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『第一章~カニ社会における、名誉と地位の確立だとか』

 六月中旬、梅雨。

 私立桜桃{おうとう}学園高等部1‐Cの教室後方での昼食の際、速河久作{はやかわ・きゅうさく}の親友、須賀恭介{すが・きょうすけ}は「社会とは、自分を含めて三人以上の血縁者以外の集団である」と定義して「社会とは一つの生物だ」と断言した。

 すなわち、速河久作と、当人の須賀恭介、そして須賀と小学生からの仲であり、今では久作の親友でもある方城護{ほうじょう・まもる}の三人は、友達仲間でありクラスメイトであり、同時に、一つの生物でもある、というのが須賀の主張であり、結論だ。

「生命とは何か?」という問いに明確な答えを出せない現代科学において、それは未だに哲学者や詩人の手の内にあり、生命を有すると言われている生物もまた、発明家やマッドサイエンティストの手の内にある……という、やたらと難しい前置きをしてから、橘絢{たちばな・あや}は、カニクリーム・コロッケを半分に割って口にパクリ、「肉体は魂の器に過ぎない」というニーチェの言葉を持ち出した。

 ならばそのカニクリーム・コロッケは、日本海か太平洋かどこだか知らないが、そこの海にいたカニの魂の抜け殻であり、それにクリームの衣を乗せて綺麗に揚げられ、橘絢の小さな弁当箱を彩り、持ち主であるアヤを満面の笑みにさせているということだろう。つまりは、魂の器に過ぎないカニクリーム・コロッケでアヤは大喜びしており、ならばアヤを笑顔にさせたカニの魂の存在意義とは何なのか? という命題が久作の頭に浮かび、また、カニの社会において、クリームコロッケにされるということはどういうことなのか、という問いも浮かぶ。

「いい質問だ、速河。どこかの海の殖産会社傘下にあるカニ社会において、アヤくんの昼食や夕食のランキングに特別な意味があると仮定すると、そこで半分に割かれているカニは、相当の名誉を得ていると言えるだろう。たとえ、もはやカニかどうかすら解からない状態であろうと、彼だか彼女だかは、おそらく所属していたカニ社会において、料理の味にうるさいアヤくんを喜ばせることができた、という大変な快挙を成し遂げた、いわば英雄であり、カニ史上に名を残すに違いない」

 そうだそうだ、とアヤはうなずきつつ、その栄誉あるカニクリーム・コロッケを飲み込んで、隣に座る加嶋玲子{かしま・れいこ}に同意を求めて水筒からお茶を注ぎ、ずるずると音を立ててすすった。

「アヤちゃんのカニがスゴいカニさんなら、私のこのオニオンサラダもスゴい人かもしれないね?」

「いや、なんつーのかな? カニもなんだけどよ、サラダって人か? オニオンってのは、タマネギだよな?」

 加嶋玲子がフォークで持ち上げたオニオンサラダを、方城護が不思議そうな顔でみつめて、もっともな質問を久作と、その前方に座る橋井利佳子{はしい・りかこ}に向けた。久作の頭の中では、手足の生えたタマネギがレイコのフォークを握って、アヤの弁当箱から出てきた名誉あるカニに対して、なにかしら抗議のようなことをしていた。

「……あのね、須賀くんとアヤの考えてることは、まあ解からなくはないんだけど、さすがにもう頭が付いていかないから、話題を戻さない? ねえ、久作くん?」

 橋井利佳子が、心底疲れたと、その長い黒髪をかきあげるしぐさで訴え、久作は我に返った。

「そうだね。アヤちゃんの弁当の全部が、プラトンだかソクラテスだかの題材に見えてきた。自分が何を考えてるのか、もう解からないや。つまり、僕の日常っていうのはこんな感じに、結構忙しいんだよ。えーと……」

