犯人告発~切り捨て
「しかし、あなただけが犯人ではありません。共犯者がいます」
そう言って俺は共犯者の名前を告げた。
「そうですよね。アルフレッド・フォン・スール殿?」
そう言うと伯爵子息アルフレッドの顔色が悪くなった。
周りの視線も一斉に伯爵子息アルフレッドに向かった。
「ば、馬鹿な。なぜ私が共犯者だと!?」
上擦った声でそう言う伯爵子息アルフレッドに俺は説明を始めた。
「エリーゼ様が今回の事件と無関係となれば、当然ですが、星の会の放課後の映像に映っている人物はエリーゼ様ではありません。となれば、そこに映ってその人物と最接近までしているあなたは、その人物がエリーゼ様ではないと知っているはずです」
伯爵子息アルフレッドは少し顔を強張らせながら俺を見ている。
そう言われることは予想していたみたいだが、動揺が顔に出てしまっている。
「つまり、あなたはその映像を撮るために協力して嘘の発言をこの場でした事になる。真犯人の存在を隠してエリーゼ様に罪を擦り付けるためにね」
そう言うと伯爵子息アルフレッドは視線をあちこちにやった後、顔を下に向けた。
その後、ハッとしたように顔を上げた。
「アラン・フォン・バーデム殿、大事な事が抜けている。私にはエリーゼ様を貶める理由がない。エリーゼ様は侯爵家、私は伯爵家。侯爵家の御令嬢を嵌めるよりも庇う方が得があるはずです。つまり、こんな証言をする必要がない」
「ありますよ。あなたがこんな事をする理由も得も」
間髪入れずにそう言い切って俺は話し始めた。
「あなたの実家は借金まみれだという事はそれなりに知られている。俺が真犯人であなたを共犯者にしたいならこう言えばいい」
――――もし協力してくれたら、あなたの家の借金を無くしましょう。
「あなたは婿入りのために今の優秀な成績を維持している。ですが、実家の借金を嫌って婿入りできるかどうか分かりません。そんな中でこの誘惑に抗えるでしょうか?」
「少しいいか? 疑問がある。裁判長質問をよろしいでしょうか?」
宰相子息アドルフは不機嫌そうにそう言った。
裁判長は質問を許可した。
「それだって約束を反故にされる可能性がある。その可能性を彼が見落とす訳がない。つまり――――」
「見落としていませんよ。彼は」
俺は宰相子息アドルフの発言を遮ってそう言い切った。
発言を遮られて顔を顰めた宰相子息アドルフを尻目に俺は伯爵子息アルフレッドを見た。
「もしも、俺がエリーゼ様を庇わなかったらどうなっていましたか? 恐らくエリーゼ様は孤立していたでしょう。最悪、退学処分もありえた。必ず、今回の件を調べるであろうクロス侯爵は激怒するでしょうね。冤罪なんですから」
そう言って俺は一度言葉を区切った。
冤罪という言葉を聞いて第三王子たちが苦い顔つきになっている。
その反応を確認した俺はまた口を開けた。
「恐らく、今回の件は権力闘争の火種にもなった。何せ、クロス侯爵は第一王子であるフォルクス殿下の派閥のトップの人間なのですから、対抗馬のオルベルト殿下たちを許すはずがありません。そして、オルベルト殿下たちの派閥のトップであるエンド公爵もその動きに対応しなくてはいけません。そんな時、エンド公爵にあなたはこう言えばいい」
クロス侯爵は自分の娘の醜態を冤罪と見立て、エンド公爵閥を攻撃して自身の覇権を得ようとしています。
自分は唯一エリーゼ様の犯行を目撃した生き証人です。
有効に御活用下さい。
「流石に、あの映像と証人の組み合わせを論破するにはエリーゼ様の無実を証明できなくてはいけません。ですが、エリーゼ様のアリバイはその後あなたが行うであろう偽装工作で消してしまっているでしょうから余計に証明が難しいでしょう。無罪だと分かっていても万が一有罪だったらと考えてしまえば、クロス侯爵も大きく出られなくなります。どんなに最悪でも公爵側に有利な引き分けで権力闘争の件は片付くでしょう」
俺の言葉に伯爵子息アルフレッドの顔色が少し青くなっていた。
良い反応だ。もっと追い詰めるべきだ。
俺は言葉を続けた。
