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『第七章~あたしに情報戦で勝とうなんて、百年早いっつーの』

「プラウラーな私、着陸ー!」

 レイコが方城と共に保健室に入ってきたので、奈々岡は久作から飛びのいた。泣きはらした目が真っ赤で腫れぼったい。

「リン、俺とかは気にすんな。状況はなんとなく知ってる。別に変な誤解とかしねーよ」

 方城が淡々と言うが奈々岡はハーフフレームをかけて、首を振った。方城の言葉に否定らしいが、どの部分にかは解からない。

「えーと、これ。アヤからだ。速河と露草先生にって言ってたぞ?」

 方城が黒いカバンを久作に差し出した。中身は、ケータイよりも一回り大きい無線機が二台。他にDVDディスクが一枚とメモが一枚。そして、麦藁帽子と奈々岡の一眼レフ。ディスクとメモは露草宛てだと付箋に書いてあった。それらを露草に渡したところで、ザッと雑音が聞こえた。無線機の一台からだ。

「あー、あー、速河久作ー、聞こえてる? アヤちゃんだ。あ、返事はいらねーよ。三分後に葵ちゃんとコンビネーションアタックかけるから、全員配置につけ。時計合わせるぞ? 四分十八秒、十九、二十……」

 久作は慌てて自分のデジタル時計を見るが、誤差はなかった。

「時計いいな? リカちゃんと須賀恭介はもう配置についてる。レーコと方城護はさっきいったとおりに。作戦開始の合図はリカちゃんから出るから、一分後にデータリンクONだ。オーバー」

 ザッと音がして無線機は沈黙した。言うまでもなく、久作にはアヤの意図はサッパリだった。

「速河、あとリン。ケータイを交換だ。リンはレイコと、速河は俺とだ。よし、レイコ、準備いいか?」

「あいよー! 準備オッケイ!」

「待ってくれ方城! 僕は?」

 方城は露草を顎で指し、レイコと共に保健室から出て行った。露草はというと、事務机にある一世代前のパソコンに向かっている。久作は方城のケータイにヘッドセットを繋ごうとして、方城のケータイの付箋メッセージに気付いた。そこには「マイクは消音{ミュート}」と書かれてあった。

 ヘッドセットを頭に装着、マイク部分にあるボタンでミュートにしたが、全く状況が飲み込めない。レイコのケータイから伸びるイヤホンを耳にした奈々岡も同じで、黙ったまま久作を見詰めていた。奈々岡の手にある真っ赤なケータイにピンマイクはなく、こちらもミュート環境らしい。

「よし、準備完了や。アヤ、いつでもいいでー?」

 露草は例のスクランブルケータイを肩と耳で挟んで、PCモニターをにらんでいた。久作と奈々岡はベッドから立ち上がり、露草の後ろに立つ。ダダン! 久作のヘッドセットが鳴った。バスケットボールが床を打つ音だ。

「野中先生。昼食のトマトが傷んでいたみたいで、速河くん、方城くん、須賀くんに加嶋と橘はそろって保健室です」

 野中というのは日本史担当の女性教師である。声の主はリカ。

「嘘! ごめんなさい。まさか痛んでいたなんて――」

 奈々岡が言いかけたが久作が素早く制した。

「ホークアイより各機。状況開始。ボギーツーは2‐A、ボギースリーは1‐A、プラウラーは職員室前にてそれぞれ待機。今から二分後に敵司令部にサイバーアタックをかける、オーバー」

 直後、露草のコバルトブルーのケータイが鳴った。露草はそれを奈々岡に放り、うなずく。奈々岡がケータイを開いた。

「もしもし……アヤちゃん? ……ええ、一年前に自殺したTさんというのは私の知り合いだけれど……そう、遺書の文面を知っているのは警察関連を除けば遺族と私くらいで……」

「プラウラー、状況知らせ」

「え? ……解かったわ。……そう、時野雄一くんという名前。中等部三年の一時期だけ顧問の先生に誘われてボクシング部にいたのだけれど、ミュージシャン、ピアニストの道に進むと本人は言ってすぐに辞めたの……アヤちゃん? 切れた?」

