転移(ドリフト)先はネトゲの中!?
第一章 だいたい分かってた事って覆ったりしない
大学入試も大半が終わり、周りの友達が軒並み合格していく中、俺はもう6校目となる結果発表の時を迎えようとしていた。
「はぁ、はぁ……、っくぅぅう〜〜、頼む、頼むぞう!!」
これを逃せば後は無い。晴れて自由の身になり、華のキャンパスライフを満喫するためにはこのチャンスを掴み取るしかないのだ。
「よーーーっしゃぁ、よし、よし、うん、よし!!見るぞう、見るからな
!!」
ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。これで液晶画面に表示されている結果閲覧を押せば俺は──
「あぁ、終わっ………たぁ………。マジか………
んーーー、え?え、マジか??いや、本当に!?本当なんですかぁ!?」
何度確認しようが液晶画面には、受験番号1052172 火野宮 灯『不合格』の文字。もはや見慣れたものである。
正直、勉強は苦手だったし、自己採点でもギリギリセ……アウ、ト??
な感じではあった。あったのだが。
「一縷の望みをかけてありとあらゆる願掛けをし、先に合格した友人たちによる様々な誘惑を払いのけて臨んだ今日という日が……ガクッ……ポチッ」
──ブォン。
「んよぉーーし、悩んでてもしかたねぇ、新イベ新イベ!」
オンラインゲーム『アストライア』のタイトル画面と共に、聞き慣れた壮大な音楽。
そう、火野宮 灯は。受験勉強の合間でもちゃんとオンラインゲームをプレイしてしまうだめな高校三年生であった。
第二章 火の兆し
「それにしても、どうすっかなぁ……予備校?いや、そんな金なぁ……。
ていうか俺、浪人生とやらになってしまったのか……はは、我ながらゲーム以外はからっきしだよなぁ、ほんと。」
灯はそうして毎日のルーティーンとなった『アストライア』をプレイしていく。現実逃避なのは分かっているのだが、幼馴染の京のように一芸に秀でている訳でもなく、勉強も得意ではない自分にとっては、唯一力を入れてやり込んでいるものがゲームであった。
「おっといけねぇ、このイベントボスHPが30%切ったら行動がランダムになるんだよな……うしうしそんな運要素、マスタークラスであるこの灯さんからしたら何ら問題っないん、だ、ぜぇ!!」
勝利の音楽と共に、見慣れたリザルト画面が浮かび上がる。
「おぉ……さすが幸運度アップスキルあると違うなぁ!!周回するまでもなく初回からレアドロップっぽいじゃん!」
──助けて
ジジッ
──助けて、お願い
ジジッ、ジ
──誰か、■■■を─
「んー、でも何だこれ?ちょっと文字化けしてる……よなぁ??
情報サイトにも載ってねぇし、新イベの追加アイテムなら、バグとかあっても仕方ねえか。」
──お願い、火の護り手よ。我が呼び声に応えて──
フィィィイン!!!!!
プシュプシュ……
──■■■を、救って──
「ん、ぇっ、あれ?ちょっとちょっと待てってまだエピローグの最中だからっ、てあぁぁぁあ!!!」
シュゥゥウン、ブツッ
パソコンの液晶画面が激しく明滅しながらシャットダウンされていく。そして何やら少し焦げ臭い。こりゃあやっちゃったかもしれん。
「おいおい、何なんだよ今日は……ゲームでも災難かよホント。まぁデータはバックアップとってるからなんとかなるとして……マシンはこりゃあ、騙し騙しやるしかないかなぁ。
金さえあれば。そう、俺に金さえあればいっそハイエンドモデルに総取り換えしてついでに予備校とやらにも入って………ん?ついで??」
ふと時計を見ると、時刻は18時18分。結果発表があった正午から、なかなか現実逃避したものである。
「はぁ……タイミングは最悪だったけど、腹減ったしコンビニでも行くか。」
自室のある二階から降りて玄関へ。
誕生日に京から貰ったお気に入りのブーツが、今日もピカピカに輝いている。うむ、本当にいいセンスである。
京はいわゆる読者モデルというやつで、高校卒業後は大学に行かずに芸能事務所に入ることを目標に頑張っている。そして、昔から会うたびにブツブツ小言を言いながら洒落たプレゼントをくれる、良き幼馴染である。
ファッションなどよりも深淵の叡智の探求………もといアストライア関連のグッズや課金アイテムにマネーを使いたい灯にとっては、ありがたい存在であった。
──ジジッ
──バチバチッジジジジ!!!
