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政略結婚が決まったので、意中のクールな王太子殿下にお別れを告げた結果、、、

作者: うちわ

 イブ・ロシュフォール侯爵令嬢、すなわち私は、幼少期の頃からある殿方に恋心を抱いていた。

 相手はクロード・シャントゥール王太子殿下。

 

 七歳の頃だった。

 両親に連れられて初めて訪れた王宮の舞踏会。


 当時の私は今よりも極度な人見知りで、舞踏会に着いて両親と離れた後、即座に広場の隅っこに逃げては、大人達の談笑をただただ眺めていた。


「良かったら僕と踊らないか?」


 そんな時、私の手を取って一緒にダンスを踊ってくれたのが、同い年のクロード殿下だった。


 常に冷静で落ち着いていて、基本口数も少ないお方だから、初めは何を考えているのか分からなくて、少し怖い印象もあったのだけれど、


「せっかく舞踏会に来たんだ。隅っこにいるなんて退屈だろう? 一緒に楽しもう」


 実際に話してみると、王太子なのに全然偉ぶらない、他にも困っている人がいれば手を差し伸べ、誰であろうと意見をちゃんと聞いてくれて尊重してくれる、とても優しいお方だった。


 クロード殿下は勤勉な性格で、学問も武道も努力を惜しまず、年齢とともにますます魅力が増していき、品行方正、容姿端麗、文武両道といった言葉の似合う、非の打ち所のない殿方へと成長していった。


 そんなクロード殿下への憧れが、好意に変わるのに時間は掛からなかった。


 ちなみに恋のライバル? いや、実際には私は土俵にも立てていないのだけれど、 クロード殿下に想いを寄せる令嬢達も右肩上がりに増えていった。


 彼女達の気持ちは凄くよく分かる。

 正直私もクロード殿下の事が好きすぎて、寝ている時は何度も彼と結婚する光景を夢に見たものだ。


 ……。


 けれども、夢は所詮夢なのである。


 いつか覚める瞬間は訪れるものだと、私はある日理解した。


「フィリップ公爵家のご子息と結婚しなさい」


 父から出た一言だった。


 家の事業の繋がりをより深める為の政略結婚の話が私に舞い込んで来たのである。

 

 相手方は何も悪くない、悪くないのだけれど。

 

 クロード殿下に想いを寄せている私は、当然抵抗する。


 流石に「殿下が好きだから」が理由だと、「夢の見過ぎだ」って言われるので、身近なご貴族様に好意を寄せている体で話したのだけれど、


「これはお前のための縁談でもあるんだぞ、イブ。フィリップ公爵家に嫁げばより豊かな富を得る事が出来て将来の生活も安定するし、実際に相手方の令息にお会いしてみたんだが、これが凄い礼儀正しい好青年といった印象でな。絶対にお前を幸せにしてくれると俺は思った! これがお前に取っての一番の幸せなんだ! 分かってくれるな?」


「……」


 父はいつも私の話を聞かず、自分の理想を押しつけて来る人だった。


 分かってくれるなって何? 分かるわけ無いじゃない。

 これが私にとっての一番の幸せ? 勝手に決め付けないでよ!


「多額の支度金も出るそうです。アナタも幸せだし、私達もより豊かな暮らしが出来て幸せになれる。アナタを生んでここまで育ててあげた私達に、恩返しするチャンスだとは思わないのかしら? イブ。」


 今度は父の隣にいる母が、妹を撫でながらそう言ってきた。


 私は昔から母に嫌われている。

 顔が気に入らないらしい、妹と違って自分とあまり似てないからだとか。

 まあ、今となってはどうでも良いのだけれど。


 基本自分の目先の利益にしか興味がない母を人として敬う事など、私はもう出来なくなっていた。

 母の性分を色濃く受け継いで、私に嫌がらせをしてくる妹に対してもだ。

 

