世界で一番罪深い男
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その日、男は定年を迎えるに至った。
男は、墓園に残されていた最後の墓に、名も知らぬ誰かの骨を納め、丁重に弔った。男の管理する墓園に、もはや空き室はなくなったのだ。男は、あまりの達成感にしばらく墓の前にうずくまり、声も出せずに静かに泣いた。
長年、不摂生な生活をしていたというのに、男は随分と長い時間生きていた。何十年もの長き時間が、男の体を老いさせていた。男の顔には、深い皺がたくさん刻まれ、またあちこちに黒いシミが浮き上がっている。本来であれば、満室になった墓園を維持管理し続けるのが男の務めだ。だが、既に男は自らの死期を悟っていた。ならば、手前勝手ではあるが自主定年とさせてもらおうという魂胆だった。
男は、最後の力を振り絞り穴を掘った。墓園の片隅にある男の姓が刻まれた墓、そう男の家族たちが眠るの墓の前にだ。男は、息をぜえぜえと吐きながら、普通の大人であれば2,3人は収まるであろうだけの広さを掘り上げた。その穴は、男の暴食の産物である大きく膨れ上がった巨躯を納めるに足る墓穴であった。
男は、穴の中に布団やクッションを敷き詰め、周りには長年愛でてきたコレクションを添え、最後にその中に飛び込んだ。男には、なんとなく、明日の朝、俺は目が覚めないのではないかという予感があった。なに、万が一、予感が外れて目覚めることがあれば、また仕事をすればいいさ。もし寝坊しても、通勤時間を考慮しなくていいから楽チンだ。そんな不遜なことを考えているうちに、男はうとうとと睡魔に襲われ、いつのまにか眠りに落ちていた。
その日、世界で一番罪深い男は、静かに息を引き取った。
男の死に顔は、その罪深さとは裏腹に穏やかで優しいものであった。
おわり




