11-10 欲望
いつのまにか年末です。
色々と過ぎ去っていった今年。
年越しそば作らないとなぁ
「そう、そこで落とし蓋を取りたる…
味付けは…辛くないかな?
煮崩れをしないように、そっと持ち上げて…
いいねぇ上手じゃないか!」
どうも皆さんこんにちは、イガグリ坊主な目つきの悪い純朴少年こと中村直哉です。
今日は朝方に瑠香さんの特訓をしておりました。
本来であれば瑠香さんは、えふえふ課程なるものに入校していたのですが、我々が無理に地獄に連れてきてしまったがために十分な訓練を受けれていません。
そのかわり私…中村と吉井少尉とで高高度降下訓練の代替えとなる訓練をしていました。
「目が回った状態がずっと続いていたのに、よく料理ができたものだ
定期的に空を飛ぶとなれるのか?」
「それとも…瑠香さんには特別な何かがあるのかと」
「それもあり得るな
瑠香殿のお父上は確か翼者だった、ゆえに特異的な身体能力の高さはあり得る
だがまぁ…えふえふ課程の訓練で、専用の装置の中に入れられて回されている隊員たちと比較して見ると…」
えふえふ課程の訓練の一環に、自在に回転させるお手製の回転装置がある。
その中に両腕と両足を拘束させて回せば縦横斜めと自由に対象者を球体のカゴの中で回すことができるのだとか。
実際に空を飛んだ際に、風で体が持っていかれることを想定した訓練とも言える。
通常の空挺降下と違い、えふえふの者は任意の時間に落下傘を開かせて飛ぶという。
「カレイの煮付けのできあがりだぁぁ!!」
「よくできました!
あぁぁぁん…水上大尉、つまみ食い禁止です!」
おっかしいなぁ、中村の目から見て神前軍曹と瑠香さんは確か…特訓を行うための教官と生徒の関係。
でもあれは、親子だ…そう親子だ。
神前軍曹には、トメ子さんという娘さんがいらっしゃって…その孫が瑠香さんとそのお兄さんの修さんになるから、あながち親子で間違いなしか。
それにしても、瑠香さんの手つきは見事だ。
「猫又ぁ、そうカッカするなって!
にしても瑠香は、どこで料理の技術を?」
「…母が残してくれたノートを見てずっと練習していました
時々、祖母に教わりながらですが」
「くっ…くかかかか!
そいつぁ、猫又もいいひ孫をもったってなぁ!
なぁ真奈美に料理を教えたのは誰か知ってるか?
そこにいる猫又なんだぜ!」
瑠香さんの顔が全てを悟った猫のような顔をしている。
全世界のことわりや全ての知恵という知恵をたった一言でなぜか理解した猫のような顔です。
なぜ川越軍曹がずっと瑠香さんのことをニャンコと言っていたからわかりました。
全てはこの顔芸のせいです!
「お母さん…忍さんから料理をってことは、お母さんの味やおばあちゃんの味は忍さんの味」
「くふふ…正確に言ったら俺と菊乃の味だよ
昼ごはんを食べたら…俺、すふれぱんけーきっての食べてみたいんだ!
作ってくれるかい?」
「だったら早い話だ
そこの若い連中、飯食ったら成城石○に行っていい製菓材料買ってこい
ただしそれ以外のイラねぇもん買ってくるなよ!」
あ…先輩方は水上大尉の話を聞かずに勝手にご飯と味噌汁を盛って、瑠香さん手作りの煮魚を皿に盛り付けて洞窟の入口あたりでモサモサ食べ始めた。
でも煮魚を食べるときは堪能されていらっしゃいます。
それ以外は、喉がつっかえるだなんて言葉はつゆ知らず無心になって食べています。
瑠香さんの作った煮魚はとても美味です。
箸を入れただけで身はスッとほぐれて、骨もするりととれていきます。
くどくない醤油と砂糖にお出汁の味がいい調和を保っています。
辛口の日本酒と相性がいいと思います。
「あいつら、食うのはいいが洗い物やってから行けってな!
