第一話
私は、昔から愛に飢えていた。
「ねえ、どうしてあなたはそんなにダメな人間なの?」
まただ。
もはや日常になりつつある暴力が始まる。
私の家庭は母子家庭だった。
「ねえ、どうしてなの!
ねぇ!ねぇ!ねぇ!!!」
髪を引っ張られる。
鼻っ面を殴られる。
頭が地面に打ちつけられる。
そのまま顔を蹴られる。
また髪を引っ張られる。
ずっとその繰り返しだ。
「いやああああああああああああああああ!!!」
私は泣き叫んだ。
ずっと。ずっと。ずっと。
でもやがて涙は枯れて、声は掠れて、何も出来なくなる。
「ああ、スノウちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。でもこれだけは分かって?私はあなたを愛しているから叱るのよ?」
私が大人しくなると母は心配そうに声をかけて、優しい言葉を最後にかけてくれる。
この瞬間が好きだった。
この瞬間だけは本物だと思えたから。
あとはもうベッドに入って、また明日がくることを待つだけ。
傷になっている場所はいつも痛いけれども、たぶん私は、それでも幸せだったんだと思う。
母がおかしくなったのは、『魔女狩り』が流行ったのが原因だった。
母は魔女だった。
魔術が存在する中で、魔女と魔術師の違いというのは魔法と魔術の言葉の違いによるところが大きい。
魔法というのは、いわゆる現象のことだ。
その現象の理論を解き明かし、体系化させたのが魔術。
この魔術を扱うのが、魔術師と言われるものだった。
だが、まれにまだ理論化されてない現象「未知の魔法」を操れる異能力者がこの世にいる。
それは、『スカウンドレル』と呼ばれる、人ならざる者との契約を結んだ者。
この世界において、スカウンドレルによる被害は深刻だ。
人口は減らされ、人間の文明の発展は阻まれる。
スカウンドレルに家族を奪われる者は少ないわけがなく、スカウンドレルへの恨みは、深く根付いている。
ゆえにスカウンドレルと契約したものは嫌悪の対象だった。
しかし、この世界の歴史とも言える『御伽話』には英雄である「勇者」や「聖人」がいる。
それらはスカウンドレルのような人ならざる者と契約し、その絶大な力でこの世界を救っていた。
そのことから、
男なら勇者と呼ばれ、
女なら魔女と呼ばれ始めたのだ。
スカウンドレルとの「契約」と言っても、それにはさまざまな形がある。
「主従契約」や「相棒契約」、それこそ例を挙げればキリがないが、勇者や聖人は、スカウンドレルと同等または人間側が上位の主従契約を結ぶ。
だが、だいたいの魔女は、スカウンドレルに命を脅かされ、強制的に主従契約を結ばされる。
そうして母は、強制的に契約させられた。
ただそれだけの事なのに魔女と蔑まれ、隠れて生きていかなければならなかったのだ。
隠れてさえいれば、母は普通の女の子として幸せを手に入れることができたはずだった。
だが、母が魔女だとバレてからその幻想は崩れ落ちた。
夫に裏切られ、母は牢獄に捕まり、私を牢屋で産んだ。
『あなたが男だったらよかったのに…………』
魔女の子は魔女。
そう言って自分の子が殺されてもおかしくはない。
母は脱獄して、誰にも見つからない場所に逃げた。
目立たず、ひっそりと私と暮らそうと決意したと母は言っていた。
だが、母の心は私が物心つき始めた頃に壊れた。
まるで多重人格のように、暴力的な衝動が抑えられなくなる母とおとなしい母が、母の中でせめぎ合っていた。
私は母を治したくて、必死に勉強した。
あらゆる魔術教本、魔導書を集め、神秘に触れ、禁忌にも触れて。
母に罵られながら。
母に叩かれながら。
母に実験と称して殺されかけながら。
そんな生活を小さい頃から続けて、10年以上たったある日のこと。
『こんにちは、スノウちゃん。少し体を借りるわね。大丈夫、悪いようにはしないわ』
何か得体の知れないものが私の中に入り込んできたのを感じた。
それを最後に。
私は意識を手放した。