 久作の無線機から「変化なーし!」と声がした。レイコだ。

「よっしゃ、時間や。教師専用IDで桜桃データバンクにアクセス、教員履歴一覧。そっからハッキングマクロ展開。アヤ? そっちに転送するで? えー、当時の担任は、今は高等部1‐Aの担任、英語Ⅰの渡瀬センセ。剣道部の顧問は相沢センセ、化学担当や。ほー、凄いな。相沢センセは大学選手権で全国二位やって? 世界史の伊達センセがボクシング部顧問。ほほー、プロライセンス持ってたみたいやな。ボクサー崩れの教師いうんも珍しいなー。渡瀬センセは英検一級、これはこれで凄いっちゃ凄いんかな。空手部顧問の屋久センセはなーんも実績ないわ、お飾りかいな?」

「ホークアイより各機。渡瀬、相沢、伊達、屋久、マーク」

「ボギーツー、了解だ」

 久作と奈々岡の耳に方城の声が届いた。

「こちらボギースリー。相沢は現在1‐A。伊達は2‐A。状況変わらず」

 ピンポーン、ケータイが鳴った。奈々岡のケータイにメール着信、アヤからだ。内容は……。

「ホークアイよりプラウラー。職員室に侵入せよ。ターゲットは相沢と伊達、渡瀬の机。ピッキングツールの使い方は説明したとおり。日記の類があればそれを確保せよ。 ――ホークアイ」

 何! 覗き込んだ久作は思わず声を上げた。コールサイン・プラウラーはレイコだ。アヤがレイコに、職員室に忍び込めといっている。護衛もなしでそんな真似は危険すぎる。久作はヘッドセットに怒鳴ろうとして、それがミュート設定だったことを思い出し、無線機に向けた。

「ボギーワンよりホークアイ! 危険だ! 作戦中止を提案!」

 データリンク再開、ヘッドセットからアヤの声が聞こえる。

「こちらホークアイ、提案は却下。プラウラー、作戦続行」

 ダダン! とケータイが鳴って通信が切れる。メール着信だ。

「奈々岡鈴さま。知らないことが幸せだということもあります。 ――親切なアドバイザー」

 ブラックメールだ! 久作が大声を上げるより先に再びケータイが鳴る、データリンクである。

「こちらグレイハウンド、Bメール着信。繰り返す、Bメール着信」

「ホークアイより各機、状況をアップデート。ボギーツー、スリー、警戒せよ」

「ほー、伊達センセはヘヴィー級か。実績は大したことないな。まあ、ボクシングいうんは対戦カードで勝負決まるところあるから、いくら黄金の右いうても、ラッキーパンチでKOされることもあるか。それでも、ライセンス取得まで全試合一ラウンドKOやから、実力はあるんやろ。くじ運なかったんやろな。実力いうたら、時野いうんもなかなかやな。こっちも黄金の右の持ち主や。それやのにピアノいうんは、頭脳派格闘家いうところか? ま、ホンマにやりたいことをやるんが一番やな。トレーナーとしては悔し涙やろうけど、イヤイヤでやっても強うはなれんからな。ん? 伊達センセと相沢センセは同じ大学の先輩後輩かいな? 知らんかったなー」

 ピンポーン、呼び鈴は奈々岡の手にある、レイコのケータイからだ。ブラックメール、文面はグレイハウンド、リカと同じだ。奈々岡の顔がさっと青ざめる。久作が奈々岡の肩に手をやろうとすると、ダダン! メール着信。

「ピアノマンは黄金の右の持ち主で、トレーナーにとってはダイヤモンドの原石。手放せば大損だ。 ――ホークアイ」

 ホークアイ・アヤが露草の科白を繰り返している。

「ホークアイよりボギーツー、スリー、状況知らせ」

「こちらボギーツー。変化なしだ」

「ボギースリー、変わらず……いや、待て。所属不明機を補足。数、三。ボギーツー、後ろだ。接触までおよそ一分。狙いはおそらくクイーンだ」

「ホークアイよりボギーツー、スリー。状況をアップデート。オールウェポンズフリー、オールウェポンズフリー。ボギースリーはプランBに変更、特殊兵装の使用を許可する。迅速に対応せよ、繰り返す、迅速に対応せよ」