…いや、川越以外は色々と察してくれて出て行ったか
飯を食いながら話そう」
お前の曾祖父さんの話をな
「忍さんの?」
「…もう何十年と前の話だ」
あいつが挺進兵になって、俺の部下としてきたときだ。
あいつのどこか影がある感じが気に食わなくてな。
黙ってあいつの生家に行ったんだ。
船橋にある龍生寺って言う寺で、住職の川越住職に色々と聞いたんだよ。
そしたらな、あいつは川越住職の息子ではないんだよ。
どこからきたかわからない、おくるみに包まれて寺の門に捨てられていたんだよ。
だがおかしなことにあいつは、目が快晴のように青い目を開眼させていたそうだ。
『この子は人間ではない、神か仏がつかわせた子』
そう言ったそうでなぁ、無論だが川越もこの事を知っているとも。
その地域に住んでいた子供達よりも腕っ節は強く、時に冷徹に見えることがあったそうだ。
故に俺たちの元に来た時も、誰もが悪と感じた上官に食ってかかって殴り殺す手前まで行ったそうだ。
あんな風に優しくなったのは、お前の曾祖母さんの菊乃さんと俺たちの見捨てない姿勢があったからだ。
事態が激化するにつれて、やつはよく戦場で念仏を唱えていたよ。
弔いか…それとも良心の呵責なのか。
そんな時にお前の少佐殿にあったのだ…田中源一郎に。
「はっきり言おう瑠香
俺たちの手であいつはもうどうにもできない
あいつは腹の中にある野心を叶えたいがために暴れ始めている
ここにいる連中は未来を残そうとしたもの、残さなかったもの、残せなかったものの集まりだ
お前と触れることで、寒くのしかかった何かを溶かすことができたが、あいつは…川越は…お前を…」
娘を育てると躍起になってるんだよ。
トメ子のそばに入れなかった後悔と、お前たち兄弟を置いていった財前誠に対する憎悪を膨らませて。
地獄は元は未来の挺進兵達を守り、空の子を待つためにできた場所だが、やつはここを利用して檻にしようとしているんだ。
頼みがある、あいつの心を…憎しみを止めてくれ!
あいつは今や神に近しい存在になりつつある。
人の心に留めるためにも、お前の力を貸してくれ!
(??? 1時間後 長船陣地跡)
そこからは私の頭は真っ白になった。
忍さんのどこか言いようのない心の暗い部分は、私のことを思うがあまりの行動だったの?
それともトメ子ばあちゃんに対する後悔が歪んでいったの?
一通りの家事を終えて、むしゃくしゃした心を落ち着かせるために歌うか…。
ここは長船三尉と戦った跡地だし、誰も来ないし。
さてと好きなアーティストの曲をかけてっと。
「しんやぁ…と…ん?」
『ルカ…ルカ…ミツケタ
ココニイタンダナ…サァカエルッショヤ』
「お父さ…あっあっあ!」
こいつは…翼者!?
にしてはフォルムが違う…頭から何か伸びてる?
髪の毛じゃないとすれば…羽に近しいもの?
それがくるぶしまで覆ってる?
足先が鉤爪みたい伸びてるけど、足そのものは人間そのものだし。
すっ…スキマみたいなところから腕が!?
腰を抜かして動けない!!
なんだ…誰か…助けて!
「ざぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぜぇぇぇぇぇぇん!!
俺の娘からァァ離れろぉぉ、殺すぞぉぉぉあ!!」
空気を切り裂く炸裂音?
聞き覚えのある…百式軽機関銃の音?
忍さんがこいつから伸びてる何かを斬ってる?
頭の整理がつかない!
こいつは忍さんなんか目もくれず私を…取り込もうと!
だめだ…怖くて…何もできない!
助けて…もうやめて…もうやめてよ。
「お父さん…もうやめてよ…やめてよぉ」
「この野郎が…娘のことも放って…今更ぁ
父親ヅラなど虫が良すぎんだろうがぁ!」
忍さんの匂いが、温もりが…心音が聞こえる。
私のこと抱きしめて、守ろうと…あったかい。
でもなんで私、この翼者のことをお父さんって言ったんだ?
ここにいるのは、私が知ってる翼者モードのお父さんとは全く違うのに…。
『…ルカ…ミツケタ…カンザキシノブハ…コロス
デモオレハ、ココニイナイ
カナラズ…連れて帰るから待っていてくれ瑠香』
「「消えた…いなくなった」」
忍さんがぐっと軍刀を握りしめて切っ先をさっきまでいた翼者の眉間に剥けていたはずだったのに、あれはもういない。
よくわからないよ…どう言うことなの?
あれは…お父さん…だったの?
水上から聞かされた忍の欲望。
忍の中にある後悔と憎悪が野望に変わって、瑠香を通して叶えようとしています。
瑠香の心中は如何にと言う感じですが。
別の方向から不味いものが来ましたね。
新たな翼者です。
この小説の中で出てくる首無しのスタンダードタイプの役者と首あり、そして今回の翼者の違いはまた今度書きます。




