11-5 逃げられない
涼しい秋が始まりました!
つまり読書の秋、小説の秋です!
「とりあえず…振り切れたな
ここは安全圏だね、さあ瑠香さん…その綱を解くよ」
「あ…ありがとうございます」
「いいの…気にしないで
こうでもしないと、この時代の人間は許してはくれないからね
いくら、空挺の神とやらが作った虚構の世界でも…」
「…あの…えっと」
「名前を言っていなかったね
私の名前は白石幸治、階級は少佐
自衛隊に合わせるなら警務隊所属の三等陸佐だよ」
「よろしくお願いします」
私たちのいる地点はよくわからないけど、昭和レトロというかモダンな建物が乱立する不思議な世界のどこか。
よく朝ドラとかで見る下町とかじゃなくて、たまに出てくる都会チックな場所って言いたい感じの所。
煉瓦造りな建物の中に大きな木造2階の店とかが、ずっと並んでいるって感じ?
さっきあった男の子の平吉くんが帝都って言ってたから、ここは…帝都と言われる場所らしい。
「よく頑張ったな、我が孫娘」
「…たっ田中3佐、今…私のこと孫娘って」
「源一郎様はね、みんなのことを孫だと思っているんだよ
沖田さんや、小野・佐藤の2人だけじゃなくてみんな孫だって思ってる」
「田中3佐ぁ!」
優しく頭をポンポンしてくれるイケおじ田中3佐。
私の心の苦しい部分をゆっくり消してくれる感覚がたまらんですな!
優しすぎてもう…すこ。
「瑠香さん、源一郎くん、富治…そろそろ移動しよう
ここは安全圏じゃなくなってきている
さっきよりも気配が強くなってきたんだ」
人の気配があちらこちらからまた強くなってきた。
移動しながら出口に向かう感じなんだろうけど、富にぃの顔つきが険しくなってきている。
それになんだか…とても嫌な予感がするんだよ。
「瑠香…歩きながら少し話しておきましょう
お前をどうやって見つけたのかを…」
「富にぃ…お願いします」
まず私が習志野に来た時、いやもっと前からここには嫌な感覚がずっと漂っていたんです。
それが何かわかりませんでしたが、習志野駐屯地に入ってわかりました。
神と言われている存在、つまり空挺の神がここを守っているのだと…。
死んだ人間が神様になるのはおかしくないことです。
ですが空挺の神は…生きているんですよ。
死んでいると自覚しながら、それでもなお持ってはならない野望を叶えようと独り歩きした亡者。
ここまで来れたのも、瑠香を連れ去った神のわずかな足跡と瑠香を包んでいたタールのおかげです。
それがなければこの空間に入るための穴…空挺館の近くにある挺進兵の銅像に近づけませんでした。
「富…孫娘がついてきていないぞ?
噛み砕いて言ってやれ」
「にゃぁ?」
「僕としたことが…いいですかブァカ瑠香
この空間は、神が自分の野望を叶えるために作り上げた夢そのもの
夢を叶えるために作った空間であり、瑠香を閉じ込め外部から侵入してきた不純物を排除する場所なのですよ」
「富治の説明に加えるなら、ここはアクアリウムだよ
綺麗なものをこの空間に仕舞い込んで誰にも渡すまいと必死になってる
あたりかしこから歪な殺気を感じるのは、言ってしまえば防御装置が作動したってことさ」
「つまり…どうゆうことだってばよ?」
説明したのにまだわからないのかと言いたい富にぃと、難しいこと言ってごめんと言いたげな幸治少佐。
本当にこの2人兄弟なのかわからないです。
顔とか背格好は似てるけど…そう言えばこの3人がきている服は、昔の軍服とかいうやつですか?
そう言えば田中3佐を軍服着てるし。
さっきこうでもしないと、この事態の人間は許してくれないって…。
ということはここって、忍さんが作った戦前の東京?
何かおかしいと思っていたけど、さっきあった平吉くんやこの街の人たちの目…。
みんな神様とそっくりなグレーっぽい目だった。
ん…なんだか凄く懐かしくて…
「すごくいい匂いがする…
香ばしいニンニクに甘い豚肉の香り
熱した鉄板の熱にはじける胡麻油の音
風の中に混じって卵とわかめのスープの匂い
中華屋がある!!」
「…馬鹿者!
それは間違いなく罠だ!
焼き餃子は戦後の食べ物、本来餃子は水餃子が中国の主流なのだぞ!」
「いひひひ、いい匂いだにゃあ
こっちから匂いがするんだにゃん」
「おい聞け!