「もしかしたら、エンド公爵もこの件を調べて冤罪の可能性がある事を察しているでしょう。だからこそ、自身の派閥に利益を与えた優秀なあなたを評価するはずです。その一方で、真実を知るあなたを監視するためにも自分の内側に取り込もうとするでしょう。例えば、病弱で婚約者のいない自分の娘や親戚の娘と婚約させたりするとか。うまくいけば自分がエンド公爵になれる可能性だってある」
そこで一旦言葉を区切った後、俺は伯爵子息アルフレッドの方に指を突き付けた。
「それがあなたの目的だ。そこまであなたはこれからの情勢を読んだ。だから共犯者になった! 普通、落ち目になった侯爵家より爵位の順位が高くて優勢の公爵家の方を選びます。ましてや、真犯人のあなたが公爵側についているとすれば、なおさらです」
伯爵子息アルフレッドは顔面蒼白になっていた。
体も僅かに震えている。
どうやら、図星だったみたいだ。
実家の借金はなくなり、自分は公爵家に婿入りしてエンド公爵になる。
その身勝手な夢はここで終わらせるしかない。
真犯人の目的もだ。
「ですが、そんな共犯者の読みも真犯人のあなたは同様に読んで利用していたんです」
そう言って俺はゆっくりと真犯人の方を向いた。
そして、真犯人の名前を告げた。
「そうですよね? レオパルド・インター殿?」
俺が名前を告げたインター商会の会長の孫レオパルドは無表情のまま、俺を見ていた。
隣にいるエンド公爵子息ルーベルは少し慌てたように俺に叫んできた。
「ありえない! レオがそんな事をするはずがない! そもそも動機も証拠もない!」
「動機と証拠ですか? 動機の方は恐らく、彼女ですよ」
そう言って俺はアイリス嬢の方を見た。
この場の全員がそちらを見た。
アイリス嬢は少し唖然として俺を見返した後、少し慌てたように言葉を紡いだ。
「わ、私、ですか?」
「はい。あなたを手に入れる。それがレオパルド・インター殿の最終目的だった」
「馬鹿な。アイリスは男爵家の娘で彼は平民だ。いや、そもそも俺が彼女と婚約者になる予定だ」
「いえ、俺が彼女をもらっていました」
「いえ、私ですよ。彼女を娶るのは」
「小官が妻に迎えていました」
第三王子オルベルト、公爵子息ルーベル、宰相子息アドルフ、グスタフが次々とそう言い放った。
第三王子オルベルトはアイリス嬢の肩に手を回して傍に近付けた。
他の者はやいのやいのと騒ぎ出したが、レオパルド・インターは険しい表情になっただけで何も言わなかった。
だが、纏う雰囲気が剣呑なものにはっきりと変わった。
俺は思わず噴いてしまった。
笑いを堪え切れない。
「何がおかしい?」
第三王子オルベルトはそう言って俺を睨んできた。
他の三人も似た様な感じである。
レオパルド・インターだけはいつもの無感情になった。
「先ほど言った事を忘れましたか? 共犯者の読んだ今後の情勢を」
そう言って俺は説明を始めた。
「その情勢通りに事が進んだ場合、間違いなく、あなたたち三人は破滅します」
「馬鹿な。何を言っている」
「その通りです。一体何の根拠があってそんな事を言うのです」
「全くだ」
公爵子息ルーベル、宰相子息アドルフ、グスタフは俺に侮蔑の視線を向けてきた。
だが、俺の言葉を理解した一部の見学者たちの中に、同じ視線をその三人に向けている者もいた。
「今回の件でもしも冤罪だとばれたら第三王子派閥が敗北する可能性がありました。当然、そんな事態を招きかけたあなたたち三人をエンド公爵が許さないでしょう。クロス侯爵だって娘が冤罪を吹っ掛けられたとなれば、許すわけがない」
そう言うとようやく理解したのか宰相子息アドルフが目を見開いた。
グスタフや公爵子息ルーベルはまだ理解できていない。
「特に、なんの力もない下級貴族のグスタフ殿は真っ先に切り捨てられるでしょう。良かったですね。最前線勤務ですよ」
グスタフはそれを聞いてようやく理解したのか呆然としていた。
武一辺倒だからこの程度も読み切れないのだ。