 久作がその尖った目で一人の女性のおでこの辺りを捉える。その視線に気付いたのか、バシャッ! とフラッシュの音がして、デジタルカメラが光った。

「桜桃学園広報部の、奈々岡鈴{ななおか・すず}です。あ、あんまりカメラ意識しないで下さい。自然体じゃないと臨場感が出ないんです」

 バシャッ! 再びシャッターが切られる。カメラに興味のない久作は、その一眼レフと呼ぶのか、レンズ部分が突き出したカメラから放たれるフラッシュに顔を背ける。カメラの知識は全くないが、それにしてもフラッシュの音は、とても現代的とは思えない。奈々岡と名乗った女性の持つ一眼レフは、十九世紀頃の、あの、ボンと爆発する白熱球を連想させる。

「いや、えっと、奈々岡さん? 意識するなって言われても、僕はカメラっていうのがどうも苦手で――」

 ババババッ! 奈々岡の一眼レフが連写モードに切り替わったらしく、久作の表情がコマ送りのようになり、デジタルメモリーに次々と保存されていく。

「ねぇ、奈々岡さんだったわよね? 久作くん、困ってるじゃあないの。そのカメラ、止めて――」

 ババババッ! 久作を代弁するように立ち上がったリカがコマ送りになる。

「ちょっと! 話くらい聞きなさいよ!」

 1‐Cのクラス委員、という肩書きは関係ないが、温厚で冷静、クラスを問わずの女性陣に「リカコさん」もしくは「リカちゃん」と呼ばれ慕われる橋井利佳子が、軽く怒鳴った。冷静といえば須賀恭介の代名詞なのだが、対外的には須賀に匹敵する冷静さを持つとされている(実は違うのだが)リカを、ものの数秒で怒鳴らせる。奈々岡鈴という女性とその手にある一眼レフは、なかなかのコンビのようだ。久作は少し感心した。

「ちゃんと聞いてますよ、リカコさん。うわ、さすがはミス桜桃の二冠、もうベテランモデルみたいですね? あ、視線こっちに下さーい」

 バシャッ! なおも抗議するリカの険しい表情が、デジタルメモリーに保存される。滅多なことでは怒らないリカなので、その一枚は案外、貴重かもしれない。一眼レフのピントが自分から離れた隙に、久作はそんなどうでもいいことを考えていた。

「だーかーら! あたしたちってば、スゲー忙しいんだってば! 生命倫理に関する考察とか、カニ社会における名誉と地位の確立だとか、学生としてやるべきことが山積みで、毎日毎日こうやって頭つき合わせてディスカッションをしてんの!」

 冷静なリカに対して、殆ど直情的ともいえるアヤが、イライラを通り越した大声を奈々岡の頭にぶつけると、バシャッ! とフラッシュがたかれた。

「あららー? アヤちゃんって何だか小さくて元気な小学生みたいなイメージがあったのだけど、ファインダー越しで見ると、かなりイケてるのね? その金髪も全然イヤミに見えないし、派手っぽいメイクも実際はクールに仕上がってて、こちらもさすが、ミス桜桃ってところかしら? でも、金髪を二つに束ねてるから、やっぱり何だか子供っぽいわね」

「初対面でアヤちゃんて呼ぶなー! んで、褒めたりけなしたりで、誰が小学生かー! 子供っぽいって、ウッセー! この髪型はカニ社会のステータスシンボルなんだよ!」

 弁当を投げ出して奈々岡に飛び掛ろうとしたアヤを、方城が後ろから羽交い絞めにした。もし方城がそうしていなければ、奈々岡はアヤ自慢の中国拳法で秒殺されていただろう。

 何といってもアヤは、流行の3D格闘ゲーム「ミラージュファイト」のキャラクターの一人、中国拳法の達人エディ・アレックス使いで、学園内外で完全無敵なのだから。「エディ・アレックス使いのアヤ」というだけで桜桃学園近郊で通じる、それくらいに強くて有名……まあ、実際に何かの技が使えるかどうかは別だが、少なくともアヤの、その言動からは想像できないほど卓越した頭脳を持ってすれば、案外、中国拳法の奥義の一つや二つくらい、出てきても不思議ではない。