と、ブーツを履こうとしたその時。
玄関が。
炎に包まれた。
第三章 火精との盟約
「わーーーーーっ、あっっつ!!熱ぅうぁぁぁ……………く、ない。
あれ、俺火に……玄関爆発して……って、あぁ!!ブーツは!?」
チャリ。
「ん?何だ、これ。」
手には、いつの間にか紅い宝石をあしらった古いネックレスが握られていた。視界の先には見知った玄関は無く、京からもらったブーツも無い。
代わりに広がっているのは、古く苔生した石畳の床と、何か生物らしきものの内臓、高い天井から伸びた蔓が絡まり合っているファンタジーな光景であった。
「ど、何処だここ……外、じゃないよな??
コンビニ行こうとして、玄関まで降りて、そしたら玄関が爆発して……
まぁ火傷とか、怪我とかは無いみたいだけど。」
その時。
「え、うそ、やっ……た??やったの私!?遂にやり遂げたのよ!!」
空間を埋め尽くす、しかし煩くもない不思議な声がした。
どうやら女性の声であるようだが……どうもこれまで聞いたことのないような、頭の中に直接語りかけられるような音だ。よくよく自分がいる場所を見ると、ここは祭壇になっているようだった。
そして、眼前に──
緑色の髪と純白の衣を纏った少女が現れる。
「あ、あの、えっと、火の印を持つ者よ!!
お願い!!どうか私達の里を救ってほしいの!!」
「え、あ……、いや、エルフ!?エルフなの!?!?
まーーーじか!すっげぇかわいい!!耳なげー!!!
いやぁ、でも職人っすねぇー、公式レイヤーさんでもそこまでやってる人はなかなかですよ!!」
「え、ちょ、職人って何の事よ……ってそんな事より!!
私達の里を、『アストライア』を救ってほしいの!!」
そう少女は強く肩を掴みながら懇願する。
どうやら、アストライアがテーマのコスプレイベントか何かなのであろう。
まぁ直近のリアルイベントに自分が当選した覚えも無いが。そして痛い。そう肩が。
「か、肩っ、肩がおぉああ!!!」
「はっ!!ごめんなさい私、つい力がっ………それに、自己紹介がまだだったわ。
私はアリア、見ての通り………エルフよ。あなたを召喚したのはこの私です。
」
「はぁ、はぁ……いゃあびっくりしたよ……レイヤーさんかと思ったけどレスラーさんだったのかな……あー、それでアリアさん、あのー俺次何しましょうか??何か欲しいシチュエーションとかあります??」
「だから、私はあなたに里を……って、あなたもしかしてヒト族??必死だったから気づかなかったけど、魔力もほとんど感じない……
はっ!!わ、私ったら、大切な儀式で印を持つ者じゃなくって、ヒト族の男を喚んじゃったの!?」
うーーむ、アリアさんが何やら荒ぶり始めた。おそらく撮ってる人がいると思うから、次の撮影の流れを教えてもらわなければ。
「……って、他に誰も居ないのか……トイレか?」
─炎。
「んーー、どうしよっかな、とりあえず俺もトイレ行くか。」
─見たこともない風景。
「おーい、アリアさん、ちょっと俺、トイレ行ってくるんで。誰か帰ってきたら言っておいてもらえますかー??」
─チャリ。手には、謎のネックレス。
「なんてこと。失敗だわ。ぶち殺しましょう。」
と、アリアの背後に突如として6つの火球が現れる。
そしてそれぞれ矢のように尖らせた先端を、灯に向ける。
先程までの冷涼でどこか神聖な空気に満ちていた祭壇は、ジリジリ焼き付く真夏日のような暑さとなり、全身から汗が噴き出す。
「え??なにそのエフェクト、すっげぇー!!
どうやって、る、の………ってちょちょちよ、これ、もしかしてもしかして!!」
「灰と散れ。ヒトよ。六火閃光〈セクスアーテラリー〉!!」
「現実ぅぅううううう!?!?!?!?!?」
──放たれた6つの火矢が灯を穿こうというその時。
何故か未だにずっと握りしめていたネックレスが紅く弾けた。
「こ、この光っ、まさか印の!?」
「うぉぉぉお!!!なんか分からんけど、まだ死にたくねぇぇえ!!!」
──そうだ。新イベントのエピローグも途中だったし、いやでもマシンは……予備校とかどうしよう??
それにまだあいつにも…………あぁ、とにかく、やり残したことがいっぱいあるのだ。
それに、ここがもし本当にそうであるのなら。
灯は遅くなっていく時の流れの中で、叫んだ。
「来い!!イグニス!!」
──刹那、眼前に襲いくる火矢が。炎の波に飲まれた。
「」