「その情勢下では、互いの陣営が勝負を決めるために宰相の地位を狙うはずです。そうなれば、吹けば飛ぶ中立派のドロッテ宰相閣下は失脚させられているはずです。宰相の次男からただの子爵家の次男になったアドルフ殿には何の価値もありません。あなたも必ず切り捨てられるでしょう」
それを聞いて宰相子息アドルフは顔面蒼白になった。
理解が遅すぎるからこんな事になってしまったのだ。
だからこそ、彼の兄のような青の大賢者にはなれなかったのだろう。
「……俺は?」
公爵子息ルーベルは少し強張った表情でそう聞いてきた。
俺は理解が遅い公爵子息にちゃんと説明してやった。
「自分がトップに君臨する派閥を自分の息子が最悪潰すような愚かな真似をした。当然、厳しく罰しないと自派閥の面々に示しがつかない。期間付きの謹慎処分だけで済むと良いですね。恐らく跡取りはあなたの妹の夫になるであろう共犯者か親戚ですが」
そう言うと公爵子息ルーベルは愕然としていた。
すると今度は第三王子オルベルトが俺に聞いてきた。
「ならば、俺はどうなる。エンド公爵は俺を支持しているのだぞ」
「派閥の象徴が自分たちの破滅を招きかねないことを仕出かした。ならば、象徴を取り換えても良い。例えば、第二王子のメフタフ殿下でもいい。もしくは、エンド公爵の娘か派閥の中でも有力な貴族の娘を新たな婚約者にして見張ればいい。少なくとも、アイリス・フォン・フォース嬢との婚約は誰も認めないはずです」
そう言うと第三王子オルベルトは呻いた。
すると顔色を多少取り戻した宰相子息アドルフはレオパルド・インターを指しながら喚いた。
「なら、彼はどうなるんだ! 彼も同じだろう!」
「同じではありませんよ。だって、彼はあの初冬の晩餐会の糾弾の場で一言も言葉を発していないのですから。無理矢理殿下たちに連れ出された。そう言えばいい」
「ならば、監視水晶の映像は!? 俺が頼んだとはいえ、彼が直接監視水晶を取ってきたのだぞ!」
へえ、良い事を聞いた。
そう思いながらも俺は言葉を続けた。
「ルーベル・フォン・エンド様から命令されて取っただけで何も知らなかった。そう言えば良いし、実際言った通りの行動しかしていないからエンド公爵も何も言えない。むしろ、インター商会に下手な貸しを作らずに済むなら不問にする可能性の方が高い」
「クロス侯爵が許さないだろう。お前の主張は無茶苦茶だ」
グスタフがそう言うが、理解していないせいか逆のことを言っている。
「クロス侯爵の場合は商会を利用して密告すれば許されるでしょう。あのインター商会に貸しができるならば、貸しにしますよ。第三王子やエンド公爵の息子の命令に従うしかなかった哀れな平民の未来の会長に大きな貸しを与えるためにね。そんな溺愛する孫のためにインター商会の会長が公爵閥を潰す資金だってそろえて許しを請うかもしれません。いえ、そう仕向ける算段は立てていたでしょう」
そう言うと宰相子息アドルフやグスタフは唖然とした表情でレオパルド・インターを見た。
レオパルド・インターは何の動揺もなく無表情のまま俺を見ていた。
その無表情が俺の推測が本当だったと思わせる不気味さがあった。
「その後は、アイリス・フォン・フォースを嫁にすれば目的は達成です。そもそも彼女はフォース男爵と侍女の妾の間の子供です。他の男爵家や子爵家、伯爵家は誰も嫁に取ろうとは思わない。今回の件で余計にケチがついた彼女がインター商会の未来の会長候補筆頭と結婚できるとなれば、フォース男爵は積極的に賛成するでしょう」
そう言って俺はレオパルド・インターを見た。
その表情は全く変わっていない。
レオパルド・インターは僅かに首を傾げて口を開いた。
「そこまで主張するなら……証拠は?」
「証拠はこちらです」
そう言って俺はある監視水晶を起動させた。
映った映像には、色々な生徒が帰宅していく映像が映っていた。
それを少し早送りにしながら記録された風景を流し続ける。
「この監視水晶は、校舎裏の生徒寮へ続く玄関口に設置されていたものです」
そして、ある人物が校舎から出た瞬間で止めた。
それは特上級の青いドレス姿を着た長い銀髪の女性だった。
侍女と共に寮へ帰っていくシーンだ。