「その、カニ社会? 何だか難しい話をしていたみたいだけれど、それはともかく、アナタが方城くんよね? ……大きくて二枚目! それでいてバスケ部のエースって、アナタ、男子が欲しい要素を全部集めたような人ね? モテるでしょう?」

 バババッ! 方城の鋭い顔付きが明滅する。しかし方城は、久作やリカとは違って、そのフラッシュを特に嫌がっている様子はない。

 さすがは一年にして桜桃学園高等部バスケ部のエース。「桜桃のスコアリングマシーン」ともなれば、対外試合、地区予選だとかインターハイ予選だとかがその舞台であり、カメラのフラッシュなど慣れっこなのだろう。学生バスケット雑誌に方城の記事が写真付きで掲載されることは珍しくもなく、方城は何というのか、場慣れしているのだ。

「ああ、俺が方城だよ、えーと、奈々岡さんだっけ? 俺がモテるかとか、そーいう話だったらいくらでもしてやるからさ、速河とかリカにカメラ向けるの、ちょっと止めてくれよ。何だか知らねーけど、アンタ、話を聞きたいとか言ってたろ? 俺は慣れてるけどさ、みんなはそーやってフラッシュまみれの中で話すなんての、慣れてないんだよ、解かるだろ? アンタもカメラマンならさ?」

「ふーん、さすがはエース、ディフェンスも完璧ってところかしら? まあ、確かにあなたの言うとおりかもね。一通り撮り終えたから……」

 膝を突いていた奈々岡はゆっくりと立ち上がり、片手でスカートを整え、ようやくカメラから顔を離した。脇においてあった四角いカバンの上に一眼レフを丁寧に置き、ハーフフレームのメガネの中央を中指で、くい、と上げる。

「撮影はまた後でいいとして、まず、「アンタ」じゃあなくて、奈々岡鈴{ななおか・すず}よ、方城護くん?」

「スズ?」

 方城に対して発した科白に、久作は思わず反応した。しまった、と思ったが、時、既に遅し。

「速河久作くん、よね? そう、スズっていうのが私の名前。珍しい? 古風? 変わってる? 十六年近く言われ続けてるからどーでもいいのだけれど、キュウサクっていう名前も随分と古風だと、私は思うけど?」

「いや、あの、そういう意味じゃあなくて……」

「いいの、言ったでしょう、もう慣れてるから、久作くん」

「ちょっと!」

 ステレオで声が上がった。リカとアヤが同時に、左右から発したのだ。

「リンリンのスズちゃん! 初対面で久作とか呼ぶのは、あたし反対だぞ! 馴れ馴れしい!」

「……以下同文」

 アヤが全て言い切ったので、リカは一言だけで引っ込んだ。

「同学年なんだからいいじゃいの。それでね、久作くん――」

 さすがはカメラマン、いや、ライターだったか。奈々岡鈴はリカとアヤの抗議を適当にあしらい、自分のペースを全く崩さない。いつの間にか椅子を手繰り寄せて座ってさえいる、久作の真正面に。


 奈々岡鈴。

 私立桜桃学園広報部に所属と名乗った同学年の女性は、1‐Aに在籍しているらしく、昼食が始まって五分ほどした頃に突然、久作たちの前に現れた。

 ハーフフレームのメガネが知的な印象を与えるが、顔立ちは同じく知的なリカよりも、どちらかといえば愛嬌溢れるレイコに近いかもしれない。すっと通った鼻筋の上、大きな瞳は濃紺で、まるで彼女が持つ一眼レフのようだったが、常に少し眠そうに半分閉じていて、その上にハーフフレームが重なるので、整った顔立ちなのだが瞳に存在感がない。ハーフフレームがまるで両目の代わりのようにアピールしている。まあメガネというのは本来そういった役目の道具なのだが、奈々岡鈴の場合、そのオレンジの、下半分だけのフレームのメガネが、まるで身体の一部のように見えた

