11-3 財前瑠香失踪事案
本当に秋ですか?
秋じゃない感じがします
(午前8時半 習志野駐屯地 )
「財前…大丈夫ですかね?
草刈りしていても、元気ないですし」
「顔色も悪いな…熱中症ってわけではないが
村田三曹…助けてやってくれ」
「わかりました、学長…じゃなくて東田三曹」
なんだろうな、財前が久しぶりに学校に行った時の話を聞いていて嫌なことがあったのは知っていた。
同じようにFF…自由降下課程を受けるもの同士としては、仲間が暗い表情をしているのはどうしても嫌な気分にしかならない。
自衛隊人生で、こんなに人の沈む姿を見るのは人生で初めてではないが。
東田三曹や俺を含めて学生を味わった人間であったとして、もう昔というくらいに高校生活を味わった感覚を忘れつつある。
財前の話を聞く限り楽しそうだな、とは思っていたが今回ばかりはそうもいかない。
「財前…もう草刈り終わったぞ
機材を片付けて今から始業式だ
悲しい顔をしたら、俺たちは嫌だな」
「了…すぐに片付けます」
「どうしたんだ財前、お前らしくないぞ?」
「いや…実は父と兄がラインしてきたんです」
ドンキで買ったであろう、セーラー服着てロン毛ウィッグかぶって顔面真っ白きもメイクをした2人が写真で送られてきたんです。
しかもグラビアポーズとって、極め付けは2人とも上半身裸で決めてました。
「思い出しただけで……」
「財前、どうしたんだ?
プルプルするなよ…衛生呼ぶから待ってくれ!
頼むから…口膨らませるな…耐えろ、耐えろ!!」
「キラキラキラキラキラキラ」
えーーーーーーーーーーーーーー!
せーーーーーーーーーーーーーー!
へーーーーーーーーーーーーーー!
(午前10時 習志野駐屯地 第一大隊庁舎)
「もうやりません…2度とやりません
ゲロなんて吐きません…すいません」
「村田…災難だったな、神前は後できちんとお礼を言えよ?」
「東田三曹…すいません、もう2度とやりません
神様仏様…空の神様に向かって誓います
すいません…すいません…すいません」
「思い出して吐くって、親父さんと兄貴は何やってんですかね?
東田三曹、財前が壊れて神棚に土下座してます」
「これもうわっかんねぇなぁ!」
どれくらいお祈りをしたのだろう?
一大隊のみんながアクエリアスとポカリスエットを私の周りに置いてくれて、私を中心とした円が完成してるんだよ。
迷惑かけたのはわかってる。
他の人たちの話のネタになることもわかってる。
でもさ、お父さん達が悪いんだって言ってやりたいんだよ。
今度練馬に帰ったらアイツらのアイスティーに睡眠剤を、サー(迫真)って入れてやろうかな?
そう言えばなんだろう、習志野の空気がめちゃくちゃ重たい気がする。
「全体的に暗いし…重たいし
庁舎内から人の気配がまるでしない
たまげたなぁ…って言ってる場合じゃない
嫌な空気の中に、すごい圧力を感じる」
この庁舎は5回建てで、一直線状に各部屋が分けられている。
小銃とかが置いてある倉庫だって私のいる部屋の目の前にあるし、すぐ隣には大隊長の執務室がある。
何かあったら屈強な空挺隊員がボコボコにしにくるし。
一大隊の人たちって優しい人が多いけど、血の気が凄まじい人も多いし。
なんとなく部屋のどこに人がいるかなんとなくわかるけど、今日に限ってそんな人たちの気配がない。
「探しにいくか」
そうやって私がドアを開けようとしたら、目の前に基礎課程でお世話になった加藤士長が立っていた。
声をかけようとしたら、私の目の前で膝から崩れ落ちた…へ?
『…時は満ちた…我が夢を叶えるにはちょうど良いのだ
もう待てぬ、ここにいるなら好都合だ
さぁ行こうか、我々の新たなる家に…ねぁ瑠香
いや、ニャンコって言ってあげればいいか?』
「忍…さん、なっ…なっ…何を?」
『迎えに来たんだよニャンコ
さぁ帰ろう、俺たちの地獄にさぁ
…ん?』
何がどうしてそうなったの!?
体がここにいたらまずいって言って、執務室のある二階から飛び降りたけど、逃げるあてがここにはないぞ!
他の大隊の部屋に逃げ込めばいい?
そんな余裕はないぞ!
習志野駐屯地中が暗くて重くて、何かに囲まれた感じがする!
畑口三曹も、秋葉三曹も今日に限って外に出張でいないんだ!
