最後のゲーム
それは、いつのことだったか…。暗く、音のない夜。
一人の男が床に書かれた魔法陣の前で、悪魔の呼び出しに成功、そして今まさにそれと契約しようとしていた。
「フフフ…、貴様は運が良い、我輩こそ魔界で最強の悪魔〇〇だ!」それは黒光りした、まるで黒豹を思わせる、しなやかな肢体を持った一体の悪魔だった。(ただ、名前はどうしても聞き取れなかった。)
男はしばらく渋い顔をしながら何かを考え込んでいた。そして「う〜ん…、悪いけどやっぱキャンセルしてもいいかな?」と言い放った。
悪魔は、「どうした?我輩の強大さに今更恐れをなしたか?」と聞く。男は「…あんたは本当に最強最悪の悪魔なのか?ひょっとして『自称・最強』ってやつじゃないのか?よくいるんだよねそーゆーヤツ。」
悪魔は答える。「いやいや、『自称』などではない、正真正銘の『最強』だ」
男「でもなー、アニメでもゲームでも、話の最初に登場する悪役は、たいてい最弱で、主人公を引き立たせるための咬ませ犬だよね~。そんで主人公に倒された後にそいつの仲間が登場してこう言うんだよ…『ククク…どうせヤツは魔界四天王の中でも最弱…』とか」
それを聞いてドン引きする悪魔。「待て待て、どうやら貴様は少しばかり妄想が激しい人間のようだ、だったら我輩が最強であることを証明してみせよう、貴様が普段憎いと思ってる相手をここに連れてきて殺してみせよう」「いや、それはいいや。別に殺したいヤツなんていないし」「なんだと?ではそもそも何故我輩を召喚したのだ?何かとてつもない願いがあってのことだろう?」
「いや〜、対戦ゲームの相手が欲しいなーと思ってさー。」「友達としろよ!ゲームなんて悪魔呼ぶようなことかよ!」「いや…、でも俺友達いないし……。」「……あ、なんかゴメン。」
しばらく沈黙が続く…。先に口火を切ったのは悪魔の方だった。「あ…、じゃあゲームする?」「……うん。」
それから二人(?)で一晩中、ゲームした。
「…ゲーム、好きなんだな。」「ゲームしてる間は嫌な現実が忘れられるからね。」「現実は嫌か…?」「人付き合いはプレッシャーばかりでいいことないよ。だからついつい、一人でゲームの世界に逃げてしまう…、このままじゃいけないとわかってるんだけどね…。」「逃げちゃダメ…なのか?」「アニメの主人公も言ってるよ、『逃げちゃダメだ』って。」「逃げたいと思ってるのに、逃げちゃダメだとも思う…。人間て、不思議だな。」
「そう言えば魔界って、どんなところ?他にどんな悪魔がいるの?」
「人間界とそう変わらんな…、昔はいろんな悪魔がいたが、今じゃほとんど残ってない。勇者があらかた殺してしまったからな。」
「え、勇者がいるの?」
「いるさ…、しかもそいつスゲー強いヤツでさ、魔王様もそいつに殺られてしまった…。で、ほどなくして魔王軍も壊滅…。だから今じゃ我輩が最強ってのもウソじゃないぞ。四天王の仲間もみんな死んで、我輩だけ運良く生き残れたからな。」
男は思った。(じゃあやっぱり四天王の中で最弱だったのでは…?自分より上が皆いなくなって、自動的に最強になれたってことは、そういうことだろ。)
その後、悪魔は男に悪魔を呼び出した理由を聞いた。今、全世界で強力なウイルスが蔓延していて、人類はもうすぐ滅びるらしい。男はすでに家族も友人も失い、一人ぼっちになってしまったから、寂しさを紛らわすためゲームの相手が欲しかった。相手は人間だろうが悪魔だろうが、なんでもよかった。(そうか、我輩と同じか…。)
やがて夜が明け、静かな朝を迎えた。それから何時間たっても、何日経っても世界は永遠に無音のままだった…。