 リカが腰まである黒いロングヘア、アヤが二つに束ねた金髪、レイコが耳を少し覆う淡いブラウンのショートボブなのに対して、奈々岡鈴はそのどれでもなかった。染めるでもない髪の後ろ半分をぐっと一つに束ねて垂らし、残り半分は顔の前にカーテンのような格好である。

 プロファイラーが仮に奈々岡鈴と対したとすると、彼女の心理を読み取るのはなかなかに困難かもしれない。

 瞳を、まぶた、ハーフフレーム、前髪と何重にもカヴァーされており、しかもその最前部にあの大きな一眼レフが重なれば、もう奈々岡の表情は読み取れないだろう。

 身長はリカとアヤの中間ほど、つまり、レイコと同じくらいだ。そして、体型もレイコにかなり似ていた。桜桃学園女子のブレザーは元々スカートが短くデザインされているのだが、そこから、綺麗なラインがスニーカまで伸びている。レイコのそれは中等部陸上でシェイプされたものだが、奈々岡も何かしら運動でもやっていたのかもしれない。もしくは、広報部というのは想像よりも肉体労働なのか。

 久作が、かなり無遠慮に自分たちのところに割り込んできた奈々岡鈴に気を許したのは、彼女の左手に、やたらとゴツいミリタリーウォッチが付いていたからだった。

 Gショック風のデザインだが見たことがなく、明らかに軍用モデルの廉価版だった。色こそハーフフレームと同じオレンジだが、耐圧、耐ショック、硬質ガラスに視認性と、腕時計にあるべき機能だけを集約した、そんな腕時計は、久作の趣味と見事に一致した。

 趣味といっても、久作にはコレクター気質のようなものはない。ただし、ある何か、例えば腕時計などに「機能美」を強く求める嗜好が久作にはあり、女性には到底似つかわしくない軍用の腕時計は、奈々岡鈴のトータルファッションを崩してはいたが、久作の気分をほぐすには十分だった。

 ミリタリーデザインの腕時計を女性が付けることはそれほど珍しくもないだろうが、ある女性を容姿だけで判断するときに、髪型だとか胸の大きさだとかではなく、腕時計から見てみると、奈々岡鈴という女性はまるで機能美の塊のような印象を久作に与えた。

 足元の履き古したスニーカや、あの一眼レフ。ハーフフレームや髪型まで含めて、奈々岡鈴は広報部の作業に必要なものだけを集約しており、当然、腕時計は日時や曜日を持ち主に正確に伝えるツールであり、そこに彼女はファッション性ではなく、精度や耐ショック性能、頑丈さといった機能を求めた。

 全て久作の洞察による想像だが、そういった人物だからこそ、アヤのアサルトライフルトーク(マシンガントークよりも殺傷能力が高い、アヤのハイスピードな会話)を器用にかわせたのだろう。

 初対面でアヤのアサルトライフルをかわせる人物が、まさか桜桃学園の同学年にいるとは思わなかった。この点も、久作が奈々岡鈴に対して、ぼんやりと興味を示した部分でもあった。

 が、しかし……。


「――だから、そのカニ社会における優位性と、社会生物の定義っていうのは、私には全くチンプンカンプンで、ついでにどうでもいいことなのよ」

「リンリンにゃどうでもよくても、あたしと須賀恭介と久作とリカちゃんと……つまり! あたしらリカちゃん軍団にゃ、とーっても重要な話なの!」

 久作と須賀恭介、方城護。そして、橋井利佳子、橘絢、加嶋玲子、通称「リカちゃん軍団」の三人が昼食を始めて、アヤがミラージュファイト2の話、つまり雑談をしているところに突然フラッシュがたかれた。