 今回の件で、母も妹も私の事を金蔓としか見ていないし、厄介払いが出来て清々しいとすら思っている事だろう。

 この家に私の話を聞いてくれる人なんていないのだ。


 ……。


 抵抗むなしく、私はフィリップ公爵家の令息様との婚約が決まった。

 そうして陰鬱な気持ちで迎えた次の舞踏会。


「イブ。一緒に踊ろう」


 クロード殿下がわざわざ私の前に来て、手を差し伸べて下さった。


 殿下はこれまで私が参加した舞踏会でも、こうして幾度となく私をタンスに誘って下さっていた。


 他の令嬢に対しても同じような事をしているのは分かっているけれど、私はそれでもこのひと時が幸せだったのだ。

 だから今回のお誘いも正直死ぬほど嬉しかった。


 でも、それでも__、


「申し訳ありません殿下。私、踊れませんわ」

「え!? 何で!?」

「え?」

「あ、いや。……体調でも悪いのか?」


 気のせいかしら、一瞬クロード殿下が大声で取り乱した様に見えたのだけれど。

 気のせいよね、そんな姿見た事ないし。


「いいえ。体調は問題ありませんわ。その、この度フィリップ公爵家の令息様との婚約が決まりまして」

「……」


「婚約者様がいるのに他の殿方と踊るのは流石に不誠実ではないかと。とても嬉しいお誘いなのですが、申し訳ございません」


 嫌々結婚させられてる感を表情に出すと印象が悪くなるので、私は本心を押し殺して努めて明るく振舞いながら、クロード殿下にそう言った。


 すると、


「ち、ちょっと待ってくれ。気絶しそうだ。これは現実なのか?」

「クロード殿下?」


 私の目の前で殿下がフラフラとしだした。


「え、どうしたのですか殿下!?」


 私は慌てて殿下に近づいて両肩を掴んで支える。


「大変だわ! 誰か人を呼ばないと!」

「イ、イブ待ってくれ。僕は大丈夫だから」

「全然大丈夫には見えませんわ!」

「いや、本当に大丈夫だから。そ、それより大事なことが」

「……大事なこと?」

「君はその令息の事が好きだったのか?」

「今はそんな事どうでもいいではありませんか!」

「ど、どうでもよくないんだ。教えてくれ。僕に取っては命に関わる大事な事なんだ」

「一体先ほどから何を仰っているのですか殿下!?」


 こんなに取り乱すクロード殿下を見た事がないので私も動揺する。


 だって冷静の『れ』の字もないのだもの。


 出来ればすぐに人を呼びたいけれど、このままでは殿下も引き下がらないと思い、状況を説明することにした。


「好きかどうかは、まだお会いもしていないので。これは、ロシュフォール家の事業の繋がりをより深めるための結婚ですので」

「君はそれで納得しているのか!?」

「貴族間の政略結婚は珍しい話ではありませんし、ロシュフォール侯爵家に生まれた以上は定めだと思っております」


 微塵も思っていない事を、取り繕った笑顔で口にする。

 

 本心と真逆の事を言う事がこんなに辛いとは思わなかった。


 再びクロード殿下が下を向いてフラフラとしだす。


「人を呼んできますわ!」


 そうして人を呼びに行こうとした私の手を、突如殿下が握ってきた。


「……僕が奥手だったのがいけなかったのか?」

「クロード殿下?」

「君が好きだ」

「え?」


 私は突然腕を引っ張られて、クロード殿下の胸元まで思い切り引き寄せられた。


 顔を上げると、かなりの至近距離に殿下の顔があって、


「僕はイブが好きなんだ! 世界で一番好きだ! 死ぬほど好きだ! 君無しの人生なんて僕には考えられないんだ!」

「……え、あの」

「だから、そんな婚約は破棄して僕の妃になってくれ!!」

「……」


 数秒の沈黙。


 な、にこの状況。


 何で私、今、殿下と密着して、いるの、かしら?

