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『第十章~勇敢な永遠の絆にラッキーが重なった、そんなところかな?』

 ぱっと開いた視界には見慣れた天井があった。何度も世話になっている保健室だ。

 時刻は、久作は腕のデジタル時計を見た。

 六時十二分。

 外は雨だが、明け方のわずかな光が小さな窓から室内をぼんやりと照らしている。窓の前の小さな事務机に、数本のビール缶と、山盛りの灰皿、メタルフレームと、露草葵。白衣は脱ぎ捨てられており、白い半そでシャツとマイクロスカートから艶かしい手足が覗いていた。事務椅子に背を預けたまま、今にも崩れ落ちそうな姿勢で眠っている。

 保健室で飲み会を開いたのか、型破りにもほどがある。呆れつつ久作は上体を起こした。たっぷりと休息を取ったので、身体は軽かった。

 カーテンの向こう、もう一つのベッドに気配があった。そっと覗くと、ピンク色のブレザー姿の奈々岡鈴の姿があった。小さな寝息で胸が上下している、熟睡中らしい。

 その枕元に、オレンジのハーフフレームと同じくオレンジの軍用時計、そして一眼レフが見えた。奈々岡のベッドの横にパイプ椅子があり、そこに何枚かの写真と、ルーズリーフのノートが数枚、置かれている。

 久作はゆっくりとベッドから床に立ち、リングブーツを履いてパイプ椅子にある写真を手にして、ノートを見下ろした。文面がプライベートな日記の類でないことを確認し、そちらも手にした。ノートはどうやら、書きかけの記事らしかった。

 いくつかの文章があったが、どれも大きなバツ印で却下されている。


「暴かれた真実。教師による生徒殺害に学園が騒然」

「リングの上の悲劇。一年の時を経て晴らされた生徒の無念」

「事件解決の裏に、活躍する六人の影。学園の平和は守られた」


 記事見出しはどれも奈々岡らしくない、安直なものだった。続く記事も似たようなものだ。夜にでも書いたのだろうが、出来事を時系列で並べているだけで、まとまりがない。

「おはよう」

 低い声は奈々岡だった。顔を隠すようにして保健室の小さな洗面台に向かい、「少し待ってね」と言ってから、顔を洗って歯磨きを始めた。久作は大きく欠伸を一つ、ベッドに座って写真を眺めて待った。

 ぐぅ、と露草がいびきを一つ、首がかくりと揺れるが、起きる様子はなかった。

「お待たせ。酷い文章でしょう? とても掲載できるレベルじゃあないわ。頭が混乱してるのか、いい言葉が浮かばなくてね」

 ハーフフレームに手をやったまま、奈々岡はテレくさそうに言い、久作の隣に座った。久作は笑顔で応え、奈々岡の言葉を待った。下ろした髪を無造作にかき上げ、奈々岡は少し思案してから露草の方を見て、微笑んだ。

「言葉が浮かばないといえば、今もそう。ありがとう、それくらいしか浮かばないわ。本当は一言では言い表せないのに、出るのはその一言くらい。まだ頭が回っていないみたいね」

「色々とありすぎたから混乱してるんだよ。ありがとう、は、そこの露草先生とかアヤちゃんにでいいよ。僕は僕がやりたいようにやっただけさ」

 きっかけはどうあれ、久作は誰に命じられるわけでもなく、本人の意思で行動した。ここは間違いない。奈々岡が小さく溜息を付いた。

「謙虚というのか、変わっているというのか、とにかく不思議ね? アナタたちって。方城くんもアヤちゃんもリカさんも、みんな似たようなことを言っていたわ。そう、変わっていると言えば、須賀くんが、時野くんの誕生月を久作くんに伝えるようにと。四月よ」

「四月……ダイヤモンドとクウォーツだ。何となくそうじゃないかなと思っていたんだけど」

「ダイヤモンド? 何の話?」

 久作は立ち上がり、ボクシングのファイティングポーズからゆっくりと右手を出した。

「誕生石。モース硬度十、時野さんは本物のダイヤモンドの原石だったんだね。僕は五月、エメラルドとジェイド。硬度八だから時野さんには勝てないや。ちなみにリンさんは何月生まれ?」