 皆がリアクションを取るより先にフラッシュの後ろから奈々岡鈴が現れ「取材に来ました!」と言った直後、須賀がそれまでのゲーム話を押しのけて、いきなり意味不明な会話を始め、アヤがそれに難解な相槌を打ち、会話に全く付いていけなくなった。それが一種の「ジャミング(妨害)」だと気付くのにかなりの時間がかかった。

 つまり須賀は、この奈々岡鈴という女性が、自分にとってどうにも邪魔な存在だと気付き、会話によるジャミングを行ったのだ。

 途中から聞いただけでは全く意味が解からない何やら難しい会話は、実際は、須賀以外の人物には全く無意味な言葉の羅列であり、会話の当事者である久作でさえ、意味が解からなかった。ここに初対面である奈々岡鈴が入ってくるのは不可能であり、須賀のジャミングは見事に成功した。

 それと同時に須賀は、アヤと連携してジャミング電波を強くした。我々はこのように忙しく、アナタに関わっている暇はない、と。

 それは同時に、昼休みにいきなりフラッシュを向けられた須賀からの、皮肉たっぷりの反撃であり、アヤが、カニ社会がどうのこうのと言っているが、実はそんな話には誰も興味はないのだ。

 いかにも須賀らしい、久作は素直に感心した。

 須賀によるジャミングのお陰で、奈々岡鈴のインタビュー(と本人が言っていた)は一ミリも進まず、初対面からかなりの時間が経過している今でも、まだカニだ何だと意味不明な会話が続いている。そしてジャミング電波を放った当人、須賀恭介はというと、のんびりと昼食を取り、アヤと奈々岡鈴の、全く中身のない抗論をBGMに、方城やレイコと別の雑談をしている。

 完全に投げっぱなし、興味の対象以外は全て舞台のセットやエキストラだという、須賀のシンプルな思考パターンである。


「なあ速河。この『岩石と鉱物の写真図鑑』に、ああ、先週、近所の書店で偶然見つけて、気まぐれで買っただけだが、これにバースストーン、いわゆる誕生石が掲載されていてな。俺はそういうものには興味がなかったんだが――」

「私の取材は桜桃新聞の製作の一環で、今回の記事はとてもとても重要なの。桜桃学園史に残るくらいに」

「へー、須賀くんて、鉱石博士さんだったのね。私は九月生まれなのよー。誕生石ってナニナニ?」

「カニ社会史は差別と偏見で溢れかえってて、それをみんなは無視している! こんな人権、いや、カニ権を無視した状態が放置されてもいいと、リンリンは言うのかー!」

「誕生石って? 石に誕生日でもあんのか? 年輪とかみたいな?」

「だからね、アヤちゃん。私だってその、カニ権? それも重要なのかもしれないって思うけれど、今はカニよりも久作くんのことを記事にしたいの」

「年輪? 方城、お前はそうだから軽薄に見られるんだ。まあ誕生石を暗記しておけとは言わんが、そういうものがある、くらいの知識は入れておいたほうがいいぞ。星座や血液型と同じくで、女性はこういったことを気にするらしいからな、だろう? レイコくん?」

「速河久作はまだ迫害されてないから後回しでいいの! カニ社会はいまや崩壊の危機に瀕してる、とーってもピンチな状態で、報道関連の人間だって言うんなら、世界平和のためにカニ権を徹底取材すべきだろー! ジャーナリズムは死んだのかー!」

「ねねねー、私の誕生石はドレドレ?」

「ジャーナリズムが死んでいないからこそ、こうして私がここにいるんじゃないの。私は広報部の一員で、ライター兼カメラマン、れっきとした報道人間よ? その、カニ権というのは今日始めて聞いたから、そこは何というのか勉強不足だったと素直に認めるけれど」