武器庫を開放する?
そんな馬鹿なことができるかっての!
それよりどうして人の気配がここはないんだ?
「こんな所にいたのか、探したぞ瑠香」
「えっ…えっ?
あっおっ、お父さん!?」
「何かあったのか?
今日はやたらと静かなんだけど?」
「お兄ちゃんまで!?
今日仕事は…なんでここ!?』
「「変なことを言うなぁ?
ほら帰るぞ…なんか、被ったな」」
よかった…お父さんとお兄ちゃんがいる。
わざわざ練馬から来てくれたのか…。
びっくりしたぁ、そうかFF課程の始業式が終わったら一回家に帰れるのか。
でもなんだろうこの違和感は?
お父さんとお兄ちゃが目の前にいるのに、この気持ちの悪い感じというか。
この感じ…もしかして。
「ねぇお父さん、お兄ちゃん
早ぐ、チセさ行くっしょ?
したっけさ、帰る前にキサラリ買いに行ぐべ?」
「あぁそうだな、今日はキラサリを買いに行くぞ
さぁ早く行こう…そうだよな修」
「そうだよ、さぁ早く行こうぜ瑠香」
やっぱりこの感じ…この違和感。
目の前にいる2人は…私の勘は間違ってなんかなかったんだ。
目の前にいる2人は、私の話した言葉を理解できていないし、適当な返事しかしていない。
それもそうだよ、私の話した言葉、訛りを理解できていないんだ…だってこの人は…。
「…お前ら誰だ?」
「瑠香は何を言っているんだ、お父さんだよ?
今からチセにいって買い物を」
「お前らは私の言葉を理解できずに、適当に返事をしたな?
私の父や兄なら、何を言っているんだってすぐに反応するさ
チセは[家]を表し、キサラリは[耳長お化け]ってこと」
「何を言っているんだよ?」
「でしょうね
私が言ったのは、早く家に行くでしょ?
そしたら耳長お化けを買いに行く…
父は私のことをるっちゃんって馬鹿みたいに言うし
兄は父のことをいつも親父ってしか言わない
騙されたとでも思ったか?」
まだわかってないような顔してるな。
それともすっとぼけてやり抜こうって魂胆なのか?
私の家族を見くびられると困る。
だったら私の家がどんな感じか教えてやるだけ…。
あっ…忍さんが、すぐそこまで来ていただなんて。
しまった、2人に夢中になって気が付かなかった!
『下手くそ…瑠香は気がついたんだよ
北海道の訛りが聞こえないことに勘付いたんだ
馬鹿め…もう少し似せたらよかったものを
麻井も清水も、もう少しまともにできただろうに」
『無茶苦茶いうなよ!
まぁバレたら仕方がないか、元に戻るぞしーちゃん』
「君は勘が鋭いね…まぁそんなことも言ってられないか
軍曹殿、瑠香はどうしますか?』
空間が湾曲し始めてるし、さっきよりも空気や周りの圧が重たい!
視線も私に集中し始めているってことは、散り散りになった仲間を呼び戻してる!?
逃げようがないぞ…どうする…どうする!
「俺たちの場所に行く準備はできた
習志野駐屯地とも今はお別れだ
そうだ、話そうと思ったことがあったんだよ
俺の苗字…なんだか知ってるか?
知るわけがないな…だが何度も見ているのだぞ?
おばあちゃんの家にある仏壇の位牌にも
お墓の横にもちゃんと刻まれているんだ』
『何を言ってるんだよ!
苗字なんて…苗字なんて!」
「まだわからないか?
お前の祖母の名前、トメ子だろう?
あれは俺がつけたんだよ…俺は頭が悪いから漢字がわからなかったんだ
本当は富子ってつけようと思ったんだが…』
「何を言いたいのを…なんで…なして私のおばあちゃんの名前を知ってるの?
なして、なして!』
「お前の祖母の父親の名前…神前忍
その神前忍の旧姓は川越忍…いや元々苗字なんてものはなかったんだ
拾われた先の住職の、苗字をつけられたがまぁいい
俺は神前トメ子…お前の祖母の父親
亡くなった母親の真奈美からみれば俺は祖父」
つまり瑠香の曽祖父は俺なんだよ
「遠い時代の…おと…う…さ…ん」
正解だよ!
瑠香、連れ去られる。
相手は空の神様こと神前忍です。
忍は瑠香に「自分が曽祖父」であることを告げました。
先週投稿した際にお父さんっと連呼していたのはこのことからきています
なぜ連れ去ったのかはまた今度。