 胸がときめいているのは分かるけれど、頭の整理が追いつかない。


 殿下は今、何と言ったのかしら。


 私は殿下の言葉を頭の中で何度も反芻した。


 そして、


「……殿下」

「何だ!?」

「何をおっしゃっているのかよく分からないです」

「何でだ!? いや、だから君の事が好きなんだって!」

「そんなそぶり、だって私」

「七歳の時に初めて君を見て一目惚れだった! それで思わずダンスに誘ったんだ!」

「でも、私以外の方々にも手を差し伸べてダンスをされていたではありませんか?」

「あ、あれは君をダンスに誘った後、君の事が好きなのがバレたくなくて、照れ隠しで他の子も誘ってたと言うか、何と言うか。 ああ恥ずかしい! 一体僕は何を言っているんだ!」

「……」


 クロード殿下に再度好きと言われて、少しずつ愛されている実感が伴ってきた。


 どうしよう、ドキドキしてきた、胸がいっぱいで苦しい。


 慌てて殿下から離れる。


「え、ど、どうしましょう! 嘘、信じられないわ! 顔が熱い、赤くなってないかしら!? 殿下、私の事からかってませんか!? 私、容姿そんなに良くないですよ!? 醜いって言われたこともありますし!」

「いやからかってない! からかってないから! それに、醜いって誰に言われたんだ!? 節穴すぎるぞ! 誰だそんな不届き者は!」

「いえ、母と妹に日々言われておりましたので」


 殿下が驚いた顔を見せる。


「……君は家族からそんな事を言われていたのか?」

「いえ、あの。時折なのですが」

「一度でも実の家族に向ける言葉じゃないだろう! 君の父は、ロシュフォール侯爵は何と言っているんだ?」

「……父はあまり私の話を聞いてくれないので」


 殿下の両腕を見ると、強く握りこぶしが作られていた。


「……信じられない。ロシュフォール侯爵夫妻とは以前社交界で何度かあった事があるが、礼儀の行き届いた貴族夫婦という印象で、……僕も節穴だな。気が付かなくて済まなかった」

「い、いえ。家の問題ですので」

「君の痛みは僕の痛みだ。僕の問題でもある!」

「……殿下」

「良いかイブ、君は美しい! ブロンドの髪も赤い瞳も、整った鼻筋にやわらかな唇、滑らかな顎のライン。笑った時の笑顔を含めて、僕は君の全てが好きだ」

「……」

「外見だけじゃない。内面だって美しい。侯爵家である事をひけらかさず、誰に対しても優しく接して、困っている人が居たら手を差し伸べる。心の綺麗な君が好きだ」


 それは私が殿下に憧れてやり始めた事で、と弁明する暇もなく殿下が捲し立てる。


「君はとても魅力的で、そんな君に僕は一人の男として見てもらいたかった。だからこれまで必死に勉学も武道も努力してきた」


 殿下が話せば話すほど、私に対する本気度が伝わって来る。

 この方は本当に私の事を愛してくれているのだ。


「ちょっと待ってください。気絶しそうです。これは現実なのでしょうか?」

「現実だ! 僕と結婚してくれ! 君の答えが聴きたい。君の心の奥底にある本当の言葉を」

「……私」

「教えてくれ! 何があっても、僕が君を守るから!」


 殿下が私の心の奥底にある気持ちまで手を伸ばしてくれる。

 殿下への想いが溢れてくる。

 もう、自分の気持ちを偽る事なんて出来ない。


「私も、殿下が好きでした!」


□□□


 その後クロード殿下は、私の婚約の話を破棄して下さり、私はクロード殿下と正式に結婚することになった。


 そしてロシュフォール侯爵家における私の扱いを聞いた殿下は大層怒りを露わにし、私は、実家と縁を切る形で王族に嫁ぐことになった。


 当然支度金も送られなかった。

 父も母も妹も散財癖が凄くて、今は家系が火の車らしい。


 私に恨み言を吐いているのだそうだけど、今の私にとってはどうでも良い事だ。


「イブ。今日も君は美しい。今日も君といれて僕は幸せ者だ」

「ふふ、ありがとうございます」


 だって、クロード殿下と幸せを分かち合う事で忙しいのだから。

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