「レイコくんは九月、えー、サファイアとアイオライトか。ほぅ、サファイアはモース硬度が9もあるそうだ。ダイヤモンドの次の硬度とは、なかなかにレイコくんらしいな。もう一つのアイオライトというのは、別名ウォーターサファイア。色などがサファイアに似ているが高価な取り引きがないらしいから、それほど希少ではないのだろうな」

「勉強不足だって気付いたなら、今すぐカニ社会史と現状を徹底取材して、桜桃新聞の一面から十三面まで全部使って、その問題点と改善法、未来のカニ社会のあるべき姿と現時点で取り組むべき課題をきっちりと学園全体に報じろ!」

「ねぇ」

「それは、まあそれほどカニ社会とカニ権? それが深刻かつ報道に値するのなら、いずれはするけれど」

「須賀、俺の誕生石って何だ?」

「いずれいずれってのがマスコミの悪いところなの! 報じるべき時に報じる! 時間は常に流れてるんだよ!」

「お前の誕生石など知るか。どれ……アンケライト、これでいいだろ? モース硬度3だ、お前にはこれで十分だ」

「……ねえってば!」

 リカが大声をあげて、ようやく全員の会話が止まった。いや、そもそも会話になっていたか怪しいのだが、とにかく助かった。

 須賀とレイコと方城、そしてアヤと奈々岡鈴の丁度中間に座っていた久作は、二ヶ国語放送のような状態で、二つの会話を同時進行に聞いていて、何が何だか解からなくなっていたのだ。

「ん? どーした、リカちゃん? 昼休みはまだ終わってないぞぅ?」

「リカくんは何月生まれだったかな?」

「久作くんもだけれど、リカコさんも私の取材対象なの、良かったら少し話を……」

 アヤ、須賀、そして奈々岡鈴が順番にリカに言い……リカがキレた。

「この……カニミソ軍団! レイコ、方城くん、久作くん、図書室にでも行きましょう! こんな騒がしいんじゃ、疲れてたまらない!」

 リカは返事を待たず、久作を椅子から強引に引き上げ、方城の腕を取り、教室後方のドアに向かった。

「サファイアな私、出発ー!」

 その後をレイコが跳ねるように追い、ドアが閉まると、1‐Cは静かになった。つまり、それまではとんでもなく騒がしかった。

「……あー! ほら見ろ! リンリンのお陰であたし、カニミソ扱いじゃねーか!」

 アヤが、状況を遅ればせで理解して、飛び跳ねる。二つにした金色の髪がふわふわと揺れ、どうしてくれるんだ! と奈々岡に抗議していた。

「私のせいなの? 私は取材に来て、その取材すらロクにできなかったのよ? 怒らせたのは、アナタ! そう、須賀恭介くん、アナタがアンケライトだとか何だとか言ってたからでしょうに!」

 ハーフフレームに指をやり、奈々岡は須賀を前髪越しににらみつけた。

「きみがどう思ったのかは知らんが、俺は俺が喋りたいことを喋っていた、ただそれだけだ。責任転嫁されても構わない。何故なら俺には何も責任がないからな。リカくんの怒りの原因は、きみなんじゃないか? えーと、マスコミくん?」

「奈々岡鈴よ! こんな変わった名前、どうして覚えられないのよ! アナタ、学年成績一位でしょう?」

「はん! 自分で自分の名前を変わったものと宣言する人物を、俺は始めて見たよ。ナナオカ・スズくん、確かに珍しい氏名だ。そう、名前もだが、姓もかなり特殊だ。覚えておこう。もしかすると民俗学か何かの役に立つかもしれんからな、奈々岡くん」

「こんなの、リンリンでいい!」

 アヤが須賀の後ろに下がって、頭をひょいと出し……あかんべー。

「こんなの? アナタこそ、カニミソで十分よ!」

 バシャッ! いつの間にか奈々岡の手にあった一眼レフが、アヤのあかんべーを捉えた。これが貴重な一枚かどうかは、はなはだ疑問ではあるが……。

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