「これは『放課後』の映像です。御覧の通り、エリーゼ様のご帰宅シーンでございます」
「馬鹿な、ありえない! その映像は真っ赤な嘘だ!」
突然、伯爵子息アルフレッドが叫んだ。
見た感じ完全に動揺しているが、レオパルド・インターは何一つ表情を崩していなかった。
俺は極めて冷静に問いかけた。
「何がありえないのですか? どこで嘘だと思われたのですか?」
「そ、それは……」
「校長、この映像は五日前の放課後の映像です。この監視水晶は『初冬の晩餐会』から二日後の日から記録されており、それより前の日の映像が一切ありませんでした」
俺がそう言った瞬間、レオパルド・インターは一瞬鋭い目を伯爵子息アルフレッドの方に向けた気がした。
掛かったな。俺は放課後とは言ったが、どの日の放課後かは言っていないぞ。
狼狽えていた伯爵子息アルフレッドも嵌められた事に気付いて顔面が蒼白になっていた。
「そしてもう一つ!」
そう言ってもう一つ起動させた監視水晶は深夜の光景を映した。
そこに映っていたのは、伯爵子息アルフレッドが校舎裏玄関口で監視水晶を取っている姿だった。
場内がざわつき、伯爵子息アルフレッドは口を開けたまま呆然としている。
「残念でしたね。貧乏でなければ、誰かに頼むか最悪使用人を使えたでしょうが……切り捨てられましたね」
そう言って俺はレオパルド・インターを睨んだ。
無表情のレオパルド・インターは俺を静かに見据えている。
「裁判長、証人は六日前から五日前にかけての深夜の間にそれまでの映像記録が保存されている監視水晶を今提出した監視水晶とすり替えています。証人の立場からすれば、こんな事をする意味がありません。それなのにこんな行動を取った理由はただ一つ。そうしないと裁判に負けると判断したからです」
「……」
「証人は放課後の映像内で犯人に脅迫されている身です。自分が不利になるような事をしなくても、本当にエリーゼ様が真犯人ならば証言さえすれば勝てます。ですので、この行動は明らかに矛盾しています。今までの証言は全く信用できない」
伯爵子息アルフレッドは視線をあちこちにやった後、レオパルド・インターの方に向けた。
レオパルド・インターは向けられた視線先を一切見ずに重い口を開いた。
「僕も彼がなぜこんな事をしたのか分からないが、愚かだと思う」
「な、お前! 裏切るのか!?」
伯爵子息アルフレッドはそう激昂するが、レオパルド・インターはそちらを見て僅かに首を傾げる。
「それは、僕が君に直接監視水晶を交換してくれとでも頼んだからなのか?」
「ッ! そう、だ――――えっ……」
勢いが一気になくなった後、愕然とした表情でレオパルド・インターを見ていた。
依頼する際に人を間に挟んでいたからだろう。
「い、いや、直接ではないが、君の名前を……それに君だって賛成してくれたじゃないか……」
「僕の名前を利用しただけだと思うよ。なぜか君が何度も僕の所に来たけど、僕は全く興味がなかったから適当に相槌を打った。それだけだよ。何の話をしているのか聞いていなかったからよく分からなかったけどね」
完全に切り捨てやがった。
伯爵子息アルフレッドは呆然としたままレオパルド・インターを見ていた。
「それで、他にエリーゼ様の無罪の証拠はあるの?」
レオパルド・インターは興味なさげにそう言った。
本当に興味がないのだろう。
こうなった以上、共犯者の未来予想図と違ってもあの四人の末路は似たような道筋を辿るのは間違いない。
クロス侯爵が率いる第一王子派閥もこれを機に第三王子派閥や自分の娘を嵌めた奴らを潰しにかかるだろう。
そうなったら、四人と共犯者はおしまいだ。
レオパルド・インターは共犯者に罪を擦り付け、インター商会の財力で懐柔してでも罪を逃れてアイリス嬢と結婚する。
今の所は奴の思惑通りだ。
でも、俺はそれを阻止する。
「証拠ならありますよ。さっきまでのは星の会の放課後での器物損壊と脅迫に関する無罪可能性の証拠を提出したに過ぎません」
そう言って俺はあるものを取り出した。
そして、静かにレオパルド・インターの方に近付いていった。