瑠香が喰らおうとするものは黄泉戸喫なのだぞ!
喰らえばあの世に連れていかれるものだ!
大事な人たちに会えなくなるのだぞ!?」
「美味しそうなにおいだにゃぁん、お腹すいたなぁ」
まさか…瑠香。
もうすでに神が作ったものを食ったとでもいうのか?
報告書にも、確か神に何か食い物をもらったと書いてあったが。
もうすでに拐かされていたとでもいうのか?!
1人でに歩き出した…まずい!
とっ、富…やめろ…瑠香を投げるな!?
取り押さえるなぁ!
「おい瑠香聞け!
お前はもうすでに餌付けされていたのだ!
僕がお前にできることは無理矢理にでもここから連れ出すことだけだ!
その前にその腹の中にある神の血肉を吐き出させてやるだけだ!」
「やめて…いたいたいたいたい!
なにをむっぐぅぐぇ!」
「憲兵少尉の権限にて発する
財前瑠香の身のうちに住む挺進兵よ!
貴様に略取・誘拐罪の容疑がかかっている
憲兵隊まで連行する!
そこでコソコソしてないで、出てくるがいい!」
うっ…ぐぅぅぅう…おぅええええええええ!!!
瑠香から吐き出された、腹の中に住んでいたのは真っ黒いタールのような液体だった。
甘い菓子からは想像がつかないくらいの、粘液を放つ液体だがかすかに血の匂いが混じっている。
富が取り押さえる前に、自身の右手の親指の腹を噛み切って血を飲ませたのだ。
富の血…建御名方兵の血には、憲兵としてのあら意味では毒のようなものが混じっていると聞いた。
戦前から今に至るまでの司法という名の毒が…。
「富治まずいよ
今のであいつらの逆鱗に触れたみたいだ!」
「かかって来いよ、僕が全部まとめて潰してや…
ブァカ瑠香なにをやってるの?
蹴りを入れようとすr…ぐぁ!」
『ならやってみるがいいさ
お前はろくに守れない…少佐殿の守りも俺たちの手で弱めた!
これからは俺たちの子供だ!
お前如きではなにもできぬ、ご退場願おう!』
しまった、わざとこいつは瑠香の腹の中に菓子という媒体を仕込んでいたのか!?
瑠香の周りを彷徨くのではなく、肉体を通して拐かす隙を虎視眈々と狙うっていたというのか!?
足元に瑠香の吐いたタールが広がってゆく…。
勝ったとばかりに瑠香を抱きしめて…なにをするつもりか知らんが、この田中源一郎…一生の不覚!
瑠香が連れていかれぬように、瑠香には悪いが儂が…いや俺の手で焼き清めてやるよ。
せめてもの引導だ!
「源一郎様、浄化炎を使ってはなりませぬ!
ブァカ瑠香まで焼き清められてしまいます!」
「わかってはいる…離れていろ
我が身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もある」
源一郎くんの体から青い炎が!
こんなの耐えられない、吹き飛ばされるってもんじゃない!
踏ん張ってはいるけど…幸治少佐にこれはきつい!
富治の顔が泣きそうになってるのは、これが必殺奥義の一歩手前の技だから!?
源一郎くん、相当怒っているんだよね?
自分の大事な孫娘が、誘拐されそうになっていることに!
そのめいいっぱい振り上げたその手に持つ軍刀が、その証なんだな。
『こいつはすげぇ、俺たちの見る地獄なんて非じゃねぇ
人が燃える時に出る青い炎…リンってやつか?
一度は食らってみたいが、今はゴメン被る』
「逃すかぁァァァ!!!
ぬぅ…あっあんたは、水上生徒監!」
『悪いなぁ源坊…瑠香は貰っていくぜ
悪く思うなよ、こいつにはこの国の未来を見定めてもらう必要があるんだ
それに俺は生徒監じゃねぇよ、大尉だ
じゃあな』
体が…タールに…飲まれていく。
もがけば…もがくほどに…飲まれて…元の世界に引きずられていく。
クソ…このジイ…が悪かった…源一郎じじ…がぁ。
瑠香ぁ…逃げろ…瑠か…る…か。
空挺の神は虚構の世界を作って瑠香を引き摺り込んだのです。
それほど瑠香に執着しています。
田中3佐が怒って取り返そうとしましたが、謎の男が止めました。
きっと過去の因縁もあって知り合いだと思いますが