 データリンクで会話を聞いている奈々岡だが、状況は全く見えていないらしい。それは久作も同じだった。解かるのは、アヤが方城と須賀に交戦許可を出したこと、それだけだ。

 三人の敵がクイーン・奈々岡に迫っていると言っているが、それに方城と須賀で応じろとアヤは言っている。つまり、相手の狙いは奈々岡だが、場所はここではない。二人以外で今、襲撃される恐れがあるのは、リカとレイコ、そしてアヤ。しかしリカは1‐Cで授業中。アヤの所在は不明だが、相手に察知される場所にはいないだろう。残すは、職員室に忍び込んでいるレイコだ。方城は確か2‐Aの前で、須賀は1‐A。職員室は特別棟一階の隅にあり、二人からは全力疾走でも一分はかかる。久作のいる一階保健室からでも同じくだ。相手が久作の対峙した剣道部三人だとすると、無人であろう職員室のレイコは……。

「ダメだ! 間に合わない! レイコさん逃げろ!」

 久作はミュートを解除してヘッドセットに怒鳴った。が、すぐに気付く。

「しまった! あっちはリンさんのケータイか! リンクしてない!」

 久作は焦燥感から保健室を飛び出そうとしたが、次の通信で止まった。

「っしゃあ! ボギーツー、一機撃墜! 秒殺してやったぜ!」

「こちらボギースリー、敵機撃墜、残存一。どうする?」

「ホークアイよりボギーツー、スリー、状況をアップデート。追撃の必要なし、繰り返す、追撃の必要なし。ボギーツーはプラウラーの護衛に、ボギースリーはプランBを続行せよ、オーバー」

 終わった? 何だ? 全く状況は解からないが、方城と須賀があの剣道部三人のうち二人を倒し、レイコは無事らしい。しかし、だ。

「久作くん! あの! 全然解からないのだけれど、みんな、大丈夫なの?」

「プラウラーな私、再び着陸ー!」

 突然、保健室にレイコが入ってきて、久作は飛び上がりそうになった。妙な格好をしているが、怪我などのダメージはないようだ。

「何だ? レイコさん? 無事?」

 レイコは笑顔でVサイン。普段どおり、変わらずであった。変わっているのは、屋内なのに麦藁帽子をかぶっていることと、首から一眼レフを下げていること、くらいである。

「あの、加嶋さん? それって私のカメラ? いえ、別にいいのだけれど……」

 久作と同じく混乱しているようで、奈々岡の言葉は続かなかった。

「アヤー、速河がワケワカランいう顔しとるで? えー、ああ。速河、加嶋はアクディブ・デコイやって言うとるで?」

「デコイ……おとり?」

 ザッと無線機が音を立てた。

「ホークアイよりボギーワン。あたしに情報戦で勝とうなんて百年早いっつーの。ま、レーコの居場所に気付いたのと、ブラックメールと襲撃のレスポンスはなかなかのもんだけど、方城護と須賀恭介でダブルガードしてるとは思ってなかっただろうな、ひひひ! 剣道部だか何だか知らねーけど、真正面から勝負してあの二人に勝てるかってな。んで、レスポンスのよさで相手の規模と装備がかなり解かったし、それで向こうは手の内晒した、狙い通りになー。情報は量じゃなくて質だってことねん。クイーンによろしく、オーバー」

 久作は唖然としていた。無理矢理、無線機に耳を当てていた奈々岡も同じくである。

「あの、久作くん……アヤちゃんって、何者なの? いえ、アナタたちって何?」

「何だろうね? とりあえずアヤちゃんが凄いってことは聞いての通りで、方城と須賀も同じく、かな? レイコさんはどこにいたの?」

 奈々岡の一眼レフを構えてカメラマンごっこをやっているレイコ。ファインダーが久作に向けられた。

「私は校舎入り口のところをお散歩ー」

 バシャッ! フラッシュが久作を捉えた。知らずでシャッターを切ったレイコが慌てた。

「入り口って、つまり、あの会話は全部嘘だったってこと?」

 奈々岡が驚いていた。久作も似たようなものだった。

「レイコさんがデコイで、会話は……ジャミングか! 物凄い電子戦、いや、心理戦か? とにかく凄いな。こっちの手札は二枚か三枚なのに、相手は丸裸じゃないか。剣道部は捨て駒だとして、会話を盗聴できる設備とそれを扱える人物。レイコさんの居場所は……監視カメラ? 麦藁帽子で一眼レフなら、体型が似ているレイコさんは監視カメラにはリンさんだと見える。会話ではレイコさんは職員室にいることになってて、でも実際は校舎入り口。盗聴だけならレイコさんが襲われることはないから間違いない。ブラックメールで警告してきたのは、会話の内容が相手にとって不利だということか。データリンクとは別でメールでのやり取りもあった。メールでしか伝わらない情報は……」

