12-6 帰ってきて早々に
三月になりました。
梅が咲く時期かなー。
「…ということで、今回の定例会は終わりましょう
部下に対して交通事故防止及び規律の厳正に努めるように各課よろしくお願いします
1連隊長は、普通科隊員の練度向上に努めてください」
「御意!」
「え…っと、副団長は先程言ったように各」
「御意!」
「被せんなよ、アマ…それからみな」
「御意!!」
何で今日に限ってみんな御意って言うんだよ。
定例会というか臨時会議の時もこんな風に御意って言うことなかったのに。
みんな『了解しました』とか変に堅苦しくなかったのだが?
流行っているのか、この練馬駐屯地で流行っているのか?!
それにしても今日は会議室がいつもと比べて暑いような気がするが、温度調節ができていなかったかな?
「時に師団長、まばらではありまするが翼者化しているのですか?」
「翼者化ですか…翼者化してるべか?
たしかに着膨れしているような感覚がありますが
…あ」
会議に集中していたから気が付かなかったな。
手指から黒い細かい羽根が伸びて皮膚も少し黒い地肌が見える。
失礼と言いながら靴を脱いで、陸自大好き五本指OD色ソックスの指を確認すれば鉤爪化したらしく指先が少し伸びている。
顔は人の皮膚だが、Tシャツの襟元を少し引っ張って胸を確認したらモフモフだ。
自分の不注意で半翼者化してしまったらしいがこの胸が熱くなる感覚は間違いない。
「るっちゃんが帰ってくる
俺の第6巻がそれを告げてって、田中2佐お願いします立ち上がらないでください
隠し持っていた軍刀を納めてください
天城副団長…お前助け…すいませんでした、ふざけたこと言って
ほんと…2022年1発目のそれは!」
「天誅」
うぎゃぁぁいぁぁぃぁあ!
[午前10時 練馬駐屯地 即応強襲部隊執務室]
「…ということがあったのだ
帰ってきて早々、すまないな瑠香」
「れんじゃぁ…」
「そう落ち込む…ゴフ!」
習志野駐屯地で泣き腫らした翌日に練馬駐屯地に帰還したらこうなってました。
もうすぐ陸士長の階級章がもらえるのに、父親の暴利のせいで田中2佐がストレスで喀血しました。
今回の血の量は少なめで良かったです。
酷い時は床に滴る時があるので、そうなったらもう衛生さんの出番です。
さっきまでバーニラって歌っていた飯島三曹が血相変えて飛んできました。
色んな意味でもう泣きそうです。
「おじいちゃん大丈夫?
薬とゲロ袋は準備してますし、仮眠室も用意してますから休んできてください」
「ありがとない、飯島三曹
少し…休んでくるよ、瑠香は身辺整理をしていなさい
今度という今度はあの熊を、1時間ほど膝突き合わせて説教してやる」
「師団長のコーヒーに筋弛緩剤混ぜて飲ませればいいけん、たちまち師団長も大人しくなりよるわ」
「健ちゃん…室戸三曹が許可する!」
これが即応強襲部隊の通常なので、変わらずにいてくれて嬉しい。
飯島三曹なら、お父さんの淹れたコーヒーに筋弛緩剤入れて暗殺できる気がする。
聞こえていたよね、扉の向こうで私たちの様子を伺っているのも気がついているよ?
みんなが89式をこの部屋に持ち込んで睨んでるから怖くて来れないのかな?
うちの高校の新聞部がもうすぐ練馬駐屯地にきて、取材って言ってたから片付けないとねー?
つい最近即応に2人の隊員が来たって千春ねぇ…じゃなくて村上三曹が言ってたな。
1人は三好康二曹長、もう1人は司令部にいた私の戦友の天城雪菜士長の2人だけど可哀想だよね。
まさか、ゴフッゴフッて興奮しているヒグマみたいに唸ってるのが自分達の長になるんだものな。
「師団長…聞こえてますよね?
向井1尉以下即応は本気です、本気ですからね!」
「…」
「ダンマリ決め込んでもダメだぞまこちゃん
工科学校の時から変わってねぇなぁ
三好曹長の愛車で射抜かれたいか?」
「瑠香、田中2佐がお父さんと話してきていいって言っちゃるわ
師団長とちゃうで…お父さんやからね!」
「るっちゃぁぁぁぁあ!」
ドアが破壊されるんじゃないかって音を立てて開、黙っていたらいいのに性格残念イケおじが地に足つかぬはこの事とばかりに笑顔で入ってきました。
その瞬間、私の中の安全切り替え装置が発砲モードに突入したのを覚えています。
雷を纏い、蒼い目…転輪眼が作動したのも感じました。
気がついたら父は倒れていて、私は残心の姿勢をとっていました。
「腹部に1発右ストレートを入れて、よろけた瞬間に後頭部に左踵落としからの右膝を顔面に入れ、俺の右腕を抱え込んで背負い投げのコンボオーバーキル
…習志野で教わったことを遺憾無く発揮したな」
「………ぁ」
「まぁ俺全部避けたから問題ないよ
教えたのは俺だもの、ねぇるっちゃん?」
「ごめんなさい」
悪くないと、むしろお見事とみんなが言います。
ヒグマは嬉しそうに笑っています。
田中2佐に用事があった他の中隊の人がポカーンってなりながら私たちのことを見ています。
広報課の陸曹がうちの学校の新聞部の部員の桐生さん…じゃなくて葵たんと大槻くんを案内してここまで連れてきてくれたのですが、びっくりして立ちすくんでいます。
「強く…なりすぎたのね瑠香さん」
「…ごめんね、葵たんに大槻くん」
「いや、僕たちは大丈夫だけど大丈夫なの?」
「師団長は強くてイージーゲームだからいいと思う
…頷いているから大丈夫だよ
会議室かどこかに行く?」
「うん」
居たたまれない空気を背中に感じながら仲良く4人で会議室に向かいます。
後ろからお父さんの…いや、師団長の悲鳴が聞こえるから田中2佐あたりに天誅されてるんじゃないかな?
それに今回の師団長の暴発で一つだけ分かった。
お父さんの首には線上のあざはないけど、空挺団長の首にはあざがあった。
お父さんみたいに核になる翼者がない人は首が吹っ飛んで首無しの翼者になる可能性がある。
それに、人間のお父さんと翼者のお父さんの2人には人格があって尊重している。
「とりあえずは安心かな」
「瑠香さん、どうかした?」
「いや…なんでもないよ」
この胸を支えるような感覚の正体はなんだろう?
なんとなくですが、瑠香は父親の変化を感じ取っていると思います。
翼者化の進行がどう進むのかは今後に関わってきます。
でも相変わらず過保護は収まりそうにありません