
ただクロをぼんやりと見つめていた
『ガチャ』
高校生の娘が、真っ白な観葉植物の横を抜けリビングに入ってくる
「これ、クロのために昨日描いたの」
そう言って見せた猫の絵
なんとなく輪郭や顔は見える
全体が真っ白な猫の絵
「昨日描いたから ここにはちゃんと黒い絵の具が塗られてるはず」
私はただ「ありがとう……」とだけ返した
真っ白な絵をクロを撫でるようにそっと触れる
指に伝わる黒い絵の具の感触を心に刻む
何かが無くなった穴が少し小さくなる