 久作は方城のケータイを開いた。


「ホークアイよりプラウラー。職員室に侵入せよ。ターゲットは相沢と伊達の机。ピッキングツールの使い方は説明したとおり。日記の類があればそれを確保せよ。 ――ホークアイ」

「奈々岡鈴さま。知らないことが幸せだということもあります。 ――親切なアドバイザー」

「ピアノマンは黄金の右の持ち主で、トレーナーにとってはダイヤモンドの原石。手放せば大損だ。 ――ホークアイ」


 この直後に襲撃。メールが傍受されていたとしても、相手は露草がハッキングしていたことを知らない。アヤからの指示でヘッドセットをミュートにして、同じく奈々岡のケータイもミュート環境だったからだ。

 しかもアヤと露草はスクランブルケータイで会話しており、久作は無線機。無線機の一台はレイコの手にあり、アヤにも同じ装備。これらによる会話は傍受できないだろう。にも関わらず、これだけの情報をつかんでいる……と相手には見える。更に久作と奈々岡のケータイは、方城とレイコのものと交換されている。

 つまり、GPS追尾でケータイ通信だけを追えば、アヤと通信していたのは、久作と奈々岡だと見える。

 保健室にいる奈々岡が、アヤのメールに応えて職員室に入る。同じく保健室の久作は2‐Aの前。しかし実際は、方城が2‐Aの前、レイコが職員室……ではない。会話ではその配置で何やらアヤの作戦が展開しているように聞こえるが、レイコは校舎入り口で、方城と須賀はその付近で待機でもしていたのだろう。ケータイとメールを傍受している相手にしてみれば、ターゲットは職員室か、2‐Aの前か、1‐Aの前。しかし、そのどこにも誰もいない。

「それでもあの短時間でレイコさんを捉えられた。たぶん相手は奈々岡さんだと思ってたんだろうけどね。盗聴にメール傍受に監視カメラ、学園の防犯セキュリティを完全に牛耳った状態で、それでも奈々岡さんの居場所を突き止められず、デコイのレイコさんを狙った三人は方城と須賀に撃墜された。アヤちゃんの徹底的なジャミング、完璧な電子戦だ」

 久作は大きな溜息を一つ、アヤの頭脳に感服した。仮に露草がハッキングで得た情報が的外れだとしても、監視カメラでレイコを追える人間を探せばそれで話は終わりだ。相手は実働部隊を含めて相当の装備を所有しているようだが、アヤはその全てを逆手にとった戦術を展開した。

「アナタの動きは完全に把握しています」というブラックメールと襲撃は、「私はメールとケータイ通信を傍受しています」という意味であり、ついでに「監視カメラで捉えてます」ともなる。奈々岡を厳重に監視して包囲を縮める相手からの警告はしかし、アヤにとっては全くの無意味どころか、手の内と、自分の素性を晒す結果となった。

 電子戦、ここに極まれり、久作は心からの拍手をアヤに送った。

「ボギースリーよりホークアイ。プランBにて先の残存機と遭遇、特殊兵装にて撃墜。予定通り敵レーダー施設を占拠、指示を」

「こちらホークアイ、状況をアップデート。アンノウンの処遇はウィザードに一任。ボギースリー、プランCを開封承認、オーバー」

「ボギースリー、了解。プランC開封」

 アヤによるプランBとやらで、須賀がいきなり敵拠点の一つを抑えた。久作が驚くのと同時に四限目終了を知らせるチャイムが響く。時刻は十六時。ヒトロクマルマル、合流時間だ。合流地点はポイントE2M。高等部校舎の東{イースト}、二階の音楽室{ミュージックルーム}である。

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