 奈々岡が不思議そうな顔をして「三月だけど?」と応えた。

「三月は、アクアマリン。モース硬度七と二分の一。石言葉は「勇敢」、まさしくリンさんって感じだね。ダイヤモンドの石言葉は確か「永遠の絆・純潔」……凄いや」

「詳しいのね? ちなみに、エメラルドの石言葉って?」

「須賀がそんな本を持っていたから覚えてただけだよ。エメラルドは「幸運・新たな始まり」。勇敢な永遠の絆にラッキーが重なった、そんなところかな?」

 もう一度ゆっくりと拳を出してから、久作は奈々岡の隣に腰掛けた。

「リンさん。その腕時計、ちょっと見せてもらってもいいかな?」

 久作が言うと、奈々岡は腕にあったオレンジのミリタリーウォッチを外し、「どうぞ」と差し出した。

「ずっと気になってたんだけど、やっぱり。ネイビーシールズ・バーゼルモデルだ」

「似合わないでしょう? でもいいの。それ、時野くんからの誕生日プレゼントだから」

「史上最強のアメリカ海軍特殊部隊シールで、勇敢。似合ってるし、いい趣味だよ。時野さんと僕は気が合いそうだ」

 自分の腕にあるデジタル時計を見つつ、久作はつぶやいた。久作のデジタル時計はいつだったか気まぐれで買った安物で、ネイビーシールズと比べるとかなり見劣りした。

「空軍仕様のデジタル時計を探してネットをうろついたんだけど、なくってね。アナログ時計にしようか迷ったんだけど、結局こんな感じ。今度、アヤちゃんに探してもらおうかな? そうだ。アヤちゃんと言えば、今回のことを記事にするならこの写真がいいんじゃないかな?」

 数枚あった写真から一枚を抜き出し、オレンジのネイビーシールズと一緒に奈々岡に渡した。

「今回勝てたのは、間違いなくアヤちゃんのお陰だからね。僕や方城がどんなに頑張っても、アヤちゃんの電子戦がなければ負けてた、断言できる」

 渡された写真を見た奈々岡は、ぷっと吹き出して、くすくすと笑った。

 写真からはみ出た二つの金髪。半径二百五十メートル、高度三千メートルをカヴァーし、六百五十個もの目標を識別・追尾する鷹の目こと電子戦機ホークアイ、アヤが「あかんべー」と小さな舌を出していた。奈々岡は笑いが止まらないらしく、肩を大きく揺らして腹を抱えている。

 久作もつられて笑いつつ、保健室の小さな窓に向けてつぶやいた。

「ボギーワンより各機。マルロクサンマル、状況終了。平凡で退屈な、新たな日常の始まりだ」



♪「スニーカーズ」by Raptorz

(作詞:速河久作/歌:橘綾/作曲:加納勇介(G) 大道庄司(D)/編曲:真樹卓磨(B))


 退屈な日常なんて言葉があるが

 日常を退屈にしてるのは

 自分自身なのさ


 三歩も歩けば刺激だらけの世界

 その刺激に気付かないのは

 自分自身なのさ


 つまらない日々だとかくだらない世界だとか

 ありがちな理屈をこねる時間があったら

 お気に入りのスニーカーを履いて外に出よう


 見渡す周りがみんな

 退屈な日常を過ごしていると

 気付けばそれで一歩前進


 後はやりたいことを

 やりたいようにやればいい

 たったそれだけのこと


 簡単なことを難しくしているのは

 首から上の重たい頭

 刺激的な日常をくだらなくしているのは

 首から上の重たい頭


 だったらそれが動き出す前に

 お気に入りのスニーカーでダッシュだGO!


(――第十回、私立桜桃学園文化祭ライブより)



『ミラージュファイト・リングリング』――おわり

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