赤色
サイレンが住宅街に響く
救急車が急いで、しかし安全に確実に現場へと近づく
『事故現場は灰島住宅地の交差点――普通車と子乗せ自転車――母子ともに意識不明』
住宅地 自転車 母子 意識不明
救命士は近隣であった数年前の事故を思い出す
「今度は助ける」
救急車が交差点に滑り込む
男は飛び降り、担架と医療バッグを手際よく用意した
先着していたパトカーの警察官が、心臓マッサージをしているのが見える
――数分でも早く処置してくれてるのは、ありがたい
「かわります」
警察官は安堵の表情を浮かべた
ようやく専門家が来た――そんな顔だった
「成人女性、出血多量! 男の子は胸部を打ち心肺停止 !」
簡潔に引き継ぎを受ける
男の子は同僚が担当 母の出血を調べる
女性の血が、白いアスファルトに広がっていた
あの日の光景が脳裏にフラッシュバックする
景色が二重写しになる
同じような交差点 同じような日 同じような母と子 救えなかった命
「出血なんて……無くなれよ」
俺の声が漏れた瞬間――
……
――
「……えっ?」
おかしい 視界から急に色が抜け落ちた
服に液体だけは付いてる
周囲も騒然とし始める
止まれの標識も
救急車の赤ランプも
出血した血も
世界から【赤】が消えた
くそ……このタイミングで
「おい 出血量 分かんねえぞ!」
周りの隊員は混乱を隠せない
周囲が混乱する中で、彼は逆に冷静になっていった
「落ち着け 血の感触も 温度もある」
彼は傷を探る 血の流れを読み取る
経験の中にある赤をイメージする
視えなくても感じろ 色ではなく命を
――
やれることは、やった
止血 気道確保 応急輸血処置 そして搬送の準備
あとは車内と病院での処置次第だ
彼は救急車に乗り込む前に、ふと交差点を振り返る
色を持たないまま重なっていく、あの時の記憶
―住宅地 自転車 白い道路 白い血
「いつまでも引きずってはいられない」
白い唇から漏れたその呟きは、後悔とも覚悟とも取れなかった